第21話 偽装の救助要請



「要救助者、朝倉遼。救助員登録番号、B―10482」


 0417の操作記録から俺の登録番号が見つかって、3日が経っていた。


 協会はその番号を監視対象にしていた。偽の救助要請に使われる可能性があると判断したためだ。


 俺本人は、救助本部の端末前に立っている。


 発信地点は城南訓練坑道の地下3層。3年前に閉鎖され、今は入口の保守点検しか行われていない場所だった。


「偽装要請として回線を切る。現場へは確認班だけ出す」


 黒崎さんは俺を見ず、当直隊員へ指示した。入口の封鎖、周辺カメラの保存、発信器の遠隔停止。手順に迷いはない。


「俺も行きます」

「お前の番号で呼ばれている。だから後ろに置く」

「現場に本物の要救助者がいる可能性があります」

「その確認を隊員にさせる。偽装要請に本人を差し出す責任者はいない」


 正しい判断だった。俺が反論を探す前に、玲奈が端末の発信履歴を拡大した。


「要請は1回ではありません。最初の発信から17秒後、同じ番号で再送されています。2回目だけ音声が欠けています」


 波形の後半に、細い突起が3つ並んでいた。雑音にしては間隔が揃いすぎている。


「坑道内の音を拾った可能性があります」


 黒崎さんが確認班へ回線を開いた。


「入口までは朝倉を同行させる。坑内へ入るのは確認班が先だ。御影は朝倉から離れるな」

「了解しました」


*


 城南訓練坑道の鉄扉には、横一文字の擦り傷が残っていた。


 古い錆の上だけが削れ、銀色の地肌が出ている。扉は最近、一度開かれている。


 先行した隊員が毒性ガスと魔力濃度を測り、安全索を固定した。俺と玲奈は、その30メートル後ろから坑内へ入った。


 閉鎖区画特有の湿った埃の臭いがした。床には先行班の靴跡のほか、細い台車の轍が1本続いている。轍の溝にはまだ水が戻っていなかった。


 壁際に、小型発信器が置かれていた。赤い作動灯は消えかけている。


「電池残量は2%。新品を入れたのは昨夜です」


 回収担当が端末を読み取った。


 通常なら数か月は保つ。地下から最大出力で発信を繰り返したなら、半日で空になることもある。俺の番号を送るためだけなら、入口近くに置けば足りたはずだ。


 右手の配管から、硬い音が届いた。


 コン、コン、コン。


 少し空いて、また3回。


 先行班が足を止めた。


「発信器の音ではありませんね」


 玲奈が配信端末のマイクを配管へ寄せた。公開は20分遅延している。位置情報は映らない設定だった。


 俺は工具の柄で配管を2回叩いた。


 返事は3回だった。


 同じ間隔で、もう一度。


「人がいます。3回は訓練坑道で使う救難合図です」


 先行班長が図面を開いた。


「この配管は地下3層まで1本だ。枝管が多すぎて、音だけでは絞れないぞ」


 俺は発信器の裏蓋を確認した。電池室の縁に赤茶色の粉が付いている。坑道入口の土は黒い。赤錆の粉が多いのは、旧揚水管が通る地下2層東側だった。


 発信器を置いた人間は、そこから入口まで運んだ。救難合図の主も同じ場所にいるとは限らない。


「発信器の電波強度は、最初から最大でしたか」


 回収担当が履歴を送った。最初の12分だけ弱く、その後に最大出力へ切り替わっている。


 内部で作動させた発信器を、誰かが入口側へ運んだらしい。その途中で、機械が坑内の音を拾った。


「発信器の移動時刻と、監視端末が拾った打音を重ねてください。配管へ近づいた区間が分かります」


 黒崎さんのいる本部で照合が始まった。


 玲奈は俺の前へ腕を出した。


「先に言っておきます。落とし物を見つけても、朝倉さんだけで触れないでください」

「今日はまだ0回です」

「回数の話だけではありません。あなたを呼んだ相手が、触らせる物を選んでいる可能性があります」


 返事をする前に、先行班から声が上がった。


 分岐扉の下に、透明な封印片が落ちていた。閉鎖時に貼られた協会封印の一部だ。切断面は新しく、裏側に黒い指紋が付いている。


 罠だとしても、誰が扉を開けたかを知る手掛かりになる。


「御影さん。使用後に俺が答える項目を決めてください」

