第3話 村に帰りたい…稲刈りがぁ😭
翌日の朝。
宿屋の食堂。
焼きたてのパンの香ばしい匂いが漂う中、僕はもぐもぐとパンを齧っていた。
……美味しい。
美味しいけど。
「ねぇ、勇者……」
向かいの席で朝食を取っていた勇者が顔を上げる。
「ん?」
「僕、帰っちゃダメなの?」
「…………」
勇者の手が止まった。
「もうすぐ、稲の刈り入れ時期なのに……」
僕はパンを握りしめた。
「魔王討伐とか、そんなのに付き合ってる暇ないんだけど😭」
「…………」
「今年は雨が多かったから、刈り入れの時期も少しずれるかもしれないし……」
「…………」
「うちの田んぼ、僕が見てないと……」
「ダメ」
「即答!?」
勇者はパンを齧りながら、平然と言った。
「帰さない」
「なんで!?」
「危ないから」
「田んぼのほうが危ないんだよ!!」
「魔王より?」
「魔王より!!」
「……本当に?」
「本当だよ!」
僕は身を乗り出した。
「稲ってね!? 刈る時期を間違えると大変なんだよ!? 天気だって見なきゃいけないし、乾燥だって――」
「……へぇ」
勇者が妙に真剣な顔で聞いている。
「……じゃあ、俺も手伝う」
「え?」
「魔王を倒したら、お前の村に帰って、稲刈り手伝う」
「…………」
「だから一緒に来い」
「いや、そういう問題じゃ――」
「約束する」
勇者はそう言って、僕の目を見る。
「絶対に帰すから」
「…………」
「だから今は、俺と一緒にいてくれ」
「…………勇者」
一瞬。
僕の胸が、ほんの少しだけ熱くなった。
……ずるい。
そんな顔で言われたら。
「…………でも」
「ん?」
「魔王討伐って、あとどれくらいかかるの?」
「二週間くらい」
「長い!!」
「早ければ一週間」
「早ければって何!?」
「魔王城まで五日。魔王を倒して二日」
「旅行の計画みたいに言わないでよ!!」
その時だった。
「――実に興味深い話ですな」
背後から低く穏やかな声。
「!?」
僕と勇者が同時に振り返る。
そこには――
優雅に紅茶を飲む魔王。
そして、その斜め後ろには眼鏡をかけたハイエルフ。
セバスチャン。
通称、セバス。
朝っぱらから完璧に整えられた髪。
乱れひとつない衣服。
そして――
「……なぜいるの?」
僕が尋ねると、セバスは微笑んだ。
「昨夜、魔王様がまた勝手に抜け出されましたので」
「余は朝食を食べに来ただけだ!」
「昨夜も同じことを仰っておりました」
「…………」
魔王が黙った。
セバスは僕の前に視線を向ける。
「しかし、なるほど」
「?」
「稲の刈り入れ……ですか」
「うん」
「……」
セバスが顎に手を添える。
「では、魔王討伐を一時中断して、村へ戻られるという選択肢も――」
「ダメ」
「ダメだ」
勇者と魔王の声が同時に重なった。
「…………」
セバスの目が細くなる。
「お二人とも」
「「何?」」
「なぜ、そこだけ意見が一致するのでしょう?」
「…………」
「…………」
勇者と魔王が互いを見る。
「俺が守る」
「余が守る」
「僕、田んぼの話してるんだけど!?」
思わず叫んだ。
すると魔王がテーブルを叩いた。
「そもそも!」
「!?」
魔王は僕を真っ直ぐ見つめる。
「貴様は魔王討伐などという危険な旅に同行する必要などない!」
「え?」
「今すぐ帰れ!」
「えっ……」
魔王が立ち上がる。
「稲の刈り入れがあるのだろう!?」
「う、うん……」
「ならば帰れ!」
「魔王……」
僕が感動しかけた、その瞬間。
魔王は勇者を睨みつけた。
「そして勇者! 貴様も帰れ!」
「なんで俺まで!?」
「貴様がいるから話がややこしくなるのだ!!」
「魔王に言われたくない!」
「何だと!?」
「何だよ!」
二人が睨み合う。
僕はぽかん。
そしてセバスは静かに紅茶を飲む。
「……」
「セバス」
「はい」
「何とかして」
「かしこまりました」
セバスは二人の間に立つ。
そして――
「お二人とも」
「?」
「魔王討伐より先に」
眼鏡を押し上げる。
「稲刈りを終わらせればよろしいのでは?」
「…………」
「…………」
「…………」
僕がぱちぱちと瞬きをする。
「……それだ!!」
勇者と魔王が同時に叫んだ。
「「なぜそうなる!?」」
セバスは微笑んだ。
「では、本日の予定を変更いたしましょう」
「え?」
「魔王討伐隊、全員で村へ戻ります」
「えええええ!?」
「稲刈りを完了した後、改めて魔王討伐へ向かいます」
「ちょっと待って!?」
セバスは懐から手帳を取り出す。
「勇者様は稲の刈り取り」
「え?」
「魔王様は運搬」
「余が!?」
「私は食事の準備と道具の管理を」
「ちょっと待ってセバス!」
「そして――」
セバスが僕を見る。
「村人様は、全体の指揮を」
「僕!?」
「当然でございます」
「なんで僕が隊長みたいになってるの!?」
セバスはにこやかに微笑んだ。
「何しろ――」
「?」
「この中で稲作について最も詳しいのは、村人様ですから。」
「…………」
勇者が笑う。
「じゃあ決まりだな」
魔王も腕を組む。
「……まあ、余が手伝うくらいなら造作もない」
「いやいやいや!!」
僕は頭を抱えた。
「魔王討伐は!?」
セバスが答える。
「稲刈りの後です」
「…………」
僕は焼きたてのパンをもう一口齧った。
……まあ。
田んぼが無事なら。
「…………仕方ないかぁ」
その瞬間。
勇者が僕の隣に座った。
「じゃあ一緒に帰ろうな」
魔王も反対側に座る。
「余も同行する」
「なんで二人とも僕の両隣に座るの!?」
セバスは三人を見て、静かにため息をついた。
「……今年の収穫は、随分と騒がしくなりそうですな」
こうして――
世界を救うはずだった勇者と魔王は、なぜか村人の稲刈りを手伝うことになった。
そしてこの日。
世界史上初めて――
勇者・魔王・ハイエルフによる稲刈り部隊が結成された。
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