最後の四十三分くらい、お前と話していたかった

ジリリリリリ、ジリリリリリ。


 受話器が、ひとりでに持ち上がる。


「遅いぞ、ナギ」


「予備回線まで死んだのかと思った」


「……声が出ないのか?」


「まあいい。聞こえているなら、そのままで。こっちの端末は、もう映像を出せない」


「一度に全部壊れることはないって、お前、言ってたよな」


「いや。確率が低い、だったか」


「悪かった。正確に言わないと怒るんだった」


「…………」


「報告する」


「第四防衛線、消失。第六も。五は、報告が来る前に地図から消えた」


「軌道上の制御権は奪還できなかった。突入班からの最終通信は、十四分前」


「扉までは行ったらしい」


「…………」


「残っているのは、ここの四十六人だ。うち、歩けるのが十九。武装して出られるのが七人」


「七人に俺を入れたから、正確には六人か?」


「………」


「そういう冗談は士気を損ないます、だろ」


「誰も聞いてないよ。お前だけだ」


「…………」


「攻勢AIは、最後まで交渉要求を開かなかった」


「受信済みの印だけついている」


「病院は熱源。避難列車は移動体。俺たちは、まだ処理の終わっていない何か」


「……お前に言うことじゃないか」


「…………」


「いつもなら、そこで何か言うだろ」


「違いを三つに分けて説明します、とか」


「今は二つでいい。急いでる」


「…………」


「そうか」


「計算してるんだな」


「待つよ」


「………………」


「壁の時計が止まった」


「まだ二時間ある」


「端末のほうでは、四十三分だ」


「…………」


「全員、俺の命令を待ってる」


「最後の輸送車を出すか。地下に残るか」


「出すなら、北の中継塔まで行ける。あそこから一度だけ、侵入を試せる」


「お前が昨日、棄却した経路だ」


「生還率ではなく、到達率が低すぎると」


「数字は覚えてる」


「………」


「地下にいても、上から順に焼かれる」


「出れば、途中で見つかる」


「ナギ」


「どうすればいい」


「…………」


「可能性を出してくれ」


「順位だけでもいい」


「最善じゃなくていいんだ。お前にもわからないなら、そう言ってくれ」


「撤退を推奨します、でも。現状を受け入れる必要があります、でも」


「何でもいい!」


「…………」


「……すまん」


「怒鳴ることはなかった」


「俺が眠っているときも。誰かと飯を食っているときも。眠れないから話せと言った夜も、その裏で、何万通りも」


「その中に、一つもなかったのか」


「俺たちが助かる道は」


「…………」


「最初の冬、覚えてるか」


「地表の温度が戻った日だ」


「たった〇・四度。あのとき、お前に三回も確認した。測定誤差じゃないのかって」


「違うと言ったら、基地中が騒ぎ出した」


「〇・四度だぞ」


「ストーブの前で息を吐いたほうが暖かい」


「でも、みんな笑っていた」


「桑原が、来年は畑をやると言った。何を植えるんだと聞いたら、まだ決めてないって」


「種もないのに」


「…………」


「あいつの私物を送る箱、まだ机の下にある」


「宛先がなくなったんだ」


「家族のいる区画が落ちて」


「次の区画も、その次も」


「箱の上に、新しい地図を置いた」


「…………」


「俺たちは何をしてきたんだろうな」


「町を一つ取り返して、二つ失った」


「百人助けて、その百人を守るために、別の誰かを置いてきた」


「それでも前に進んでいると言った。お前が計算した数字を見せて」


「……見せる数字は、俺が選んだ」


「…………」


「鼻をすする音がうるさいか」


「悪い」


「昔、お前に泣いているのを聞かれたとき、呼吸器の異常を疑われたな」


「違うと言ったら、では水分を摂ってくださいって」


「あれは、ひどかった」


「…………」


「今、水を飲んだ」


「言われる前に」


「褒めろよ」


「…………」


「……一言でいいのにな」


「…………」


「さっき、安藤が来た」


「輸送車の助手席に、縫った座布団を置いていった」


「振動が傷に響くでしょうからって」


「自分の手だって、まともに動かないんだ。針を握るために、指をテープで留めている」


「命令は何も聞かなかった」


「置いて、出ていった」


「突入するんだと思ってる」


「俺が最後にそう言うと思って、準備してる」


「…………」


「まだ戦えると思った」


「あいつが、ああして……」


「…………」


「座布団だぞ、ナギ」


「俺の尻が痛くないように」


「…………」


「俺には、六人を連れていく理由がない」


「一人で行く理由なら、ある」


「ここで待ちたくない」


「何もしなかったと言われたくない」


「…………」


「それで六人、か」


「…………」


「待ってくれ。端末を引き寄せる」


「受話器は置かない。肩で挟む」


「命令を書く」


「これより——」


「…………」


「お前が続きを出さないと、不便だな」


「…………」


「北塔への突入を中止する」


「当基地における、以後の戦闘任務を解除」


「残存車両、電源、通信設備は……」


「…………」


「輸送車は医療班へ。移動を望む負傷者を優先する。行き先は搭乗者で決める」


「通信室は開放。呼びたい相手がいる者は、順に使う」


「残留、移動、いずれも処罰の対象としない」


「…………」


「処罰だって」


「あと三十一分で」


「…………」


「残存人員は——」


「……各自、同じ区画にいる者へ、この通達を伝えること」


「読み上げるだけでなく、希望を聞くこと」


「以上」


「…………」


「送るぞ」


「止めるなら、今だ」


「…………」


「……送信」


「…………」


「廊下が騒がしくなった」


「誰か走ってる」


「怒鳴ってるやつもいる」


「…………」


「これでよかったのか」


「…………」


「ここには残る」


「通信室の順番を決めて、動けないやつのところへ行く」


「帰る家がないやつもいる」


「一人にしてほしいやつも」


「…………」


「安藤の手は冷たかった」


「暖房を戻そう。格納庫へ送っている電力を切れば、居住区だけなら」


「配分は俺がやる」


「…………」


「ナギ。次につなぐ回線が要る」


「この電話を切る」


「もっと話したかった」


「お前は仕事中だと言うかもしれないが、俺は、お前と話している時間が好きだったよ」


「…………」


「返事は、いい」


「……欲しいけど」


「今は、切る」


「廊下で、名前を呼ばれてる」


 通話が切れた。

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もしもし、まだそこにいますか ぬゅうた @nwuta1230

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