第15話 審問
十月七日、九の鐘。
王宮の大広間には、思っていたよりずっと大勢の人が集まっていた。玉座に国王陛下。その左右に宰相と重臣たち。財務卿ハインツの痩せた姿もある。広間の壁際には、王宮で働く人たちが、許しを得て見物に来ていた。厨房の見習いの子と、目が合った。
殿下は、玉座のすぐ下に立っていた。今日は外套ではなく、王族の正装だ。俺と目が合うと、ほんのわずかに頷いた。
「これより、元宮廷魔導具工房三級工テオに対する審問を始める」
宰相の声が響いた。最初に進み出たのは、グスタフ工房長だった。
「陛下。この者は五年にわたり、王宮の魔導具のことごとくに、己にしか読めぬ術式を刻んでまいりました。そして解雇されたその翌日から、この者の術式が刻まれた魔導具が、順に止まりはじめたのです」
工房長は、芝居がかった仕草で広間を見回した。
「偶然でしょうか? 否。これは、あらかじめ仕組まれた時限の細工にございます。己を解雇すれば王宮が止まるように、と。そしてこの者は、止まる日時を手紙で知らせ、自ら直してみせることで、王家に恩を売ろうとしたのです」
「そもそも、王宮中の魔導具が止まったものを、この者がたった半日で直せた理由をお考えください。工房の誰にも直せなかったものを、です。自分で仕掛けた細工だからこそ、どこを外せばいいか知っていたのです」
広間がざわめいた。何人かの重臣が、俺を見て眉をひそめた。
玉座の下で、殿下が一歩前に出かけて、宰相に袖を引かれて止まった。その手が、腰の短剣の柄に掛かっていたように見えたのは、たぶん気のせいだ。殿下は工房長を見ていた。笑っても、怒ってもいなかった。ただ、壊れた魔導具をどこから分解するか考えているときの職人と、同じ目をしていた。……気のせいだと思いたい。
工房長が、声を張った。「証拠を、ここに」
レオンが進み出て、一枚の紙を広げた。俺の術式の写しだ。どこかの灯りの根元から写したものだろう。
「こ、この術式の、この部分です。ここに、一定の時が過ぎると……魔力の流れを、止める、仕掛けが」
レオンの声は、ところどころ裏返っていた。指が、写しの上でかすかに震えている。
宰相に促されて、宮廷魔導師団の老魔導師が写しを覗き込んだ。しばらく眺めてから、渋い顔で頷く。
「……読めぬところが多いが、ここに時を数える仕掛けがあるのは確かだ。何のために数えているのかは、わしには分からん」
広間の空気が、はっきりと変わった。重臣たちの目が、一斉に俺に向いた。殿下の顔から、すっと血の気が引くのが見えた。工房長が、勝ち誇ったように胸を張った。
宰相が俺を見た。
「テオ。申し開きはあるか」
「はい」
俺は一歩前に出た。足が少し震えていた。広間でこんなに大勢の人に見られるのは、生まれて初めてだ。親父もこうやって、死んだ後で原因を押しつけられた。でも、親父のときと違うことがひとつある。今回は、記録が全部ある。
「まず、その術式についてです。時を数える仕掛けがあるのは、本当です。でも、数えているのは止めるためではありません。いつ、どこで、何が起きたかを、点検盤の記録石に残すためです。レオンさんが指している部分の残りは、止まりかけたものを動かし続けるための仕掛けです」
「口では何とでも言える!」と工房長が叫んだ。
「はい。なので、口ではなく、記録で説明します」
俺は、胸に抱えていた紙の束を、宰相に差し出した。
「引き継ぎ書の控えです。十月一日、解雇を告げられた際に、工房長にお渡ししようとしたものと同じものです。一頁目をご覧ください」
宰相が束を開いた。赤いインクの文字を、声に出して読み上げる。
「『【最重要】以下の魔石が、順に切れます。必ず交換してください。東棟照明の中継魔石、十月二日夕刻。厨房加熱炉、十月三日夕刻。給水塔、十月四日朝。会議室防諜結界、十月四日昼。交換しなかった場合――王宮は、三日で止まります』」
広間が、静まり返った。
「王宮の魔導具は、どれも魔石で動いています。魔石はいつか必ず切れます。だから俺は五年間、切れる前に交換し続けてきました。辞めるときには、次に切れる日時と、交換する場所を全部書いて渡しました。……時限の細工ではありません。ただの、魔石の交換時期です。半日で直せたのも、仕掛けたからではありません。どこで何が切れるか、全部ここに書いておいたからです。これを読めば、工房の誰にでも同じことができました」
工房長の顔が、赤から白に変わった。
「で、でたらめだ! そんなものは受け取っていない! 今、ここで書いたものだろう!」
「受け取っていただけなかったのは、その通りです」
俺は工房長を見た。
「工房長が顎でしゃくって、レオンさんが俺の手から取り上げて、足元の屑籠に入れました。工房にいた人なら、何人か見ていたはずです」
広間の壁際で、工房の魔導具師たちが居心地悪そうに目を逸らした。
「証拠はあるのか!」と工房長が怒鳴った。「屑籠に入れたなどと、誰が証明できる!」
その時、広間の大扉が開いた。
「わしが、証明できますぞ」
杖の音が、こつ、こつと響いた。ドルフ爺さんだった。両脇に、王女付きの護衛の騎士が二人ついている。その後ろに、前掛けをつけた小柄な中年の女性が、おどおどとついてきていた。
工房長の顔から、今度こそ血の気が引いた。財務卿の眉が、ほんのわずかに動いたのを、俺は見た。
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