第28話 畜舎

 数時間の後、夜がけて村が寝静まった頃。

 私とディスターは静かに小屋を出て、そのまま森の中へ。

 肌に刺さる夜気やきの冷たさは、もう既に冬のものだ。

 ゆるやかな風に木々がなびく音と、四方にひそんだ鳥の声。

 それらが、単調な足音の連続にアクセントをえてくる。


 仮眠をとったものの、寝る前より疲れている気がしなくもない。

 地面の硬さにはもう慣れたから、この体調は緊張のせいだろう。

 集中力を散らさないよう、にぶい痛みを訴えてくる首筋を軽く叩いた。

 人の行き来だけで形作られた道は、デコボコしていて歩きにくい。

 しばらく進んだ先で、前を行くディスターが不意に立ち止まる。


「どうした」

「道が二手に分かれています」


 ディスターがランプをかかげると、左右に延びる道が浮かんだ。

 両方とも似たような荒れ方で、光量がとぼしくて先は見えない。


「どちらが正解だと思う?」

「断言はできませんが、左手奥からの気配が強いです」

「気配、か……」


 灯明とうみょうが届かぬ先には、重たい闇が満ちているだけだった。

 目をらしても何も見えないし、ここは竜の感覚に頼ろう――

 そう思ったと同時に、ディスターは左の方へ足を向けた。

 意志の疎通そつうがスムーズなのはいいが、これはこれで味気ない。

 ちょっとした不満を浮かべるが、ディスターからの応答はなかった。

 そのまま無言で歩を進めると、甲高い鳴き声がかすかに耳に届く。


「おっ、当たりを引いたようだ」

「しかし、正体が知れません。警戒をおこたりませんよう」


 罠や奇襲に注意を払いつつ、音のした方へと接近していく。

 程なくして、獣の臭気が漂っているのに気付かされた。


「ん……うまやのようなニオイがするな」

「雑多な種類を飼っている様子です。さっきの声はシカの仲間でしょう」


 騒音や臭いを避けるため、牧場を居住区から離すのは珍しくない。

 しかし、三十分以上も歩かねばならない距離は不自然だろう。

 それに村で聞いた話では「シカもイノシシもおらん」と言っていた。


「わざわざ森の奥に牧場を作る、その意味は何だと思う」

「存在を隠したいのではないでしょうか」


 誰から――と考えてみれば、あの村の住人が思い浮かぶ。

 何を隠そうとしているのか、を推理したら別の疑惑につながった。


「……くだんの怪物、あれのエサか!」

「その可能性は少なくないでしょう」


 つい出てしまった大きめの声を、ディスターは冷静に肯定する。

 想像が正しいとすれば、この近くにいるはずだ。

 人々に『カリンの怪物』と呼ばれて恐れられる、謎の存在が。

 戦闘を予感しての高揚と、未知の敵と相対する動揺。

 それらが私の中で溶け合い、心拍数を高めていった。


「むぅ、安普請やすぶしんだな」


 辿り着いた先で確認した畜舎は、予想にたがわず貧相な作りだった。

 それでも、村のて小屋よりは手間がかけられている。

 ランプの明かりを頼りに、換気用にしつらえてある窓から中を覗く。

 ディスターの言った通り、様々な動物の姿が確認できた。

 ウサギ、シカ、イノシシ――それと、よくわかないのが一匹。

 子馬くらいの大きさの、毛むくじゃらな生き物もいる。


「草食性と雑食性の動物だけのようです。奥にいるのは【九鼎羚たからじか】と呼ばれる新生物ヴィズで、最近は野生種を殆ど見かけません」

「たからじか? 聞き覚えがないな」

「毛は織物に、肉は食用に、骨は装飾品の素材になる、という理由から乱獲されたのです。繁殖力も弱く、現在では金持ちが道楽で育てている程度です」


 もしかすると、食材としては対面していたかも知れない。

 らちもないことを思いながら、窓から少し離れる。


「と、なると……殺された伯爵の所で飼われていたのか、あれは」

「断定は出来ませんが、襲撃を受けた中で九鼎羚たからじかのいる確率が最も高いのは、ナイフェン伯の屋敷だと思われます」

 

 どうやら、順調に『カリンの怪物』に迫りつつあるようだ。

 まずは建物内に入り、もっと細かく調査を進めるべきだろう。


「よし、では――」

『静かに』


 ディスターからの思念が届き、慌てて口をつぐむ。

 ランプの火を消したディスターは、手近なやぶに身を潜めた。

 私もそれに合わせ、畜舎の外壁に積まれた藁束わらたばの陰で姿勢を低くする。

 ゆっくり静かに息を吐き、はやる気持ちを落ち着かせた。

 耳を澄まし、異変の原因を察知しようと試みるが、上手くいかない。

 壁の向こうにいるイノシシが、ブヒブヒうるさく邪魔をする。

 

『来ます』


 三分とも十分とも思える時間の後、警告が脳裡のうりに小さく響く。

 適当なメロディの口笛と、あまり体重を感じさせない足音。

 ほろ酔い加減で歩く小柄な老人、というイメージが浮かんだ。


『問題なさそうです。出ましょう』


 危険は少ないと判断したか、ディスターが老人の前に姿を晒した。

 体中に貼り付いた藁屑わらくずを払いながら、私もその隣へ足早で移動。


「なっ、何だおめぇら!? ……んぁあ、村の連中が言ってた求綻者ぐたんしゃか」

「そうだ。ここで何をしているか、これまで何をしてきたか、どちらも大体は把握している。無意味な嘘や無駄な抵抗は、なるべく遠慮してくれ」

「へっ……随分とまぁ、偉そうな姉ちゃんだな」


 老いた男は、唸るように言ってこちらを睨む。

 七十代半ばに見えるが、健康状態と栄養状態の悪さで実年齢は読めない。

 すすけたランプに照らされた相貌そうぼうは、負の感情で満ちている。

 せぎすの老人が発しているとは思えない、凶暴な禍々まがまがしさだ。


「大人しく『カリンの怪物』の居場所を教えれば、貴方あなたや村人たちが襲撃に関与していた事実は、報告から外しておく」

「お優しいこったな……ありがたくって涙が出るねぇ」

「言い分は色々とあるだろうが、人死にが出ている以上は無視も出来ない」

「平民や貧民が何千、何万とくたばろうが無視しといて、伯爵サマが死んだら犬っころが即参上かいな。イヤんなっちまうな……まぁ、世の中そんなモンだって、身に染みてわかっちゃいるけど、よ」


 スッと顔を伏せ、数秒後にコチラを向いた老人は、何故か表情がなごやかだ。

 言いたい放題を言って気が晴れたのか――いや、どことなく不吉な予感が。


『姫様、御注意を』


 ディスターからも、不審な動きをする老人への警戒感が表明された。

 身柄を拘束すべきだな、と判断して剣のつかに手を伸ばす。

 その途中で、妙なふしがついた口笛が長く鋭く鳴った。


「ゴァアアアアアアアアッ!」


 それが途切れると、体の芯まで震わせる大音量の雄叫びが。

 音が響く中、老人は畜舎へと駆け込み、ディスターがそれを追う。

 私は怪物との対面に備え、長剣をさやから抜き放った。

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