冒険の道 ―野蛮人編―

無声

1.冒険者パーティ

 鉱脈荒原。


 空は晴れ渡り、高く見上げるほど光は鋭さを増し、生き物がまともに直視できないほどだった。その窺い知れない高みでは、光という名の神霊が計り知れない灼熱のエネルギーを放ち、万物を照らしていた。


 そこへ北方から吹き抜ける冷涼で爽やかな風が加わり、この荒涼とした大地には、暑さの中にも心地よさを感じさせる独特の気候が生まれていた。


 見渡せば、至るところから、さまざまな光沢を放つ巨大で美しい鉱石が突き出している。広がる鉱脈の影響で周囲の原野には植物もまともに育たず、人の膝にも届かない丈の荒草がまばらに生えているだけだった。どこまでも金属の輝きに覆われた、異様でありながら美しい光景が広がっている。


 その中を、五人の冒険者からなるパーティが、小山や丘ほどもある巨大な鉱石の間を慎重に進んでいた。


「うわ……ここはまるで宝の山だな! 武器の材料に使われる、強靭で硬質なテア鋼鉱が、山みたいな大きさでむき出しになってる! それに、防具に混ぜれば衝撃を吸収してエネルギーへの耐性まで高められるモサ金属鉱も……」


 剣士のロンベロは、話の途中でぽかんと口を開けた。


 さらに遠くに、空の果てまで届きそうなほど高くそびえ、視界の大半を覆い隠す超巨大な蘊源石の鉱床を見つけたからだ。


 いびつな多面体をした淡色の半透明鉱石が、周囲に広がる金属の荒野特有の色彩を映し出している。内部では天然のエネルギーが絶えず流動し、その眩い美しさは思わず見入ってしまうほどだった。


 何より蘊源石は、鋼鉄の玉座が魔導製品に最も多く用いる貴重な鉱石であり、その価値は極めて高い。


 さらに周囲には、光を宿さない大量の随伴石が存在していた。中央に輝く王冠を引き立てる砕けた宝石のように、超巨大な蘊源石の鉱床を幾重にも取り囲みながら広がっている。こちらもまた、エネルギーを蓄えるために欠かせない素材だった。


 役に立たない隊長がまたしても口を大きく開け、よだれまで垂らし始めたのを見て、全身を金属鎧で包み、盾と剣を携えた凛々しい若い女戦士が前へ出た。


 完全に妄想の世界へ入り込んでいるらしいロンベロの頭を、彼女は呆れたように金属の手甲で軽く叩いた。


「ロンベロ! 目を覚まして!」


「私たちの依頼は、この辺りの鉱山を襲っている正体不明の大型魔獣を討伐することよ。採掘も精錬もできないあなたが、こんな石を持っていたって何の役にも立たないんだから。いい加減、夢を見るのはやめなさい!」


 ようやく我に返った剣士の隊長は、目に見えて落胆した。


「はぁ……ルリさ、少しくらいこっそり持っていっても、ばれないんじゃないか? いつもこの貧乏人はろくな物をくれないって言ってるだろ。ちょっとだけ持って帰れば……」


 冒険者パーティの足は止まらなかったが、ロンベロの未練も止まらなかった。珍しい鉱床を見つけるたびに、同じようなことを口にする。


 そんなやり取りが続くうち、ほかの三人のうち、背の高い帽子をかぶった小柄な女がとうとう吹き出した。澄んだ心地よい笑い声が風に乗り、遠くまで流れていった。


 ルリとしては、金に目がないロンベロが真っ先に自分のことを考えていたのは嬉しくもあったが、その口から次々飛び出すろくでもない考えには恥ずかしさしかない。


 しかも後ろの仲間たちに笑われている。


 頬を赤らめた彼女は、前を歩く馬鹿な隊長の頭をさっきより強く何度も叩いた。


「馬鹿! 少しは正気に戻れないの!」


「一日中そんな夢ばかり見て、どこのものとも知れない教派にでも入るつもり?」


「そこまで妄想がひどいなら、入ったその日に教区司教になっても問題なさそうね。教区はここにすればいいじゃない!」


 叱られることにすっかり慣れている剣士の隊長は、へらへらと笑った。


「そんなこと言うなよ。俺がここで教区司教になるなら、ルリも護衛騎士として残ってくれないか……」


 ルリの顔がさらに赤くなった。


 腹立たしいやら恥ずかしいやら、わざととぼけるロンベロにはどうにも言い返しきれず、行き場を失った感情をすべて手甲へ込める。


 何度も頭を叩かれ、ロンベロはそのたびに首を上下させながら情けない声を上げた。


 その騒がしさのおかげで、冒険者パーティを包んでいた緊張も少しだけ和らいでいた。


 五人は話しながら、近づけば空まで覆い隠しそうな超巨大な蘊源石の鉱床を回り込み、遊騎兵ギルドから渡された巡回路に沿って別の方向へ進んだ。


 出発してからここまで、道中はひどく静かだった。


 ありふれた野生動物や毒虫を除けば、大型魔獣が出没したような異変すら見当たらない。


 何事も起こらないのは本来なら喜ぶべきことだが、隊長であるロンベロにとっては頭の痛い状況だった。


「ゾラ姉さん、このままじゃ地図にある巡回路を全部回りきっちまうぞ。それでも正体不明の大型魔獣は出てこない。このまま失敗したら、支部長が依頼を別の冒険者に回しちまう。せっかくヤガザンを探し出して、ようやく勝ち取った高報酬の依頼なんだ。何かいい方法はないか?」


