第11話 竜亢の夜火
「火事だ! 人殺しだあっ!」
甲高い悲鳴が、俺を夢の中から地獄へと蹴り落とした。
はっと飛び起きると、靴を履く暇もなく、天幕の外が炎で真っ赤に染まっているのが見えた。
夢じゃない。本物の火だ。
「軍師! 起きてくれ!」
全身血まみれの曹洪が天幕に飛び込んできて、外へ飛び出そうとしていた俺と危うくぶつかりそうになった。
「丹陽兵が反乱を起こした! あの畜生ども、裏切りやがった!」
反乱!?
頭が一気に冴え、眠気が吹き飛んだ。その可能性は曹操も前もって考えていた。だから火種を消すために、わざわざたらふく食わせて、好きなだけ飲ませてやったのに。それでどうして反乱なんか?
「夏侯将軍たちは?」 曹洪に引きずられるようにして外へ走りながら、俺はあわててあたりを見回した。
「あの外道ども!」焦った曹洪が、口汚く罵った。「あの頭目が手下を率いて、殿の中軍の幕舎に火を放ちやがった! 今、銭と兵糧を奪ってる! 手当たり次第に斬りつけてやがる! 殿が先を読んで手を打っておいてくださったのが救いだ――元譲と子孝が、こっちの兵を率いて奴らとやり合ってる。妙才が殿の退路を守って、
陣営じゅうが、煮えたぎる鍋のような大混乱に陥っていた。
「曹孟徳はあそこだ! 殺せ! 銭は全部俺たちのもんだ!」
「逃がすな!」
昼間はへらへら笑っていた丹陽兵たちが、今はひとり残らず、命を奪いに来る鬼と化していた。天幕に火を放ち、混乱に乗じて金目のものを奪い、行く手を遮る曹操軍の古参兵に出くわせば、手を上げるなり斬りつける。
「殿はどこだ?」俺は叫んだ。
「あそこだ!」
曹洪の指の先、少し離れた炎の中で、肌着一枚の曹操が剣を手に、数人の親衛に守られながら、よろめくように後退していた。その前に立ちはだかる夏侯淵に、数十人の丹陽兵が群がって、めちゃくちゃに斬りかかっている。
「元譲! 子孝!」 曹操が声を嗄らして叫ぶ。だが夏侯惇も曹仁も乱兵に分断され、すぐには駆けつけられない。
汴水の戦は、正面からの殴り合いだった。目の前の敵を斬り倒しさえすればよかった。
今は違う。昨日まで一緒に飯を食い、歌っていた連中が、背後のどこから急に刃を振り下ろしてくるかわからない。
あちこちの小さな集団が、もう持ちこたえられなくなりかけていた。少ない兵で多勢に当たるとき、一番の禁物はばらばらになることだ。どうにかして、みんなを一か所に集めなければ。
俺は深く息を吸い込み、全身の力を振り絞って、あの聞き慣れた鋭い音を吹き鳴らした。数えきれない朝、兵たちを叩き起こしてきた、あの音を。
「ピッ! ピッ! ピッ! ピッ!……」
短く、連続して。そこらじゅうの鬨の声の中では、あまりにもか細く、滑稽なほどだった。物を奪っている丹陽兵は見向きもしない。それどころか、俺に石を投げつけてくる奴までいた。「うるせえ! 先にあの笛吹きを斬っちまえ!」
だが――効いた!
