①感動の再会(雰囲気)
リノはリノリノ言いながら、足取りも覚束ない。結局ミュラは彼女の腕を引いて、無理くり歩かせる。彼女のことは皆大体知っているというのは本当なのか、シャツ一枚の少女を強制連行するミュラを、奇異なものを見る目で見る奴も、ましてや看守に突き出す奴も居なかった。
アイゾのメモリとララティエの拙い説明を照らし合わせて……十分程度で、そこに辿り着く。
目的地、スレッド・エアーの店。そこは、フランケンシュタインはこういう建物で作られたのだろうなぁと思わずにはいられない、不気味でゴシック調の洋館だった。壁には蔦のように、配線やアンテナが張り巡らされている。
「おい、スレッド・エアー。居るか?」
「はいはい、居るよ。私は居るし、店は開いてる。しかし、すまない。私は今から、家族を探しに——」
扉を開け、店内に声を掛ける。すぐに店の奥から、スレッドが顔を出す。ミュラの顔を見て、しかしすぐにミュラの後ろのリノの姿を見付けて、彼は絶句した。
「……リノ」
「LINOLINO……ご主人様、ご主人様……」
「リノ、リノ、リノ」
「LINO……ご主人様……!」
まるで、生き別れた恋人の再会だった。スレッドとリノはお互いにお互いを呼びながら駆け寄り、抱き着き、抱きしめる。雰囲気についていけないミュラだけが、ただ一人出入口付近に残されることとなった。
「リノ、お前、馬鹿だね。どこに行ってたんだい、心配したよ」
「LINOLINO……申し訳ございません。しかし、ご主人様、リノは貴方に心配される筋合いはございません。リノは、貴方の大事な眼鏡を」
「ああ。さては君はまた、ささいなドジで死にたくなったね。眼鏡は確かに壊れていたが、そんなこと、私は賢いのだから、壊れたら直せばいい。だと言うのに、馬鹿だね」
「LINOLINO……申し訳ございません、ご主人様、しかしリノはオルゴール人形、死にません。リノは壊れるのです、壊れたいのです」
「命の在処など、お前が決めることじゃない。何でも知っている私が決めることだよ。お前は私が家族としようと作ったのだから、確かにそこに命はあり、養生しなければ死んでしまう。私の言葉が間違いだと言えるかい、リノ」
「LINOLINO……いいえ、ご主人様、リノには言えません、言いません」
「そうだね。だからリノ、命は大切にせねばならぬし、だからお前もお前を大事にしなくてはならない。わかるね?」
「LINOLINO……は、い、ハイ、かしこまりました。新しく、保存します、LINOLINO……」
「うん、良い子だ」
リノがリノリノとメモリに書き込むのを確認し、スレッドは力強く頷く。昨日のレース中は冷静沈着かつマイペースな紳士然としていたが、どうやら親バカの気質があるようだ。今もなおスレッドは、だらしない表情で、リノのことをぎゅうぎゅう抱き締めている。
何はともあれ、リノのことは送り届けた。ミュラとしては、本題に入りたい。
「おい、スレッド」
「ああ、ミュラ。すまない、つい感極まってしまって」
「別にそれは良いんだけど」
「リノのことを送り届けてくれて、ありがとう。君には礼をしなくてはいけないな」
「いや、礼とかは良いから」
「そうだ、少し待っていておくれ。君に丁度良い発明品を思い付いた」
「は? え、おい、ちょっと」
ミュラはただ、必要部品を仕入れたいだけなんだが。しかし、言葉に言葉を上書きされ、スレッドは勝手に意気込んで店の奥へと引っ込んでいってしまった。
店内に、リノとミュラだけが残される。ワンチャン、コイツが店番とか出来ないかな、アンドロイドなんだし。淡い期待を持ったが、リノは頼りなくリノリノ言うばかりだ。そもそもミュラは、パーツを購入するだけの手持ちもない。結局、ミュラは諦めて、スレッドが戻るのを待つことにした。
ミュラとリノ、一人と一体の間に特に会話が生じることはなく、単なる沈黙が落ちる。隣に居るのは機械で、人間ではない。ましてや今もなおリノリノと何かを読み込んでいる。だから、この静寂を気にすることはないのだろう。しかしその機械が人間の形をしているとなると……ミュラは、やはり何となく気になってしまった。
「お前、オルゴールなんだよな」
「LINOLINO……はい、そうです。リノは全自動オルゴール人形です」
「何か弾けたりするのか?」
特に深い意味もなく始めた会話に、リノは三十秒以上の読み込み時間を掛けて、ようやっとメロディを奏で始めた。
オルゴールと言うのだから、その読み込み音と同じように、シンプルな金属音が流れるのだと、ミュラは思っていた。しかし始まった音楽は予想外に、シンプルで美しい金属音のような、歌声だった。旋律に、歌詞まで乗っている。空の青さ、嵐の恐ろしさ、雲の雄々しさ、月の優美さ、太陽の、優しさ。それは童謡のようで、何も分からなくても分かる、地球賛歌だった。
「良い歌だな。オリジナルか?」
一曲が終わる。そのタイミングで、再びミュラは尋ねる。リノはリノリノと、数秒掛けて答える。
「LINOLINO……メロディは、ご主人様が作成、登録されています。歌詞は、リノのメモリに蓄積されたものより、リノが、自動的に生成しています」
「え、お前すげぇな」
「LINOLINO……すごいのは、ご主人様、スレッド・エアー様です」
「それはもちろん、アイツもすげぇんだろうけど」
あの歌詞がリノの中に降り積もった単語群から作られているのだとしたら、日々、彼女はどんな会話を、誰としているのだろう。ふと浮かんだ疑問は、今度は尋ねるまでもなく、リノが「メモリに蓄積された単語もほとんどご主人様に教えていただいたものです」と言葉を続けたことにより、答えを得た。
どんな人間でも、心が荒んだ日もあれば、言葉が汚くなってしまうときだってある。しかし、リノのメモリにはまるで綺麗なものばかりが詰め込まれているようであった。そうとしか思えない、歌だった。あのとんちきな大天才は、この機械人形をどれだけ大事にしているのだろう。不思議と、心が温かくなる。
「アイツ、良いヤツじゃねぇか。ちょっと変わってるけどさ」
「LINOLINO……アイツというのは、ご主人様のことでしょうか。ご主人様のことでしたら、はい、その通りです。あの御方は、素晴らしい、この世界で一番尊い御方です」
「だったら何で、廃棄されようとなんてするんだよ。アイツは別に、そんなこと望んでねぇみたいじゃんか」
「LINOLINO……LINOLINO……」
答えは、読み込み音だけ。この質問はこのアンドロイドには難しかったのだろうか。ミュラは宙ぶらりんとなった疑問に、ひとつ、溜息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます