12.ぶどう狩り

「パパ! 秋風が気持ちいいねー! ポチも走りたそうにしてるよー!」


「わんっ!」


九月半ば。夏の酷暑が少し和らぎ、澄み切った秋晴れが広がる週末。

我が家のミニバンは、大阪府南部の河和知エリア——ぶどう畑が広がる山あいの道を軽快に走っていた。


「そういえば、前に行ったみかん狩りはちょうど一年前くらいかぁ」

「うん! あのときはみかんスライムをいっぱいいい子いい子したよね!」


後部座席で神獣のポチをモフモフしながら、蓮が楽しそうに笑う。

あれから季節が一回りし、すっかり秋の味覚狩りシーズンがやってきた。今回は「ぶどう狩り」ですよ。


「山、川、海、キャンプと来て、今回は秋の果樹園か。流石にぶどう畑で空中戦なんて起きないし、今度こそ平和で穏やかなレジャーになるはず——」


そう願いながらナビの案内する細い農道を抜けると、目の前に広大なぶどう棚が広がる観光農園が現れた。

そして、園の入口にぽつんと佇む、なぜか見慣れすぎたあの小さなプレハブの受付小屋。


そして、やっぱり何かがはみ出ていた。


「翼がデカすぎる」


車を降りて近づくと、プレハブ小屋の天井や窓から、美しい黄金色の巨大な翼がバサバサと折れ曲がりながら飛び出していた。

中に挟まれていたのは、上半身が気高き鷲、下半身が獅子の幻獣『グリフォン』のおじさ、、おばさんっぽいな。


巨体が狭いプレハブにみっちり詰まっており、身動きが取れないためか、バサバサと羽ばたくたびに小屋がギシギシと悲鳴を上げている。


「あら、いらっしゃい! ぶどう狩りかい?」


グリフォンのおばさんは、威厳のある猛禽類の顔をしたまま、声だけはめちゃくちゃ上品で気さくなおばちゃんトーンで声をかけてきた。


「こんにちはー! ぶどう狩りに来ましたー!」

「おや、可愛いボクちゃんだね! 大人千円、ボクちゃん五百円だよ! 高いところのぶどうは、私の翼で風を起こして落としてあげるからね〜!」


「ぶどうが潰れます」

俺が思わずツッコミを入れると、グリフォンのおばさんは「あはは、加減するよ!」と優雅に翼をパタつかせた。


受付を済ませ、網カゴとハサミを受け取ってぶどう棚の下へと向かう。


頭上には、赤紫色の立派な巨峰の房が鈴なりになっていた。

しかし、よく見ると……普通のぶどうに混じって、ピョンピョンと空中に浮かびながら跳ね回る紫色の球体や、コウモリのような羽が生えた『フライング・バット』なるものが飛び交っている(グリフォンのおばさん情報)。


「パパ、あそこのでっかいぶどう、空飛んでるー!」

「待て待て蓮、あれは絶対ぶどうじゃない——」


俺の制止も聞かないうちに、蓮の相棒となった白いモフモフ——神獣のポチが小さく「わん!」と吠えた。

すると、ポチの周囲に微小な重力フィールドが展開され、空飛ぶぶどうの動きがピタッと止まる。ポチは何をしたんだ?


「すごーい! ポチ、ナイスー!」

「きゃんっ!」


蓮は跳び上がり、一粒がボーリングの玉ほどもある恐ろしいぶどうのツルをハサミでパチンと切り落とした。


ポンッ♪


頭上から、すっかりおなじみとなった軽快なシステム音が響く。


『れん は マジック・パープル を 収穫した!』

『経験値を 450 ゲット!』

『れん の レベルが 21 に上がった!』


「やったー! レベル21になったー!」


空中で華麗に回転しながらレベルアップを決める小学2年生。

その横では、グリフォンのおばさんが「おや、お見事だねぇ!」と翼で拍手(のような暴風)を起こしている。やめてください。


俺はというと、「たまには高いところのやつを…」と、近くにあった普通の脚立に登って手を伸ばした。


ぐらっ。


「うわっ!?」


バランスを崩した脚立から足を踏み外す俺。

幸い地面に落ちることはなかったが、腰をガクッとひねり、持っていたハサミを草むらに落としてしまった。


「……あいたたた……腰が……」


*


夕方。受付小屋の横の休憩スペースにて。


グリフォンのおばさんが「よく頑張ったねぇ」と、マジック・パープル(一粒でMPと疲労が完全回復する幻の巨峰)を綺麗に洗って差し出してくれた。


蓮とポチがその巨峰をひと口かじると、「うわあ、甘くてジューシー!なんか体がポカポカする!」と大喜びしている。疲労も回復してそうだ。


俺はというと、腰をさすりながら先ほど足元の草むらで意地で見つけた、ごく普通のごく小粒な野ぶどうを口に放り込んだ。


「……すっぱ……渋っ……」


全く甘くない、野生のえぐみが強い酸っぱいぶどうの味だった。


遠くでは、レベルアップでさらに身軽になった蓮とポチが、グリフォンのおばさんの巨大な翼の羽繕いを手伝って遊んでおり、おばさんも「くすぐったいけど、ありがとうねぇ」と目を細めている。


俺はポケットから加熱式タバコを取り出し、静かにスイッチを入れた。

秋の涼しい夕風に向かって白い蒸気をふぅーっと吹き出し、遠い目をして呟く。


「……河和知の山も、容赦ないなぁ」


自分は酸っぱい野ぶどうしか食べられないし、腰は痛いし、レベルも1のまま上がらない。

だけど、楽しそうに秋風の中で笑っている蓮の顔を見ていると……まあ、今週末のドライブも大成功ってことでいいのかもしれない。


俺は腰の痛みを我慢しながら、河和知の暮れゆく空をぼんやりと見上げたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る