序章-2 呪詛の顕現
「ひいいっ!!」
突如現れた、銃を構えた腕の影らしき異形。
弟分らしきヤクザは、その異形を一目見て、手の痛みを忘れたかのように恐れ慄いた。
兄貴分ですら、その影から目を離せなくなっている。
「大人しく儀式をやめてくれれば、それでいいんです。すみませんね、手に穴空けちゃって。」
脅威が消えたと判断したのか、青年が再び現れた。
兄貴分が咄嗟に懐中電灯で青年を照らす。
彼の右手は銃を構え、左腕は力をなくしたようにだらんと垂れ下がっていた。
「な、何だよこれ、何なんだお前…!」
ヤクザは戦意喪失どころか、その風体に似合わぬ涙声になっていた。
腕だけの影と、青年を交互に見て、完全にパニックに陥っている。
パァン!
影がもう一発、発砲した。
その銃弾は宙を横切り、壁に撃ち込まれたようだった。
もう、彼は、限界だった。
「うっ、うわあああああ!!!」
この場から少しでも離れなければ。
その考えしか頭になかったのだろう。
青年と影に背を向け、未だ手からあふれ出す血をまき散らしながら、ヤクザは真っ暗闇の中を一目散に駆け出した。
「ちょ、ちょっと!」
青年の声が響く。兄貴分もヤクザの方向を照らす。
「あっ」
ヤクザの小さな悲鳴。
彼は、躓いた。
足元の小さな瓦礫に足を取られ、倒れ込む。
それは奇跡だった。
彼の倒れ込んだ先に、大きく尖った瓦礫が転がっていた。
そしてその瓦礫に、ヤクザは顔面を強打し、どさっと倒れ込む。
嫌な痙攣を起こし、彼はすぐに動かなくなった。
嫌な奇跡が起きてしまった。
だが、奇跡はそれで終わらなかった。
彼の頭から流れ出る血が、辺り一面に広がっていくと、やがて黒い光の円陣が床に浮かび上がった。
真っ黒い色の、光。
「え、嘘でしょ?」
その時初めて、青年の焦った声がこの部屋に響いた。
兄貴分は、声も上げられなくなっているようだ。
光を放ち始めた円陣の中央には、腐った肉塊が積まれていた。
その腐り落ちた肉の合間合間に見える白い骨。
間違いなく人間のものであろうと分かる。
その肉塊が、動き出した。まるで一つの意思に溶け合っていくように、まとまりのなかった肉と骨は、徐々にひと塊となっていく。
「ふざけんな…あいつ、死んでも迷惑かけやがって…!」
兄貴分がガクガクと足を震わせながら、一歩ずつ肉塊から離れていく。
「くっそ…!」
青年は兄貴分の方へと駆け出したが、間に合わない。
肉塊から素早く伸びた影が、兄貴分の胴に巻き付き、引き寄せた。
「ひっ…」
叫び声を上げる間もなく、彼を掴んだ影は肉塊の中に引っ込んだ。
ボキッという音を立てて、兄貴分の身体を逆くの字に曲げながら。
「…こんな事ある?」
青年は、呆気に取られながら、異形の化け物が蠢く様を見ていた。
こんな滑稽な形で儀式が成立した瞬間は、彼の長い人生の中でも、見た事がない。
人の命を捧げて生み出されるこの化け物を、ある人々はこう呼んでいた。
呪塊は自然発生的に出現する事もあるし、人為的に作り出される事もある。
このヤクザ連中がやっていた”儀式”も、よくある呪塊生産の工程だ。
その名の通り呪塊は呪いの一種であり、術者が命の素材を与えて、呪塊を使役することになる。
だが、この呪塊は最後の素材が事故によって捧げられてしまった。
要するに、事故のせいで主を認識できなかったのだ。
こうなってしまっては、何をしても呪塊は制御できない。
青年は一つ咳払いをして、わざとらしく声を作り、大仰に右手を掲げた。
「人の命を糧とし生み落とされた、哀しき怪物よ。我こそが汝が主、今こそ刃を納めたま――」
彼の言葉は、途切れた。
その首も、途切れた。
「まぁ、ですよねー。」
首を跳ね飛ばされながら、苦笑いする。
いつの間にか彼の足元へ移動していた影がその頭をキャッチした。
そしてそのまま彼の背中を駆け上り、元の場所へ戻す。
影は役目を果たすと、背中から彼の身体へ潜り込んでいった。
「結合する前と、してから、どっちが楽かなぁ…」
ため息をつきながら、青年は影の置いていった銃を拾い上げる。
呪塊はゆっくりと青年の方へ移動し、途中に投げ出されていたヤクザの死体を取り込んだ。
「どっちでも一緒か。」
両手に持った銃を構え、彼は一発撃つ。
銃弾が呪塊を貫くと、金切り声よりも高い、奇妙で不快な叫び声をあげて一歩引く。
まとまり始めていた身体の端から、穴の開いた頭蓋骨がぐちゃっと音を立て、腐肉と共に落ちた。
立て続けに二発、三発、と銃声が鳴り響く。
どれも呪塊を貫き、そのたびに人間の頭だったであろうものがびちゃびちゃと落ちていく。
最後には、頭がひしゃげたヤクザが立っていた。
「ったく、こんな弟分持つ人には同情するよ。」
哀れみの目を向けながら、最後にヤクザの頭を撃ち抜く。
呪塊は腐肉と死体の塊となって、全て崩れ去った。
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