夏侯淵がまさに斬られようとし、曹操の親衛がまさに崩れようとした、その瞬間。散り散りにされて、それぞれ孤立して戦っていた古参兵たちの耳に、その音が届いたのだ。
この三か月、彼らは飯どきもこの音を聞き、寝るときもこの音を聞き、便所に行くときでさえこの音を聞いてきた。
「呼子だ! 集まれ!」
「音のほうへ寄れ!」
「殿を守れ! 陣を組め!」
混乱しきった陣営の中に、突然、何十もの小さな点が生まれた。古参兵たちが背中合わせになり、長矛を立てたのだ。
それから、その小さな点が動きだした。俺と曹操のいるほうへ、じりじりと寄ってくる。寄りながら、ひとつ、またひとつと合わさっていく。
「おおおっ!」 古参の
五百人。
徐栄の鉄騎を耐え抜き、地獄の軍事教練を耐え抜いた五百の生き残りが、炎の中で、たちまちひとつの人の壁を作り上げた。曹操を、その真ん中にがっちりと囲い込んで。
丹陽兵は荒っぽいが、しょせんはまとまりのないならず者の集まりだ。銭目当てで来た連中なのだ。いきなり立ち上がったこの壁を前にして、斬り込むこともできず、かえって何人も突き殺された。
矛先がそろっている。足並みもそろっている。ざっ、ざっ、ざっ。
前列の丹陽兵が、後ろを気にしはじめた。
「手強いぞ! ブツを持ってさっさとずらかれ!」
頭目は、曹操が守り固められ、夏侯惇と曹仁も兵を率いて斬り込んで戻ってきたのを見て、もう勝ち目はないと悟った。盗賊どもは奪った金や絹を抱え、口笛を鳴らしながら陣門を飛び出し、夜の闇へと消えていった。
*
夜が明けた。
竜亢の陣営は、一面の廃墟になっていた。焼け落ちた天幕がまだくすぶっていて、風が吹くたびに、焦げた布のにおいが陣じゅうに広がる。
俺は泥の上にへたり込み、息も絶え絶えだった。胸の中が焼けるように痛い。曹操は「人の壁」の真ん中に立ち、長剣の切っ先を斜めに地面へ向けていた。剣先からは、まだしずくが垂れている。夏侯惇たちは、その場で大の字に寝転がって、ぜいぜいと荒い息をついていた。
損害を数えた。新しく募った四千あまりの丹陽兵は、ほとんどが逃げ去った。残ったのは、略奪に加わらなかった正直者が数百人だけ。兵糧は半分が焼けた。陳温と周昕がくれたあの「豪華ログインボーナス」は、ほぼすっからかんに奪われていた。
曹操は廃墟の上にどかりと腰を下ろした。顔は煤で真っ黒で、髪がひと房、焼け焦げている。
散らかり放題のあたりを見渡して、曹操は不意に笑いだした。
「ふっ……ふはっ、はっはっは……」
泣き声よりも聞き苦しい笑いだった。
「志才!」曹操が俺を呼んだ。
俺は曹操の前にひざまずき、顔も上げられなかった。 「殿、すべてわたくしのせいです! 揚州へ行くよう勧めたのも、彼らを説得すると言ったのも、わたくしです。それなのに、こんな……」
俺は今にも崩れそうだった。どうして『三国志演義』ではあんなにあっさりした一行が、ここではこんなことになるんだ? 俺には何ひとつ止められなかった。結局、曹操が前もって手を打っておいたおかげで、命拾いしただけじゃないか。
「何の罪があるというのだ」
曹操は立ち上がり、俺の肩を叩いた。そして、まわりにいる、満身創痍でありながらまっすぐに立ち続ける古参兵たちを指さした。
「お前が鍛えたこの五百の兄弟がいなければ、俺は昨夜、乱刃の下で死んでいた」
曹操は身をかがめ、地面から折れた刀を一本拾い上げた。
「反乱……いいだろう。実にいい」 折れた刀を手の中で軽く揺すりながら、曹操は言った。 「おかげでひとつ道理がわかった。人からもらったもの、金で買ったものは、しょせん当てにならん犬だ。自分の手で育てたものだけが、心をひとつにする狼になる」
「志才、いつまでひざまずいている」
曹操は俺の腕をつかんで引っぱり上げ、膝の泥を払ってくれた。
「あの四千の役立たずは、逃げたいなら逃がしておけ。この五百の種が残っているかぎり、お前がいるかぎり、文若がいるかぎり――この曹孟徳は、五万の大軍だってまた集めてみせる!」
*
それから、俺はたった一台だけ無事だった牛車の中で縮こまり、あの知り尽くしたはずの『三国志演義』を、何度も何度も思い返していた。
どうして? どうして本には、反乱のことが書いてなかったんだ?
三日考えて、ついにわかった! きっと羅貫中先生は、一代の奸雄が、もらったばかりの兵に反乱を起こされるなんて、曹操のキャラに合わなすぎると思ったんだ。だから詳しく書かずに、ひと言で済ませたに違いない。それに結果だけ見れば、何百人かの精兵を連れて帰ったのは確かなんだし。
「あーあ、本当に油断した!」 俺は悔しまぎれに、自分の頭をごつんと叩いた。 「これからは、本で『ひと言で済まされてる』くだりこそ、倍は気をつけないとな! 昔から言うだろ、神は細部に宿るって!」
とはいえ、いい知らせがないわけでもなかった。
この一夜を経て、曹操の手元に残った数百人と、逃げなかった丹陽兵を合わせると、だいたい千人ほどになった。正真正銘の「精製」だ。残った連中は、正直者か、古参兵のあの壁に震え上がった者かのどちらかだ。こいつらをばらして古参兵の隊に組み込み、夏侯惇に何日かしごかせれば、本物の、絶対に裏切らない曹家の軍が、炎の中からよみがえるだろう。
「殿、我らは次にどこへ向かいますか」 俺はおそるおそる尋ねた。
曹操は北を見つめていた。
「河内へ行って、袁紹に会う」と、曹操は言った。「あの連合軍の連中は見下げ果てたものだが、董賊は除かねばならん」
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