サッカーの話かと思って読み始めました。
選手や監督の言葉から、小説の書き方を考える。
なるほど。
面白い切り口だな、と思いながら読んでいました。
でも、何話か読んだところで、少し違うことに気づきました。
ここに出てくる言葉は、もともと小説を書くために語られたものではありません。
勝つためだったり、苦しい状況を乗り越えるためだったり、その人自身の人生についてだったりする。
それを著者は、今度は「物語を書く」という場所から、もう一度見ている。
すると、昔の言葉がまるで違って見えてくる。
これが面白い。
人の言葉って、聞いた瞬間に意味が決まるものじゃないのかもしれません。
そのときは分かったつもりでも、自分が何かを経験したあとで思い出すと、
「ああ、あの人が言っていたのは、こういうことだったのか」
と、突然わかることがある。
僕もこの歳になって同じように感じる場面が多々あります。
第8話に、主人公が会いに行くまで、ほかの登場人物の時間が止まっているわけではない、という話が出てきます。
ここを読んだとき、ふと思いました。
このエッセイに出てくる昔の言葉も、同じなんじゃないか。
あのとき聞いた言葉は、過去に置き去りにされたわけじゃない。
ずっと著者の中にあって、時間を重ねていた。
そして今、「小説を書く」という新しい経験と出会って、別の意味を持って現れた。
そう考えると、なんだか不思議です。
サッカーの話かと思っていたら。
最後には、人と言葉と時間の話を読んでいました。