第2話
公開講義
外門広場に着いた頃には、すでに大勢の弟子が集まっていた。
石段状の広場には何百人もの弟子が並び、前方には白玉で作られた講壇が設けられている。
「席あるか?」
洛零が周囲を見回すと、王大宝が端の方を指差した。
「あそこなら空いてる!」
「いい場所だな。」
「どこが?」
「講師から遠い。」
「お前な……」
二人が腰を下ろした直後だった。
「今日は裏山に近づかない方がいい。」
突然、隣から声が聞こえた。
洛零が振り向くと、一人の黒髪の少年が分厚い本を読みながら座っていた。
「俺に言ったのか?」
「うん。」
「なんで?」
「分からない。」
「分からないのに言ったのか?」
少年は本から目を離し、少し考えた。
「そんな気がした。」
洛零は思わず笑った。
「変なやつだな。」
「よく言われる。」
「名前は?」
「寧無序。」
「俺は洛零。」
「知ってる。」
「なんで?」
「白髪は目立つから。」
それは確かにその通りだった。
やがて広場が静まり返る。
一人の中年男が講壇へと上がった。
だらしなく羽織った長老服。
腰には酒瓢箪。
ぼさぼさの髪。
どう見ても偉そうには見えない。
ざわめきが広場に広がる。
「本当に長老か?」
「酔っ払ってないか?」
男は気にした様子もなく酒を一口飲んだ。
「陳長歌だ。」
その名前を聞き、場の空気が少し変わった。
外門長老。
決して宗門最強ではない。
だが長く生き残ってきた人物でもある。
陳長歌は弟子たちを見回した。
「今日は功法の話はしない。」
落胆する声。
「境界突破の秘訣も話さない。」
さらに落胆する声。
陳長歌は笑った。
「今日は生き残る方法を話す。」
広場が静まり返った。
多くの弟子は強くなる方法を聞きたかった。
だが陳長歌は違った。
「自分より遥かに強い相手に出会ったらどうする?」
前列の弟子が答える。
「戦います!」
「違う。」
別の弟子が言う。
「退きません!」
「それも違う。」
陳長歌は酒瓢箪を持ち上げた。
「正解は逃げることだ。」
思わず笑い声が上がる。
しかし陳長歌は笑わなかった。
「昔、たくさんの天才を見てきた。」
静かに言う。
「だが、ほとんど死んだ。」
広場から笑い声が消える。
「生きていれば次がある。」
「死ねば終わりだ。」
その後も講義は続いた。
古代遺跡の話。
汚染に侵された修士の話。
仲間に裏切られた者の話。
強すぎる才能ゆえに命を落とした者の話。
時間が経つにつれ、弟子たちは少しずつ席を立っていった。
「つまらない。」
「修煉した方がマシだ。」
そんな声を残して去っていく。
だが洛零は残った。
理由は自分でもよく分からない。
話が面白かったからか。
面倒だったからか。
それとも――。
夕方になった頃。
広場に残っていたのは数人だけだった。
陳長歌は講義を終え、立ち上がる。
そして残った弟子たちを見て笑った。
「まだいたのか。」
誰も答えない。
しばらく沈黙した後、陳長歌は背を向けた。
「覚えておけ。」
夕日に照らされた背中が長く伸びる。
「この世界に欠けているのは天才じゃない。」
彼は振り返らない。
「最後まで生き残る者だ。」
そう言い残し、ゆっくりと去っていった。
その時だった。
宗門全体に警鐘が鳴り響いた。
甲高い音が山々に反響する。
空には赤い警戒結界が展開された。
『裏山に異常反応を確認!』
『外門弟子は近づくな!』
『巡察隊は直ちに集合せよ!』
ざわめきが広場を包む。
洛零は思わず裏山の方角を見た。
そこには、いつの間にか灰白色の霧が広がっていた。
まるで森そのものを飲み込むように。
そして――。
霧の縁。
誰にも気づかれない場所で。
一匹の小さな白い狐が、ゆっくりと青玄宗へ向かって走り始めていた。
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