投稿者の"なれ合い"に意味はある。ただし…への応援コメント
こんにちは。
「なれ合いは無駄」派の者です(笑)。
まず、他の方も書いていらっしゃいますが、「なれ合い」と「交流」は違います。ここを同一視してしまうと、ちょっと話がややこしくなりますのでご注意を。
個人的にはこの二つ、極端にいえば、「友情ごっこ」と「敬愛」くらい違うんじゃないかと考えています。
話題にしてらっしゃる作者同士の「なれ合い」というのはつまり、返報性の法則とか暗黙のアレコレとか、そういうものの上に成り立っている、ぬるま湯じみた「なあなあ」な依存関係のことですよね。新作が投稿されたら、ろくに読みもしないで星三つとか。
逆に「交流」は、この作品が好きとか、この作者さんの文章が好きとか、もっと言えばもう文章から滲み出てくる作者さんが好きとか(笑)。まずリスペクトが根底にあって、その上に成り立っている関係なんじゃないかと。褒めるだけじゃなく、たまには忌憚のない感想も言い合えるような。
「読書友達」の定義からしても、Çavaさんが求められているのは「なれ合い」じゃなく「交流」だと思います。
だからこそ、
「なれ合いだけで満たされてしまうと(せっかく他の作者と関わった)意味がなくなってしまう」し、
「なれ合いだと気づかずに満たされてしまうと成長がなくなってしまう」と感じるんじゃないでしょうか。
あと、いくつか。
・読まずに★だけ入れるのは、相手にも作品にも失礼かもしれない
→それは「かも」じゃなく普通に失礼です(笑)。
例えば通販で、まだ届いてもいない商品に「期待を込めて星五つ」を入れている購入者と何が違うんでしょう、っていう。
とはいえ、星の数さえ増えれば読まれていなくてもいいという作者もおそらくは存在するんでしょうけど。
・「読んだから読んで」という空気を作ってしまうと、書くのが苦しくなる
→少なくともわたしは何も苦しくなりません(笑)。「なれ合い」が透けて見える相手には反応しませんし、それで星評価を後から消されたことも複数回あります(笑)。
・交流が楽しくなりすぎて、書く時間が減ってしまう
→「交流」から何か得るものがあるのなら、それは未来の糧です。「今」書く時間が多少減っても、問題ないのではと思います。
結論。
「なれ合い」は無意味。でも「交流」には意味がある。
うまくまとめられず冗長になってしまってすみません。言葉がきつかったらすみません。
わたしはÇavaさんが参考にされた創作論をおそらく読んでいないので、あくまでもÇavaさんのご意見にのみ反応させていただきました。ご了承ください。
創作活動、お互い楽しんでいきましょう!
作者からの返信
コメントありがとうございます!
>星評価を後から消されたことも複数回あります
これは…普通にひどいですね!
消した側からすると、「お約束」を守ってくれなかった!(プンスカ!
…みたいなお気持ちなのかもしれませんが。
でも…本当に、大切なのはここだと思うんです。
→「お互い」楽しんでいきましょう!
投稿者の"なれ合い"に意味はある。ただし…への応援コメント
だる絡みされるより、無反応のほうがいい。だけど星は欲しい。
みたいな正直すぎる人の話かと思ってどこで落とされるのか
少しだけワクワクしてしまった欲まみれの豚でございます。
お星さま置いていきます〜
作者からの返信
コメント&☆、ありがとうございます!
正直すぎても、いいと思います。どんな内容のレビューがついてても、☆自体はありがたい、とかたいてい思っちゃいそうですしー。
編集済
投稿者の"なれ合い"に意味はある。ただし…への応援コメント
うーん…
例に出されたPV0→PV1は、なれ合いでも何でもないでしょう
読んだ方からすれば、赤の他人の初投稿であるかは関係なかったかと思います
評価の送りあいやコメ交換は「その作品に真摯に向き合った結果」であるのであれば、誰かに憚ることもないものですし、そもそも「なれ合い」と言われる筋合いもありません
読みあいも、良い点や悪い点を挙げ、互いの作品をより良くしようというものであれば批判されるものではないでしょう
作品を手掛けるうえでの苦労や、星が増えた喜びを分かち合うのもまた良いことだと思います
しかしながら、そうではない評価やコメントのやり取りは「なれ合い」と呼ばれるでしょうし、敬遠されるのも仕方ないことです
件の執筆論を読んだことはおそらくないのですが「交流」と「なれ合い」を同一視していましたか?
