最終話 支配への応援コメント
個人に向けた罪を犯したという説明から始まり、莫大な人数に向けた罪を犯したという結末へと至る。
心を、計量する、それは如何に。トリックとレトリック。
切れ味に衰え無し。
作者からの返信
コメントと、★、そしてレビューまでありがとうございますm(__)m
「心」とは
このテーマで言えば正に「罪の意識」、ですかね
現実として、多くの犯罪者が感じている罪の意識とは実際に
「ヘマして捕まったこと」
なんです。勿論、全員がそうだなんてことはいいませんが、比較するとその数は少ないとは断じて言えないでしょう。
多くの反省点は「今度こそ上手くやる」「今度こそバレない、捕まらない」
そんな状態では、どんな罰を与えても、それこそ処刑であれ拷問であれ、その心は救済されない。
知らなかった事
これも、知り得なければ罪の意識は生まれず、心として償えないという一種の地獄
全ては他責の世界ではなく、自責の世界でこそ淘汰される「心」ではないでしょうか
そんなメッセージです(●´ω`●)
第1話 欺罔への応援コメント
「知らず知らずに犯したる罪」は、他の大勢から見れば分かりきっている罪もあれば、大勢が気づかず成し遂げてしまった罪もあるでしょう。
名前を挙げると失礼ですから伏せますが、大ヒット小説を原作とした漫画の作画を依頼されたら、重版を重ねたが確定申告する必要に気づかず、裁判所に被告として立った漫画家がいます。そのときは芸術一本で生きてきた世間知らずの過ちとして、裁判官も厳しい言葉ながら穏やかに諭しました。過去の所得税と追徴課税まで全て払いきり、当の漫画の連載継続を許されましたから、償える罪でした。
償えない罪は、如何に。かの成南 月様の小説なれば。
作者からの返信
罪を償える、という状況すらまだ救いがある、ような気がするのですよねぇ(●´ω`●)
親孝行と同じく
償えれる状況で二の足を踏まずに、しっかりと向き合えるといいのですがね☆彡
最終話 支配への応援コメント
こんにちは。お邪魔しております。
人間の社会には「心底の善意からの罪」も、「悪意を持った、或いは、隠した上での罪」も、「意識すらしていない罪」もありますものねえ。何だか色々と考えちゃいます。
作者からの返信
こんばんは(●´ω`●)
最近、刑務所の在り方が少し変わったんだそうで、これまではただ閉じ込めておくだけの意義から、もっといろんな意味での「教育」へと変わってきているのだとか。
これらもただ形骸化しただけの制度で闇雲なシステムとしての執行という「罰」は何の意味もなく、「心」の問題だと思うんですよねぇ(;^_^A
ちょっとした盗みであれ、パクりであれ、その心がどうかって焦点が必要な世の中にこれからなって行く気がしてまして、世間や若者という文化も、概ねまた70年代、80年代のサイクルが戻ってきているのでそんな「教え」が伴った物語が必要となる……
ようなことがくればまだマシかなって、思ったり思わなかったり( ´艸`)