 問いかけられたのは、成熟した色香を漂わせる軽装の女弓使いだった。


 橙色の縦長の瞳孔。顔には短い毛が薄く生え、丸みを帯びた耳がフードの外へ突き出している。鼻と口は人間よりも前へ伸びており、獣を思わせる独特の美しさを備えていた。


 仲間たちとの会話に加わりながらも、彼女は周囲の物音に絶えず注意を払っている。隊長に尋ねられたゾラは、依頼書に記されていた正体不明の大型魔獣について思い返した。


 もしかすると「血肉の餌」を使えば、目標を釣り出せるかもしれない。


 必要なら、誰か一人が少し血を流すくらいなら構わないだろう。


 ゾラがそう考え込んでいた、その時だった。


 異様な振動が走った。


 鋭い聴覚を持つ彼女は、地中深くから伝わってくる強烈な揺れを感じ取ると、顔色を変えて声を張り上げた。


「目標が出た! みんな、気をつけて!」


 ゾラよりわずかに遅れたものの、ロンベロとルリも経験豊富な前衛だった。地中から伝わる異常な振動にすぐ気づく。


 冒険者パーティは即座に戦闘態勢へ移った。


 二人の戦士が前へ出て、神官と魔法使いが後方につく。弓使いのゾラは側面へ移動しながら、全員が次第にはっきりしていく地下の動きへ意識を集中させた。


 轟音が響いた。


 豊富な金属鉱石を含む硬い地面が、一気に突き破られた。


 地中から噴き上がった衝撃の強さに、ロンベロとルリが立て続けに数歩後退する。


 暗い灰色をした巨大な虫体が、空へ向かってそそり立った。


 その太さだけでも、先ほど見かけた中小型の晶鉱へ楽々と巻きつけそうなほどで、しかもまだ全身を地上へ出しきってすらいない。


 巨大な虫体には目がなく、あるのは大きく開いた口だけだった。


 内部にはびっしりと鋭い歯が螺旋状に並び、それらが猛烈な速度で回転している。口器そのものも収縮と開閉を繰り返し、その奥では硬い鉱石が次々と砕かれ、呑み込まれていた。


 恐るべき咬合力であることは一目で分かった。


「これは……砂丘魔虫!」


 ここまで巨大な相手だとは思っていなかったロンベロが、その正体を見抜いて思わず声を上げる。


「砂丘魔虫の変異個体よ! いくつもの晶鉱を呑み込んでる。防御力がかなり高いわ! 無理に攻め込まないで、予定通りに動いて!」


 すでに距離を取っていたゾラが異常に気づいた。経験豊富な彼女は、この大型魔獣が普通の砂丘魔虫とは違うことをすぐに見抜き、遠くから仲間へ注意を飛ばす。


 同時に弓を強く引き絞った。


 ヒュッ、と鋭い音を残して最初の一矢が放たれる。


 特殊な爆薬を仕込んだ矢尻が砂丘魔虫の変異個体へ命中し、大きな赤い炎を爆発させた。


 炎そのものは、変異によって硬く高い耐性を備えた外皮に大した損傷を与えられない。しかし巻き起こった高温の熱気は、明らかにその注意を引いた。


 巨大な魔虫は目の前にいた四人を放り出し、弓使いのいる方向へ身体をくねらせながら突進した。


 巨体が地上を這い進むたび、凄まじい振動と大量の土煙が巻き起こる。しかも、その移動速度は信じられないほど速かった。


 俊敏さを得意とする亜人の弓使いへ、瞬く間に追いつこうとしている。


 その時、後方の空に巨大な菱形の氷晶が現れた。鋭く尖った氷晶の表面が光神の烈光を反射し、眩く輝く。


 小柄な女魔法使いが短い詠唱を響かせると、それは巨大な砂丘魔虫の胴を狙い、上空から一気に叩き落とされた。


 巨大な氷晶の先端は重力による加速を受け、砂丘魔虫の外皮を強引に突き破り、そのまま浅く食い込んだ。


 魔法が通じたのを見た小柄な女魔法使いは、続けて第二節の呪文を急いで唱え、手にした杖を大きく振って力強く指し示す。


 巨大な氷晶が炸裂した。


 砂丘魔虫の胴体中央に、内側から飛び散った氷片によって血肉の潰れた大穴が開く。金属臭の混じった汚れた深褐色の血が四方へ飛び散り、回転する牙に囲まれた口器から、大きな呻きのような悲鳴が響き渡った。


