第13話 救う相手を好きである必要はない
認証番号0417を照会している最中、封鎖階層から3人分の生体反応が見つかった。
東側の旧電力区画。
神谷たちが落とされたB3保守室より、さらに奥だった。
救助本部が東央迷宮設備へ確認すると、返答はすぐに届いた。
『該当区画に、当社の作業員は入っていません』
生体反応は弱いが、移動している。
企業の回答と、現場の数字が食い違っていた。
*
【妹が消えるまで、残り97日】
城東第4ダンジョンの立入規制は、翌朝まで続いていた。
壁の標識は消灯している。
電源を落としても、内部の蓄電装置が残っている可能性があり、誰も正面には近づ
いていない。
救助隊が封鎖階層の入口から回収した物は、傷だらけの作業員証だった。
印字された氏名は削れて読めない。
縁には青い塗料が付着し、磁気部分へ細かな金属粉が食い込んでいる。
「偽造品ですか」
玲奈が透明袋越しに確認した。
「カード自体は正規品です。ただ、所属と氏名だけ削られている」
裏面には、東央迷宮設備の社章が残っていた。
青い塗料は標識の外装を覆っていた下地と同じ色だった。金属粉は銅とアルミ。通信線か誘導装置の配線を切れば付着する。
「3人は標識の配線に触れています」
黒崎さんが企業から届いた名簿を表示した。
「今日、このダンジョンへ入った作業員は2名。どちらも地上で確認済みだ」
「名簿に載せず、作業をさせた可能性があります」
「その可能性だけで、企業が3人を閉じ込めたとは言えん」
「分かっています」
東央迷宮設備は、標識の設置に関わった企業かもしれない。
作業員証を持つ3人なら、0417を使った人物について知っている可能性もある。
俺は救助地図より先に、認証記録の画面を開いていた。
0417による電子承認は、昨夜から更新されていない。
接続元を追えば、図面を神谷へ送った人物に届くかもしれなかった。
玲奈が認証記録の画面を閉じた。
「先に決めることがあります」
「接続元の保全なら、協会へ申請します」
「3人の救出経路です」
言葉が止まった。
生体反応は今も動いている。
速度は遅く、1人分だけ不規則だった。
俺は証拠を追う順番と、救う順番を入れ替えかけていた。
「3人が標識を設置した当事者でも、ですか」
「救う相手を好きである必要はありません」
玲奈は閉じた端末を俺へ返した。
「事情を聞けるかどうかも、生きて戻ってからの話です」
彼女の言うとおりだった。
神谷たちが遭難を偽装したと知ったときも、救助の優先順位は変えなかった。
相手が澪の失踪に関わっているかもしれないという理由で、その原則を変える方がおかしい。
「認証記録は地上班へ任せます」
俺は作業員証を手に取った。
「この3人を捜します」
今日の《残響視》は、まだ使っていない。
確認するのは、標識の配線へ触れた理由と、3人が向かった方向だった。
「使用後の記憶確認をお願いします」
「分かりました。今日1回目です」
指先をカードの表面へ当てた。
*
脚立の上で、黒い円形の外装を外していた。
作業員証の持ち主だ。
外装の下には、青い下地と束ねられた配線が見える。
床には、同じ作業服を着た男が2人いた。
『これ、誘導灯じゃないぞ』
脚立の男が装置の内側へ照明を向ける。
『矢印の向きを、外部から変えられるようになってる』
『撤去指示は標識だけだ。中身は触るなって書いてある』
『残したまま外せる構造じゃないだろ』
遠くで金属音が鳴った。
通路の先にある別の標識が点灯する。
黒い円の中に、白い縦線が3本。
矢印が出口とは反対へ向いた。
『電源を切る。作業は中止だ』
1人が壁際の配線箱を開けた。
赤いケーブルを切る。
最も遠い非常灯が消えた。
次に黄色いケーブル。
手前の非常灯が消える。
床の奥から、何かが滑る音が近づいてきた。
『西の変電室へ退避する。あそこなら独立電源がある』
3人が走り出す。
作業員証の持ち主が脚立から飛び降りたとき、カードが胸元から外れた。
拾おうと振り返る。
『置いていけ!』
仲間に腕を引かれた。
最後に、緑のケーブルが引きちぎられる。
非常灯が入口側から順に消えていった。
60秒が途切れた。
*
現実へ戻ると、指先へ工具の振動が残っていた。
頭痛はあるが、吐き気は軽い。
玲奈が作業員証を証拠袋へ戻した。
「私の名前は」
「御影玲奈さん」
「現在地は」
「城東第4ダンジョンの地上救助本部。今日は1回目です」
「大丈夫そうですね」
3人は標識を設置していたのではなかった。
遠隔操作できることに気づき、撤去しようとしていた。
俺は旧電力図を開いた。
「3人は西側の変電室へ向かっています」
「生体反応は東側だぞ」
黒崎さんが測定画面を指した。
「発信器の中継器が東にあります。信号だけが、そこを経由している」
西側変電室は現行図面から削除されていた。
改修前の記録にも部屋の名称しか残っていない。
そこまでの通路には、非常灯が4基ある。
残響で消えた順番は、奥から手前ではなかった。入口側から西へ向かって、1基ず
つ途切れている。
作業員たちは移動しながら、標識へつながる電源線を切っていた。
