第23話 スクリーンよりも。

 隣にいるこの子を何度こっそり見ただろう。

 緩く巻いたのだろうか。

 後ろで1つにまとめた髪の先がいつもと違うことにも思わずドキっとした。


 駅前に立つ彼女を見たときから、俺は全然落ち着かない。

 学祭での着物姿もすごく可愛かったけれど、初めて見た私服のスカートと華奢な靴。これに落ち着けという方が無理がある。


 我慢できなくて、思わず耳元に近付いた。


 右京が決めた邦画。

 かなり面白かったが、スクリーンに映る人気の女優より、右の高木が気になってしまう。

 ポップコーンのカップに手を伸ばすタイミングまで気にしてしまう。

 ……中学生かよ、俺は。


 きっと高木も俺のこと……。

 彼女の反応はいつもそう思わせるものだったけれど、そんな風に思うのは自惚れ過ぎているだろうか。


 過去、告白されたり、付き合ったりしたこともある。どれも長くは続かなかったけれど、女の子に対して初心者って訳じゃないのに、なんで彼女にはこんなにかき乱されるんだろう。

 冷静な俺がどこかに消えてしまって、どんどん格好悪くなりそうだ。

 取り繕った今の俺も、そのうちほつれてしまいそう。彼女の前では知らない自分が出てしまいそうで怖いとさえ思った。


 いつの間にか流れていたエンドソング。

 ちゃんと見ていたはずなのに、映画の内容は半分くらいしか覚えていない。

 けれど、エンドロールまで真剣に見る彼女の横顔だけはハッキリ覚えている。

 なぜならそれは、映画を最後の最後まで見る俺との共通点だったから。

『ロケ地、松本なんだね』スクリーンに視線を残したまま、体だけ少し寄せてそう話した彼女の仕草が可愛くて、口許を隠さずにいられなかった。


 今、俺の表情はかなり不自然かもしれない。


 ゆっくり灯りが強くなる。

 辺りがザワザワしはじめて、ひとり、またひとりと立ち上がり階段を降りていく。

 右京と水沼も立ち上がる準備をはじめたから、なんとなく彼女に目をやった。


「高木いこっか」

「う、うん」


 だが彼女の顔を見てすぐ気付く。

 じんわり赤い目と、鼻と、頬。

 きっと最後のシーンで泣いたんだ。

 そう思った。


 彼女のその顔を誰にも見せたくないと急に思った。……右京にも、水沼にまでも。


「右京、悪い。下に携帯落としたから先出てていいよ」

「下?どこだよ?」

「大丈夫だから、先に行け」

「ほら、右京、先に行ってよう?千草が一緒に探すから大丈夫だから!ねっ!」


 水沼には、俺の嘘がバレたのかもしれない。

 彼女は右京の背中を軽く押して歩き出し、『エレベーターのあたりにいるね!』と振り返り笑った。


「左京くん、そっちにある?」


 立ち上がり、椅子の下を覗き込む高木の横顔を、結び目から落ちた短い髪がはらはらと隠す。

 彼女はその髪を耳にかけて、また下を覗き込んだ。


「ごめん、高木。嘘」

「えっ!?」

「ごめん。」

「……あ、ううん。でも何で?」


「……高木の涙が退くまでと思って」


 俺の言葉を聞いて、彼女は再び赤くなる。

 右京がいなくて良かった。みんないなくなったあとで良かった。

 係員がまだ下の方を清掃中で良かった。


 こんな恥ずかしいセリフ、彼女以外には聞かれたくなかったから。

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