あした、死んでもいいように。
PandA
1.社員でいる資格がない。
朝起きたら顔を洗って、ご飯を食べて、簡単にメイクを済ませる。
仕事に行って、職場の人と当たり障りのない会話をして、退勤する。
家に帰ったらシャワーを浴びて、晩酌をして、寝る。
何も悪いことは起きていない。
むしろ、平和だ。
なのに、つまらない。刺激がない。
私はたぶん、「平穏に暮らしたい」と言いながら、平穏だけでは生きていけない。
こんな日常なら死んだと変わらない。
倉庫で仕事をしている。
一年前まではビジネスホテルのフロントで働いていた。
コロナ後のインバウンド観光客の増加により、都内のホテルでは常に英語での接客が必要になった。
中学英語までの知識しかない私は、海外客とスムーズに会話を交わせたわけではない。
それでも、チェックイン時や滞在中のお客さんに近辺の観光スポットを案内したり、要望に沿ったお店を紹介したりして、おもてなしすることがすごく楽しかった。
でも、職場の人とのちょうどいい距離感を保つのが苦手だった。
仲良くなりすぎたら舐められて私の尊厳がなくなり、話さないと話さないで「冷たい」と上司にチクられ、上司から注意を受ける。
また、私はケアレスミスも多かった。
だから余計、アルバイトの人たちから怪訝な目で見られていた。
陰で言われるだけではなかった。
直接口頭でも詰められた。
LINEでも詰められた。
私がいないところでは、職場で私のミスや性格について考察されていた。
それが、すごく気持ち悪かった。
私以外にも、仕事に慎重な人や、仕事があまり得意ではない人はいた。
そういう人についても同じようにあれこれ言っていた。
でも、直接本人の前で詰められるのは私だけだった。
「〇〇さんってこういうところありますよね。なんで毎回そうしちゃうんですか?」
「直そうとしないんですか?」
「家帰って反省してるっていうけど、直ってないなら意味ないじゃないですか」
言い過ぎだった。
でも周りは一緒になって笑っていた。
私は、言われていることが間違っているとは言えなかった。
実際にミスをしていたから。
何度反省しても、また同じようなミスをすることがあったから。
上司に相談しても、
「冗談だよ」
とか、
「ほんとだよなあ」
で済まされた。
うまく仕事ができても、普段からミスが目立っていたせいか、「調子に乗るな」という目で見られているような気がした。
あるとき、言われた。
「なんで社員やってるんですか? 向いてないのに」
ほんと、そうだよなあ。
でも、もともとアルバイトだった私は、お客さんを喜ばせるためにもっといろんなことを提案したかった。
もっとこうしたい。
ここを変えたい。
そう思うことがたくさんあった。
そのためにはアルバイトのままじゃなくて、社員にならないといけないと思った。
だから上司に相談して、社員として採用してもらった。
普段は店舗にいない、もっと上の立場の上司には、その思いをかなり買ってもらえていた。
「この店舗には〇〇さんがいるから安心する!」
「毎回ハッとする提案が来るのでうれしい!」
そんなことまで言ってもらえていた。
嬉しかった。
私がやりたかったことは間違ってなかったんだ、と思えた。
でも、店舗の中に私の立場はなかった。
上からは期待されている。
でも、毎日一緒に働く人たちからは、「仕事のできない社員」として見られている。
まあ実際そうだった。
何かうまくできても、自信を持ってはいけないような気がした。
だって私は、またミスをするから。
社員なのに。
アルバイトより仕事ができないのに。
それなのに意見なんか言って。
社員でいる資格がないの。
当時社員だった私は、いつも私を詰めてくる同い年のアルバイトに何も言えないことにも悩んでいた。
社員なんだから、人に頼らず自分でどうにかしないといけないのかな。
私から動かないといけないのか。
私が注意しないと何も変わらないのか。
言わないと。
家に帰っても、そればかり考えていた。
それどころか、家に帰ってからその日の仕事の失敗を思い出して、
「明日、責められる」
と怯えていた。
鏡の前にいるとき。
シャワーを浴びているとき。
寝る前。
「またやってるわ」
「何回やったら学ぶんだ」
彼らの声で、そんな言葉が頭の中に浮かんだ。
家にいるのに。
仕事はもう終わったのに。
次第に私は、
「次はミスをしないようにしよう」
ではなく、
「次は責められないようにしよう」
と思いながら仕事をするようになった。
それでも、接客は好きだった。
職場に行くのは怖いのに、お客さんと話すのは楽しかった。
「近くに美味しいご飯屋さんありますか?」
と聞かれれば、その人が何を食べたいのか、どのくらい歩けるのか、予算はいくらくらいなのかを聞いて、一緒に探した。
次の日に、
「昨日のお店、美味しかったよ」
と言われたら嬉しかった。
私の提案で、その人の旅行がほんの少し楽しくなった。
そういう瞬間が好きだった。
だから、仕事そのものを嫌いになれたら楽だったと思う。
接客なんて向いてなかった。
ホテルなんて大嫌いだった。
そう思えたら、もっと簡単に辞められた。
でも、嫌いだったのは仕事じゃなかった。
嫌いだったのは、自分だった。
この仕事を通して、自分がいかに「できない人間」なのかを思い知らされた。
注意していないわけじゃない。
同じことを繰り返さないように気をつけているつもりだった。
でも、ほかのことを考えると、また同じ過ちを繰り返している。
「あれだけ気をつけようと思ったのに」
「昨日あんなに反省したのに」
またやっている。
そんな自分が嫌だった。
周りから責められることも怖かったけど、それ以上に、言われていることに心当たりがあることが苦しかった。
「なんで社員やってるんですか? 向いてないのに」
その言葉を、一番否定できなかったのは私だったのかもしれない。
次第に、職場に行くこと自体が怖くなった。
今日また何か間違えたらどうしよう。
また何か言われたらどうしよう。
仕事に行く前から、まだ起きてもいない失敗のことを考えるようになった。
みんなの迷惑になったらいけない。
そして私は休職した。
そのまま、退職した。
辞めてから思った。
もう、人と関わる仕事はやめよう。
誰かの機嫌を読まなくていい仕事がしたい。
人間関係に悩まなくていい仕事がしたい。
決められたことを、決められた通りにやればいい仕事がしたい。
自分の仕事だけをして、時間になったら帰る。
それでいい。
そう思って、倉庫で働き始めた。
仕事中は黙々と作業をする。
職場の人とは必要なことを話すくらい。
仕事が終われば、仕事のことを考えずに帰れる。
家に帰って、シャワーを浴びて、晩酌をして、寝る。
平和だ。
あんなに欲しかった平穏だった。
なのに今の私は、
「つまらない」
と思っている。
人と関われば傷つく。
人から離れれば、何も起きない。
じゃあ私は、どうやって生きていけばいいんだろう。
平穏に暮らしたかった。
ただ、それだけだったはずなのに。
いつからか私は、
「どう生きたいか」より、
「生きるか、死ぬか」
を考えるようになっていた。
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