 だが、この巨体を持つ魔獣の生命力は並外れている。


 傷ついた砂丘魔虫の全身から淡い暗色の光が滲み出ると、巨大な傷口はたちまち金属質の柔らかな殻で覆われ、その下で血肉が急速に再生し始めた。ほどなくして行動能力を取り戻す。


 そして遠くへ逃げた亜人の弓使いを追うのをやめ、今度は小柄な女魔法使いへ向きを変えた。


「アイリナ! 早く! こっちへ走れ!」


 アイリナは走りながら振り返り、背後から絶えず迫ってくる恐ろしい巨大な虫体を見た。


 その速さが予想を大きく上回っていることに気づき、怯えた声を上げる。


「ジェオンおじさん! 砂丘魔虫が思ってたよりずっと速い! 私じゃ逃げきれないよ!」


 パーティ最後の一人、中年の神官ジェオンは走りながら杖を強く握り、神術の加護を請うた。


 瞬間、二人の足元にそれぞれ風が生まれる。風に身体を押し上げられたアイリナとジェオンは、まるで地面から浮いているかのように、巨大な鉱石の間を急速に駆け抜けた。


 それでも神術の加護を受けた二人の速度は、現地の環境によって異常な変化を遂げた砂丘魔虫には及ばない。


 巨大な虫体はほとんど一直線に迫り、進路上にある小型の晶鉱を次々と粉砕していく。大地を揺らす轟音が響き、その迫力は凄まじかった。


 二人がとうとう追いつかれようとした、その瞬間。


 砂丘魔虫の左右に、小さな人影が二つ現れた。


 ロンベロとルリだった。


 二人は武器を強く握り、まず技巧「突進」で一気に距離を詰め、巨大な虫体へ追いつく。


 続けて技巧「爆発」を発動し、気合の声とともに高く跳び上がった。


 狙いを定めると、技巧「怪力」によって得た強大な力を全身へ巡らせる。


 二人は同時に剣を振り下ろし、砂丘魔虫が先ほど負傷した脆い部分へ深々と突き立てた。


 金属臭を帯びた深褐色の血が、再び激しく飛び散った。


 複数の技巧を組み合わせて一度に発動する場合ほどの効果はなかったものの、剣士と戦士が三つの技巧を連続で使った攻撃も十分な成果を上げた。


 砂丘魔虫は再び苦痛の声を上げ、傷口を覆っていた修復用の柔らかな殻も二人の力によって砕かれる。


 ついに追跡を止めた砂丘魔虫は、痛みに耐えかねてその場で巨体を激しくくねらせた。周囲の地面や鉱石が次々と叩き砕かれる。


 そうしてようやく、身体へまとわりついていた二匹の忌々しい小虫――ロンベロとルリを振り落とした。


 だが、その時。


 遠くから鋭い風切り音が立て続けに響いた。


 空から、小さな矢の雨が降り注ぐ。


 ゾラが時間差をつけて放っていた数十本の特殊な爆発矢が、ほぼ同時に砂丘魔虫の身体へ落下したのだ。


 赤い炎と爆発が次々と弾け、大量の煙が辺りを覆った。


 砂丘魔虫そのものには大きな損傷を与えられなかったものの、大量の煙と爆発の振動によって、その感覚器官は獲物の位置を見失った。


 翻弄された砂丘魔虫は怒り狂い、巨体を激しく振り回す。周囲は地震のように揺れ、砂塵が舞い上がり、轟音が絶え間なく響いた。


 しばらくして、砂丘魔虫はようやく落ち着きを取り戻した。


 しかし獲物の気配は完全に見失っている。いくら探しても見つからず、諦めてねぐらへ戻り、傷を癒そうとした時だった。


 遠くから、剣と盾を力任せに打ち鳴らす大きな音が聞こえてきた。


「おい! 役立たずのデブ虫! こっちだ! 俺たちを食いたきゃ来い!」


「来なさいよ! 捕まえられたら、うちの隊長をくれてやる!」


 ロンベロとルリが声を張り上げて挑発する。


 ゾラは残っていた爆発矢を次々と空へ撃ち上げ、その爆発による振動で砂丘魔虫をこちらへ誘導していた。


 ジェオンはほかの仲間たちに風行の神術を施し、この後の作戦に備えさせる。


 一方、小柄な女魔法使いも皆を真似て声を上げ、魔獣を引きつけようとした。


 だが、いざ口を開こうとすると急に恥ずかしくなってしまう。


「あ……あの……」


 結局それ以上は続かず、アイリナは気まずそうに帽子のつばを深く下ろすと、おとなしくパーティの後ろへ戻っていった。

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