「非常灯が消えた経路を逆に辿れば、3人へ着けます」
黒崎さんが救助班を呼んだ。
「東側の発信器は捜索対象から外す。ただし無人とは断定しない。第2班が確認しろ。朝倉班は西側変電室へ向かう」
企業の安全管理責任者から通信が入った。
『旧電力区画の主電源を落とすことはできます。ただ、変電室には独立回路がありま
す。こちらでは操作できません』
「作業員3名に心当たりは」
『正式な入場記録はありません。下請けを含め、確認を続けます』
声には困惑が混じっていた。
少なくとも、通信先の人物は3人の存在を知らなかったらしい。
「主電源だけ停止してください。独立回路はこちらで確認します」
『了解しました。停止まで90秒です』
企業側が協力するなら、その情報を使う。
最初から全員が敵だと決めれば、使える退路まで失う。
*
旧電力区画へ入ると、最初の非常灯は消えていた。
床に切断された赤いケーブルが落ちている。
次の分岐には黄色、その先には緑。
切断面は新しい。
玲奈は先頭で検電器を壁へ近づけた。
「主電源は落ちています。左の壁だけ反応があります」
「独立回路です。金属部へ触れないでください」
床には銅線の破片が散っていた。
湿気を含んだ場所で通電すれば、足元から電流が流れる。
隊員が絶縁シートを敷き、その上を進む。
通路の途中で、黒い円形の外装が床へ落ちていた。
裏側の銘板には、製造元が刻まれている。
【東央迷宮設備】
【旧式避難誘導装置】
黒い標識は、迷宮が作り出したものではなかった。
人間が製造した設備だった。
ただし、銘板の製造年は14年前。有馬が死亡した3年前より、はるかに古い。
誰が用途を変え、今も動かしているのかは分からない。
「朝倉さん」
玲奈が前方を示した。
最後の非常灯だけが点いている。
白い光が、半開きの鉄扉を照らしていた。
扉の上には、西側変電室と書かれている。
隙間から、焦げた絶縁材の匂いが流れてきた。
「3名、聞こえますか」
返事はなかった。
代わりに、扉の内側で何かが床を叩いた。
2回。
少し間が空き、もう2回。
救助要請の合図としては弱い。
腕を上げられない人間が、工具を足で動かしている音だった。
玲奈が扉へ手を掛ける。
「開けます」
「待ってください。下にケーブルが挟まっています」
扉の下から、黒い電線が伸びている。
無理に開けば被覆が破れ、鉄扉全体へ通電する。
俺は蝶番側の隙間を照らした。
上の固定具だけが歪んでいる。扉を横へ引かず、上側を手前へ倒せばケーブルを挟まずに開けられる。
「上の蝶番だけ外してください。扉の下は動かさない」
玲奈が刃先を差し込み、固定具を切った。
隊員2人が絶縁棒で扉の上部を引く。
人ひとりが通れる隙間ができた。
変電室の中に、作業員3人が倒れていた。
1人は壁にもたれ、意識がある。
もう1人は右腕を押さえている。袖の一部が焦げていた。
奥の1人は、倒れた配線棚に脚を挟まれている。
「救助隊です。動ける方は返事をしてください」
「2人は、意識ある。俺も動ける」
壁際の男性が掠れた声で答えた。
電気熱傷の作業員を先に絶縁担架へ乗せる。
入口側へ渡したあと、棚に挟まれた男性の脚を確認した。出血は少ないが、足先の感覚が鈍い。
棚をそのまま持ち上げると、上に載った蓄電装置が落ちる。
「先に装置を固定します。右の支柱をください」
伸縮支柱を棚と天井の間へ入れ、ワイヤーで蓄電装置を壁へ寄せる。
玲奈が棚の端を数センチ浮かせた。
「この高さで足りますか」
「止めてください。そのままです」
隊員が男性の身体を毛布ごと滑らせた。
脚を引き抜き、固定具を巻く。
最後に、壁際の男性を歩行補助で退出させた。
3人が鉄扉を越えたところで、独立電源の警告灯が赤く変わる。
室内の非常灯が消えた。
あと数分遅ければ、暗闇の中で蓄電装置が再通電していた。
*
地上で、3人全員の生存が確認された。
【保守作業員:3名救出】
【公式救助実績:21件】
【救命率:100%】
【《残響視》使用回数:1回】
救助記録チャンネルの登録者は、約140,000人。
追加された救助報奨を含め、資金は370万円になった。
救出された作業員の1人が、酸素マスクを外した。
「俺たちは、あの標識を撤去しに来たんです」
「入場記録がありません」
「会社を通した仕事じゃない。内部の人から、記録を残さず外してくれって頼まれた」
「依頼した人物の名前は」
「分かりません。でも、撤去する前に装置の試験映像を見せられました」
作業員は震える指で、証拠袋の標識外装を指した。
「人が近づくと、出口と逆へ案内する映像です。おかしいと思った社員が、端末へ複製した」
「その端末はどこにありますか」
「東央迷宮設備の地下資料庫です。持っているのは3人。昨日から連絡がつかない」
黒崎さんが企業へ照会を送る。
返答を待つ間に、地下資料庫の監視映像が届いた。
3人の社員が資料庫へ入り、自分たちで内側から扉を施錠している。
扉の外には、誰も映っていない。
それなのに、室内の酸素濃度だけが下がり続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます