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  • レモンへの応援コメント

    レット症候群、初めて知りました。
    前夫の暴力から逃れたと思ったら、難病の子を遺して、再婚相手が亡くなってしまう。何て過酷な人生なのでしょう。
    それでも、投げやりにならず、樹奈ちゃんを養育する浩子さんは強い人です。
    樹奈ちゃんにとって、レモンは特別な意味を持つものだったのですね。

    作者からの返信

    時輪様

    お読みいただき、ありがとうございます。
    レット症候群は本文中にもあるように非常に稀な障害で、仰る通り知らない方が多数であると思われます。お読みいただいた近況ノートに少し記した通り、同じテキストを読んだ同期のうち、何人が記憶しているか。
    私自身、なぜレット症候群なのかは、まだ分かりません。

    公開から一日が経ちましたが、書いたことはともかく、公開したことに間違いはなかったか。どこかで誰かを決定的に傷つけていないか。知るすべのない問いを自分に向けるばかりです。

    仮に何かを『美しい』と評価できるのであれば、恣意的な、あるいは技巧的、ないしはロジックな美と、結果として『美』そのように形容できるかたちで世に出た何か、この二つを考えました。
    自分自身でも、これがどちらかなのかまだ分かりません。世に送り出すことができたという気持ちもありますが、覚悟はしておかなければと思う物語でもあります。どなたかにとっての後者であれと願うばかりです。

    助けが必要な人を助けに行って命を落とした。
    その後ご遺族が、メディアが家族の死を美談にしてしまったと答えておられたのを覚えています。文学もまた、常にその可能性を内包していると思います。私にとってその危うさを危惧する作品の一つに、本作が入ります。それでも書かずにいられなかったのは、ひとえに私の勝手な自己投影、あるいはごうゆえのことかもしれません。

    近況ノートに「明確なメッセージはありません」と記しましたが、今回のお話にプロットは一切ありませんでした。絵でいうところの、一筆書きです(誤字脱字や、知識についての精査は除き)。

    結果的に、機械的になるまで疲弊した心、補助器具、また、暗闇とレモンなど、作品として成立するものはあったのは読者の皆様からのとてもありがたいご感想です。
    ただ、浅ましくも「人を描く」ことの危うさを、昨日になって痛切に感じました。正直、知識だけで何の経験もなく本作を書いたことをこれほど怖いと思ったことはありません。

    本作で描くことのできたのは、浩子と樹奈の、瞬きの時間にも満たないほんの一瞬です。人の脆さと強さを併せ持つ作品ですが、「明確なメッセージはありません」というのは、じつはそういった意味を付与したものです。

    現時点で確かなことは、この物語が時輪様はじめ、読者様に残すものがあったという事実です。
    最近、私は生きるために小説を書いているんだなと思うのですが、何でしょうね・・・・・・まだ答えが出ません。

    せっかくいただいた応援コメントに懺悔めいたことを長々書き連ねて、申し訳ありません。一瞬の強さでも、それは紛れもない強さです。

    追記:
    それはまた、時輪様のご感想より浮かんだ、私の感想です。
    重ねて、ありがとうございました。

    編集済
  • レモンへの応援コメント

    主人公が歩んできた壮絶な人生に胸が締め付けられる思いがしました。
    そして彼女が悲劇と絶望に見舞われながらも、障害を持つあかりを手放すことなく家族として受け入れようとする姿に人間の勁さを感じました。
    あかりは機械の補助を受けずに自分の生の力で彼女に感謝を伝えたかったのだと思います。もしかするとレモンはあかりにとって母親になってくれた彼女の存在そのものなのかもしれませんね。あるいは自死を選んでしまった、もとの母親を彷彿とさせる果物なのかも。

    彼らの人生がこの先も力強く結ばれていくことを願って止みません。

    素晴らしい作品を読ませていただきありがとうございました。

    作者からの返信

    なち様

    お読みいただきありがとうございます。
    作中、ほとんどを「元妻」と記載していたあかりについてですが、名前を表記するか迷っていたところ(表記にぶれがあったのは、そのためだと思います)でのなち様のコメントを拝読し、一人の名前を持つ女性の身に起きたこととの意味合いを筆者自身自らに描きなおす思いで、「あかり」の表記に統一いたしました。意図せぬものとはいえ、貴重なご示唆をありがとうございます。

    レット症候群自体が非常に稀な障害で、私自身資格取得の際のテキストでもほんの少しの記載があるのみでした。なぜこの障害に対して今もって記憶しているのかは私自身分からないのですが、筆者自身の障害と向き合いながらの生活の中で、何かが何かのトリガーになったのではないかと思い返しています。

    >もしかするとレモンはあかりにとって母親になってくれた彼女の存在そのものなのかもしれませんね。あるいは自死を選んでしまった、もとの母親を彷彿とさせる果物なのかも。

    なぜ冷蔵庫にあったはずのレモンが現れたのか。作中でもその謎は最後まで明かされません。現実的な理由や偶発性があったのかもしれないし、そうでなかった、ありえない空想だからこその事象でしかないのかもしれません。

    けれど、人は現実世界と表象の間を行き来できる生きもので、その世界には小説というフィクションの媒体がある。そしてそれが、偶然にも筆者の手の中にもあった。あえて必然性を問うことができる範囲があるとすれば、その一点に集約されるのではないかと思います。

    当事者含め、誰もが障害の受容を全面的にできるものとは思ってはいません。揺れもあられることかと推察します。さらに樹奈の場合、作中に記した通り突然死のリスクも常につきまといます。

    それでも・・・・・・をかたちにしたかった。
    一時のまやかしとの声があればその通りかもしれませんが、この物語の力がどなたかに届けと強く願い、筆を置きました。

    レビューコメントと併せ、なち様から本作への強い思いを感じました。
    心より、感謝申し上げます。