第五章 維新の奔流、制度をつくる者たち
明治元年。
江戸は名を改め、東京となった。
だが街には、まだ戦の匂いが残っていた。
焼け跡、崩れた屋根、行き場を失った人々──
そのすべてが、新しい時代の重さを密に突きつけた。
前島密は、新政府の役人に呼び出された。
薄暗い部屋で、年配の官僚が密を見据える。
「前島君。君の力が必要だ」
密は静かに頭を下げた。
「私にできることであれば」
官僚は机の上に地図を広げた。
江戸、京都、大阪──
新政府は、どこを“国の中心”とするかで揺れていた。
「大阪遷都論が強い。
だが、江戸を首都とすべきだという意見もある。
君はどう考える」
密は地図を見つめた。
江戸湾の形、街道の結節、人口の集中──
すべてが、ひとつの答えを示していた。
「江戸です」
官僚は眉を上げた。
「理由は?」
密は指先で地図をなぞった。
「海に開け、物流の要となり、
すでに人が集まっている。
国を動かすには、ここが最も適しています」
官僚はしばし沈黙し、やがて深く頷いた。
「前島君……君は、国の形が見えているのだな」
密は答えなかった。
ただ、胸の奥で静かに燃えるものがあった。
(国は、形を持たねばならない。
その形を描くのが、私の務めだ)
ある日、密は大胆な建議書を提出した。
題名は──「漢字御廃止之議」。
会議室は騒然となった。
「前島、お前は正気か!」
「漢字を廃止など、暴論にもほどがある!」
密は一歩も引かなかった。
「国を一つにするには、言葉を一つにせねばなりません。
読み書きができぬ者が多い現状では、国は前に進めない」
怒号が飛び交う中、密は静かに続けた。
「私は、国の未来を見ています。
百年後、この国が世界と肩を並べるために、
今、言葉を整えるべきなのです」
その言葉は、会議室の空気を変えた。
反対は多かったが、密の提案は“国語改革”の火種となった。
さらに密は、鉄道の敷設計画にも関わった。
「鉄道臆測」と題した報告書で、建設費、収支、利用者数を精密に試算した。
上役が驚いたように言った。
「前島、これは……本当に君が計算したのか?」
密は淡々と答えた。
「はい。国を動かす道ですから、誤差は許されません」
後年、この試算が“驚くほど正確だった”と外国人技師に称賛されることを、
密はまだ知らない。
維新の奔流は激しかった。
だが密は、その奔流のただ中で、
ひとつひとつ“制度”という石を積み上げていった。
江戸遷都、言語改革、鉄道計画──
どれも、国の骨格を形づくる仕事だった。
夜、密は灯火の下で書類を広げた。
外では風が吹き、遠くで工事の音が響く。
新しい国が、少しずつ形を成していく。
(国は、人がつくる。
ならば私は、その形を描く者になろう)
越後の雪の中で灯った小さな火は、
箱館で風に鍛えられ、
今、維新の炎の中で大きく燃え上がっていた。
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