第9話 新たな予感
エクシアはエリザをじっと見つめていた。その視線は、まるで瞳の奥まで覗き込もうとしているかのようだった。
「エクシア様、アズール村の村長から頼まれた薬をエリザが手に入れるまで、しばらく同行させようと思っています」
すると、エクシアは俺に厳しい視線を向けた。
「アルク。これからの旅は過酷なものになるかもしれません。少しの油断や甘えが、命を落とすことにつながるのです。あなたは勇者なのですよ。もしあなたの身に何かあれば、世界はさらなる危機に陥るかもしれないのですよ」
俺はエクシアの厳しい眼差しを、まっすぐに見返した。
「エクシア様、生意気なことを言うようですが……身近な人さえ助けてやれないなら、世界なんて救えないと思います」
エクシアは素早くエリザに顔を向けた。その動きに合わせて、ベールがふわりと揺れる。
「あなたがエリザさんですね。アルクからお名前は伺いました。あなたは、ご自分の薬探しが勇者の使命に必要なことだと、本当に思っているのですか?」
エリザは一瞬俯きかけたが、すぐに顔を上げ、エクシアをまっすぐに見つめ返した。そして、力強く口を開いた。
「……薬は必要です。でも、本当はアルクの……勇者の役に立ちたいんです。魔法だって、いつかアルクの力になりたくて、一生懸命覚えたんです」
エクシアは二人を交互に見つめると、小さく息を吐いた。
「ふぅ……。二人とも本気のようですね。わかりました。今回だけ特別に同行を認めましょう。ただし、アルク。これからの旅では、何かを捨てなければならない時が訪れるかもしれません。そのことを、決して忘れないでください」
続いて、エリザに視線を向ける。
「エリザさん。あくまでも一時的な許可です。それに、足手まといになるようなら、その場でお別れしていただきます。わかりましたか?」
俺とエリザは顔を見合わせ、同時に頷いた。
「はい!」
その後、俺はエリザを城の前に残し、エクシアとともに城内へ入っていった。
城内で待っていた兵士に案内されたのは、宝物庫だった。
「国王陛下より、必要な装備があれば自由に持ち出してよいとの許可をいただいております」
「本当ですか!?」
俺は思わず目を輝かせ、宝物庫を見渡した。壁には立派な剣や槍が並び、棚には見たこともない装飾の施された防具が置かれている。
父の形見だった剣は、旅の途中で折れてしまった。新しい剣が必要だった俺は、宝物庫の中央に飾られた一本の見事な剣に目を奪われた。
(すごいな……こんな剣まであるのか)
そのとき、不意に背後から誰かに見つめられているような感覚がした。
「……ん?」
振り返ると、部屋の隅に一本の古びた剣が置かれていた。飾り気のない鞘に収まった、ごく普通の剣に見える。
しかし、なぜだろう。その剣が俺を呼んでいるような気がしてならない。
俺は吸い寄せられるように歩み寄り、剣を手に取った。そして、ゆっくりと鞘から引き抜く。
現れた刀身は、ところどころ錆びついていた。
(……錆びてるじゃないか)
そう思った瞬間、刀身が一瞬だけ淡く光ったように見えた。
気づけば、先ほどまで錆びついていた刀身が、曇り一つない美しい剣へと姿を変えていた。
「……なんだ、この剣は?」
俺はしばらく剣を見つめていたが、やがてエクシアに顔を向けた。
「エクシア様、俺はこの剣に決めました。なんだか、この剣に呼ばれたような気がしたんです」
「そうですか。私はこの杖にしました。かつて高名な僧侶が使っていたもののようです」
エクシアが手にしていたのは、落ち着いた装飾が施された一本の杖だった。
俺はもう一度、自分の選んだ剣が置かれていた場所に目を向けた。すると、そのすぐ横に小さなロッドが置かれていることに気づいた。
(そうだ、エリザにも何か持っていってやろう)
手に取ってみると、軽くて扱いやすそうだった。
「エリザには……これだな。魔法を使うときにも役立ちそうだ」
俺は小さなロッドを手に取り、エクシアとともに宝物庫を後にした。
出口では兵士から当面の旅費と地図を渡された。国王陛下からの支給品だという。
俺は礼を言ってそれらを受け取り、エクシアとともに城を出た。
城の前で待っていたエリザと合流すると、俺たちは今後の行き先を決めるため、大教会へと向かった。
エクシアの部屋に入ると、テーブルの上に地図が広げられた。エクシアはしばらく地図を眺め、北の一角を指差した。
「最初の目的地は、北の地にあるロディニア王国です。すでに滅亡したとされている国ですが、ここを奪還できれば戦況は大きく変わるでしょう」
エクシアはエリザをちらりと見てから、再び地図に指を滑らせた。
「途中には三つの街があります。エリザさん、いえ、村長さんから頼まれた薬も、そのどこかで手に入るでしょう」
「アルク、出発は明日の早朝にしましょう。山を越え、北へ向かいます。今日は二人ともゆっくり休んでください。教会に空き部屋が二つありますので、そちらを使いなさい」
俺たちはエクシアに礼を言い、用意された部屋へ向かった。
俺とエリザの部屋は、隣同士だった。
部屋の前で、俺は宝物庫から持ってきた小さなロッドをエリザに手渡した。
「ほら、エリザ。お前に似合いそうだと思って持ってきたんだ」
「えっ、私に? ありがとう、アルク!」
エリザが嬉しそうにロッドを受け取るのを見て、俺も自然と笑みがこぼれた。
そして、新たに手に入れた剣を胸の前に掲げ、エリザに向けて宣言した。
「エリザ、明日から厳しい旅が始まる。だが、心配するな。勇者アルクが必ずお前を護ってやるからな!」
エリザは手にしたロッドと俺の剣を交互に見つめていたが、ふと何かを思い出したように表情を変えた。
「……アルク、この剣とロッド、お城にあったの?」
「ああ、そうだけど?」
「そっか……あの城だったんだ……」
「ん? どうした、エリザ?」
「ううん、なんでもない! ごめんね」
エリザはいつもの笑顔に戻ると、ロッドを胸元に抱き寄せた。
「明日から改めてよろしくお願いします。ゆ・う・しゃ・さ・ま♡」
そう言うと、エリザは周囲をきょろきょろと見渡した。
そして、不意に俺の頬へ顔を近づけた。
「……っ!?」
柔らかな唇が、俺の頬にそっと触れた。
「じゃあ、おやすみなさい♡」
エリザは嬉しそうに微笑むと、自分の部屋へ入っていった。
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