拝読していく中で
「はて?」
と思うわけでございます。
どうしてこれが「機械」なのだろうかと
そう思ってしまうわけですよ。
ここでふと機械の定義を見てしまうのです。
「きっかけを与えると
人力を借りずに
作動するもの」
シーソーはきっかけ。
そこで繰り広げられる、
微妙と言うよりも絶妙な時間の二人の会話。
絶妙な間のじかんを
絶妙な会話で語り合う仲。
そこに詳しい前付けも後付けも必要ない。
でも不思議なのですよ。
きっかけを与えて動き出した会話というのは
なんだかとっても温かなんです。
シーソー、ちょっと乗ってみたくなりました。
絶対に調子こいてこぎ過ぎて、
翌日お尻が痛くなるでしょうけど。
是非ご一読を。