追記というか国語的な補足
「そうではない評価やコメントのやり取り」と表記しましたが、私が意図したものをより正確に表記するならば「そうではない評価やそうではないコメントのやり取り」としたほうが、文法上は明確になります
とはいえ冗長すぎますし「温かいラーメンやうどん」としたとき、温かいがどこまでを修飾しているかは全体の文意で判断されるかと思います
しかしながら~の部分を、その前段を合わせて考えていただければ、ご理解いただるかと思いますが、いかがでしょうか
なお、責めたりしているわけではないですし、「コメの送り合いそのもの」を問題視していないのは一緒ですよ
この手の指摘って、すげー偉そうに見られるから避けたほうがいいんだけど・・・
コトバッテムズカシイ
作者からの返信
コメントありがとうございます。元の執筆論については、☆が多くつくにはどうするべきか、みたいな方法論だったと、私は感じました。ただ、少なくとも私は、コメントの送り合いなどについて、それ自体がよくないとか、そうしたことを思っていませんので、ご理解いただけるとうれしいです。
投稿者の"なれ合い"に意味はある。ただし…への応援コメント
とても共感しながら読ませていただきました。
私自身も小説を書いているので、投稿した作品が誰かに読んでもらえることのうれしさは、よくわかる気がします。
書いた本人にとっては、たった一つの★や一件のコメントでも、「自分の作品を読んでくれた人がいる」という実感につながりますよね。だからこそ、それを一概に「意味がない」と言い切ってしまうのは、少し違うのではないかと思いました。
もちろん、数字を増やすこと自体が目的になってしまったり、読んでいない作品に反応を返すことが義務のようになってしまったりすれば、本来の楽しさから離れてしまうのかもしれません。
ただ、同じように小説を書いているからこそ理解できる苦労や、作品に込めた思いもあると思います。創作者同士の交流だからこそ得られる気づきや励ましも、決して少なくないはずです。
私も、作品を書くというのは、ただ文章を積み重ねるだけではなく、誰かに届けたいという思いを形にしていくことなのだと思っています。だからこそ、最初の一人に読んでもらえた喜びも、同じ書き手からもらった感想も、大切にしたいですね。
結局のところ、交流そのものが良いか悪いかではなく、その交流を自分の創作にどう生かしていくかが大切なのだと感じました。
「なれ合い」と「読書友達」の違いについても、考えさせられました。
お互いの作品を大切にしながら、無理に見返りを求めることなく、それぞれが自分の物語を書き続けていける。そんな関係なら、創作者同士の交流には十分に意味があると思います。
同じ小説を書く者として、とても考えさせられるものでした。
ありがとうございます。
作者からの返信
コメントありがとうございます。カクヨムをはじめとした投稿サイトは、実は、投稿の形式を使った交流サイトじゃないかと言われているところかと思います。
評価やコメントとかを「なれ合い」と呼ぶかどうかはともかく、それだけでももちろんいいし、ただ、それを一歩、超えてみようとすることも大切なときも…ってところを書いてみました。
またほかの投稿も読んでいただけるとうれしいです!
投稿者の"なれ合い"に意味はある。ただし…への応援コメント
コメント失礼いたします。ナカメグミと申します。
自分の責任で、今思うところを、正直に書かせていただきます。
「カクヨム」という小説投稿サイトがあり、本当に感謝しています。
「小説家になろう」のアカウントを諸事情で消し、持って行き場がなかった思いを、カクヨムで投稿させていただき。初めて読まれたときの喜び(❤、⭐️、コメントなど)は。今でも忘れません。ですので、できる範囲で己の興味と同じ筆者さまの作品を「ヨミ」、真意を想像してコメントなどを「カク」恩返しができればと思っております。
一方で、小説を「カク・ヨム」の1点に凝縮しきれず。いわゆるこまめかつ広いWEB上、SNS上(Xなど)でのコミュニケーションの上に成り立つ評価には、やはり疑問を覚えたりもします。小説という創作は、孤独と並走する側面もあると思うので。処理能力が低い53歳という年齢もあり、個人的には己の作品の納得感と、興味に忠実でありたいと思っております。長文失礼、かつ書く機会をお与えいただき、感謝いたします。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
SNSなど、どこまでほかの手段も使っていくかも含めて、ほかの皆さんとの間で、いい交流ができたらいいなと、私は思っています。