第11話 攻撃力1なのでFランクです
ラグナ冒険者組合の受付には、朝から列ができていた。俺とミナも最後尾へ並ぶ。
「冒険者登録は初めてですか?」
「この世界ではな」
「この世界では?」
「気にするな」
受付嬢は少し首を傾げたが、それ以上は聞かなかった。登録用の水晶へ手を置く。
《名前:黒瀬ハヤト》
《職業:案内役》
《レベル:1》
《攻撃力:1》
《魔力:1》
そこで受付嬢の手が止まり、後ろの列から笑い声が上がった。
「案内役で攻撃力1?」
「護衛依頼は無理だろ」
「荷物持ちでも筋力が足りないんじゃねえか?」
ミナの眉が下がる。俺は気にしない。表示されている数字は事実だ。
「規定上、初期登録では戦闘能力試験を行います。まず攻撃測定からお願いします」
訓練場へ移動し、木製の測定人形の前に立つ。
「全力で攻撃してください」
「剣で?」
「はい」
借りた木剣を振る。ぽこん。
《攻撃値:1》
一度静まり、次の瞬間に笑いが起きた。
「本当に1だ!」
「測定器、壊れてない!」
受付嬢も苦笑いしながら次の試験を案内する。
百キロの鉄球を、普通は盾で受けるらしい。俺は借り物の木盾を構えた。
《ガード》
鉄球が直撃し、木盾だけが割れた。
《被ダメージ:0》
「……え?」
二百キロ。
《0》
三百キロ。
《0》
試験官が慌てて止める。
「もう機械の上限です!」
「まだいける」
「機械が壊れます!」
仕方ない。次は五十メートル走だ。
「開始!」
一歩踏み出した瞬間、視界が流れた。停止線で止まり、振り返る。
「終わったぞ」
「……測れてません」
「もう一回?」
「今度は測定器を二重にします!」
二回目。
《計測不能》
受付嬢が頭を抱えた。
「攻撃力1、魔力1。防御力は測定不能。移動速度も測定不能……」
「ランクは?」
規則表を確認した受付嬢が、申し訳なさそうに答える。
「初期登録では、攻撃力と討伐実績が最低基準に届かないため……Fランクです」
また後ろから笑いが起こった。
「測定不能でもFかよ!」
「制度ってすげえな!」
ミナが反論しかける。
「でも、ハヤトさんはグランドベアを――」
「外部記録がありませんので、現時点では査定に使えません」
規則なら仕方ない。俺はFランク札を受け取った。
《F》
ここから上げればいい。
札の裏には受注制限も刻まれていた。討伐は小型魔物まで。護衛は街の近郊。危険区域への単独侵入は禁止。ゲームなら面倒なチュートリアル制限だが、ここでは人が死ぬ。知らない新人へいきなり高難度を渡さないのは普通だ。
ただ、受付嬢はもう一枚の説明書を出した。
「念のため。Fランクは『弱い人』という意味ではありません」
「違うのか?」
「組合が、まだ何を任せてよいか確認できていない人です」
笑い声が少し止まった。
「攻撃力だけなら最低ですが、防御と速度は測定不能です。だからこそ、いきなり高難度依頼を許可する方が危険なんです」
「俺が?」
「周囲が、です」
なるほど。さっきも停止線を一歩だけ越えた。
「市街地でその速度を出せば通行人が危険です。重い盾を持って建物へ突っ込めば、修理費も大変です」
「気をつける」
「その答えを信じるためにも、まず実績を積んでください」
筋が通っている。制度が俺を知らないなら、記録を作ればいい。
隣の測定員が壊れた木盾を見ながら言う。
「体当たりするなら、まず止まり方も覚えてくれよ」
「止まれる」
「五十メートル走で一歩越えたぞ」
「一歩だけだ」
「そういう問題じゃない」
ミナが笑いを堪えていた。
依頼掲示板を見る。Fランクで受けられるのは薬草採取、迷子捜索、荷物運び、小型魔物の追い払い。俺は端に残っていた一枚を取った。
《薬草採取》
《報酬:銀貨五枚》
「これで」
「薬草ですか?」
「道を見るのは案内役の仕事だろ」
ミナが少し笑う。
「そうですね」
採取場所は東の崖道。地図を受け取る。
《ルート表示》
青い線は、今見えている建物の間にしか出ない。地図の先や未知の場所は見えない。便利だが万能ではない。
組合を出ると、背後から声が聞こえた。
「攻撃力1の案内役が薬草採取か。似合ってるな」
ミナが振り返ろうとしたので止める。
「いい」
「でも」
「薬草を取れば報酬は出る」
少し歩いてから、ミナが聞いた。
「笑われて、悔しくないんですか?」
「数字は1だからな」
「でも弱くないです」
「依頼を終わらせれば分かる」
ミナは数秒黙り、「そういうところ、ずるいです」と言った。意味は分からない。
東門を出る前、受付嬢から採取袋と簡単な注意事項も渡された。
「崖道では走らないでくださいね」
「遅い」
「安全のためです」
「人がいたら走らない」
「人がいなくても崖があります」
「崖には当たらない」
「そういう問題じゃありません」
ミナが横で笑う。俺は一応、街を抜けるまでは歩いた。
東門の門番はF札を見て、採取場所までの帰還目安も教えてくれた。ランクが低い分、戻らなければ捜索対象になるらしい。
「夕刻までに戻れ」
「分かった」
弱い扱いというより、新人として管理されている。そこも筋は通っていた。
東門を出て一時間。崖道の向こうから救難鐘が鳴った。薬草の採取場所と同じ方向だ。
ミナが顔を上げる。
「ハヤトさん」
「ああ」
《ルート表示》
青い線が崖の奥へ伸びる。最初のFランク依頼は、薬草だけでは終わらないらしい。
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