「名前、場所、今日の日付。それから、髪留めの色です」


 玲奈は医療用の記録端末を起動した。先行班長が周囲の安全を確認し、封印片を固定台へ置く。


 俺は手袋を外し、黒い指紋へ触れた。


*


 重い扉を押していた。


 視界の主は作業服を着た男だった。左手で封印を剥がし、右手に工具箱を提げている。


 扉の認証表示へ、銀色の腕輪をかざす。


 0417。


 緑の許可表示が出た直後、画面に別の番号が入力された。


 B-10482。


 俺の登録番号だった。


『奥の発信器を替えたら戻れって聞いてる。なんで閉まるんだ』


 男が振り返る。背後の隔壁が下り始めていた。


 工具箱を床へ落とし、扉の隙間へ封印片を挟む。薄い樹脂が折れた。


 非常灯が赤く変わる。


 男は奥へ走った。左足を引きずっている。壁の表示は東揚水管保守空洞。その先で、白い作業灯が倒れた。


 60秒が切れた。


*


 喉の奥に酸っぱい味が上がった。俺は固定台から手を離し、玲奈が差し出した水を一口飲んだ。


「名前は」

「朝倉遼」

「場所」

「城南訓練坑道、地下1層の東分岐前」

「今日の日付」


 答えた。髪留めの色も言えた。頭痛はあるが、記憶はつながっている。


「作業員が1人、東揚水管の保守空洞へ逃げました。左足を負傷しています。0417の次に、俺の登録番号が入力されました」


 先行班長が図面を指で追った。


「東揚水管の保守空洞なら、この分岐から右だ」

「配管図ではそうです。ただ、打音は右から来ていません」


 俺は配管をもう一度叩いた。3回の返事は、今度も左側の壁から強く響いた。


 保守空洞の表示を見たあと、作業員は左足をかばって走った。直線の右通路より、勾配の緩い迂回路を選んだ可能性が高い。


 本部から照合結果が届いた。発信器が打音を拾った時刻、機器は地下2層の西配管室付近を移動していた。


 東揚水管は地下3層で西へ折れ、保守空洞につながっている。


「左の点検階段を下ります。右から回ると隔壁を2枚開ける必要がある。左なら手動扉が1枚です」

「罠の続きという可能性は?」


 先行班長が聞いた。


「あり得ます。点検階段の踊り場ごとに退路を確保してください。扉は閉まらないよう固定する。打音が止まるか、配管からガス臭が出たら戻ります」


 黒崎さんが無線で許可を出した。


 俺たちは左の階段を下りた。玲奈が先頭で、俺は隊員2人の間に入った。踊り場の扉へ固定具を打ち、1枚ずつ退路を残した。


 地下3層へ着くと、配管の継ぎ目に新しい血が付いていた。血痕は西側の狭い通路へ続いている。


 奥で工具が配管を叩いた。


「救助隊です。音を止めて、返事をしてください」

「ここだ! 脚を挟まれた!」


 保守空洞の手前で、倒れた作業灯と工具箱が鉄枠に挟まっていた。男の左脚は、その下にある。


 玲奈が鉄枠を持ち上げ、隊員が脚を固定した。俺は作業員の呼吸と足先の血色を確かめる。圧迫を急に解けば出血が増える。止血帯を準備してから、鉄枠を数センチずつ上げてもらった。


 男が担架へ移されたあと、工具箱の内側から端末が見つかった。


 送信先のない命令文が、画面に残っている。


『朝倉を奥へ入れろ。解析方法は現場で確認する』


 俺の能力名も、60秒という数字も書かれていなかった。相手が欲しいのは、俺が地図にない道を見つける方法らしい。


 玲奈が端末を証拠袋へ入れた。


「目的は分かりました。ここから先は、朝倉さんを外へ戻します」


 床の下から、金属が噛み合う音がした。


 背後の固定具が1本ずつ外れ、点検階段の防火扉が閉じていく。無線には黒崎さんの声ではなく、短い雑音だけが流れた。


 最後の扉が落ちる直前、玲奈が作業員の担架を外側へ押し出した。


 こちら側に残ったのは、俺と現場技師2人だった。



【朝倉遼・救助記録 救助ランク:B級/公式救助実績:46件/登録者:約330,000人/第0避難路捜索資金:950万円/扉閉鎖まで:残り77日】


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