帝政歴327年11月25日。
帝国に、一人の少年が生まれた。
名は――レイヴン・クロウ。
軍人である父ヴァルター・クロウと母のもとに生まれた、一人息子。
妹も、兄弟もいない。
幼いレイヴンにとって父ヴァルターは、少し厳しく、不器用で、それでも誰より大きな存在だった。
軍服をまとって家を出ていく父。
帰宅すれば武器を置き、家族の前では一人の父親へ戻る男。
少年は、その背中を見て育った。
まだこの頃のレイヴンは知らない。
自分が、普通の人々とは比較にならないほど長い時間を生きることになることを。
そして父と同じ軍服を着て、いくつもの国家と時代をまたぎながら戦場を歩き続けることになることを。
やがて戦争はクロウ家にも容赦なく影を落とす。
父ヴァルターの死。
少年時代の終わり。
そして、帝国軍への道。
父の背中を追うように軍人となったレイヴンは、兵士として数々の戦場を経験する。
銃声。
泥。
硝煙。
命令。
戦友。
敵兵。
そして、死。
戦争を重ねるほど、少年だった彼の面影は消えていった。
代わりに戦場で知られるようになったのは、一人の兵士。
《黒猫》――レイヴン・クロウ。
だが、その軍歴はある日、突然途切れる。
失踪。
戦死でもない。
脱走でもない。
死体すら見つからない。
レイヴン・クロウという軍人は、歴史から忽然と姿を消した。
しかし彼は、生きていた。
辿り着いたのは、故郷とは異なる世界。
魔法が文明の中心に存在し、魔獣と異種族が生きる異世界だった。
軍もない。
帝国もない。
かつての階級も意味を持たない。
そこにいるのは、《黒猫》と呼ばれた兵士ではなく、帰る場所を失った一人の男だけだった。
レイヴンはその世界で生きる。
戦うためではなく、生き残るために。
現地の人々と出会い、文化を知り、時に助け、時に傷つきながら、長い年月を過ごしていく。
その時間は、戦争によって作られた彼の価値観を少しずつ変えていった。
だが――世界は再び彼を戦場へ呼び戻す。
第三次異界戦争。
二つの世界が再び戦火によって交差した時、長らく失踪者として扱われていたレイヴン・クロウは、故郷の世界へ帰還する。
しかし、彼が知っていた時代はすでに過ぎ去っていた。
人が変わった。
街が変わった。
国家が変わった。
軍が変わった。
そして何より――レイヴン自身が変わっていた。
かつて帝国軍人だった男は、歴史の変転を経て、やがて連邦側の軍人として戦場に立つことになる。
昨日まで存在すら知らなかった兵士たち。
かつてとは異なる軍服。
異なる思想。
異なる命令系統。
それでも銃を握れば、身体は戦い方を覚えている。
長すぎる戦歴を持つ兵士は、若い世代の兵士たちにとって次第に異質な存在となっていく。
帝国時代を知る生き証人。
失踪から帰ってきた男。
何十年経ってもほとんど老いない兵士。
そして、死線から何度も帰還する古参兵。
かつて《黒猫》だった男は、いつしか新たな異名で呼ばれるようになる。
《戦狼(ウルフ)》――。
だが、その長い人生を変えたのは戦争ではなかった。
一人の女性だった。
エリシア。
連邦軍で共に戦うことになった彼女もまた、レイヴンと同じく長い時間を生きる者だった。
最初は戦友。
互いの背中を預ける兵士。
やがて、互いだけが理解できる「長く生きることの孤独」を共有する存在となっていく。
周囲の人間が年老いていく。
戦友が退役していく。
かつての上官が亡くなる。
若かった兵士の子供が軍人となり、その子供すら老人になっていく。
それでも二人は生き続ける。
だからこそ、レイヴンとエリシアは互いを選んだ。
二人は結婚する。
《黒猫》でもない。
《戦狼》でもない。
軍人でもない。
エリシアの前でだけ、彼はただのレイヴンになれた。
やがて戦争は終わり、二人には穏やかな時間が訪れる。
家。
食卓。
何気ない会話。
休日。
家族。
それまでのレイヴンが命を懸けて守ってきた「日常」というものを、彼自身がようやく手に入れる。
しかし、歴史は彼を完全には解放しなかった。
第四次異界戦争勃発。
すでに第一線を退いていたレイヴンは、再び軍服を手に取る。
再就役。
若い兵士たちに混じり、遥か昔の帝国軍時代から戦場を知る男が、再び前線へ向かう。
今度は父の背中を追うためではない。
名誉のためでもない。
復讐のためでもない。
まして、《黒猫》や《戦狼》という伝説を証明するためでもない。
帰る家を守るため。
その一点だけだった。
第四次異界戦争を生き抜いたレイヴンは、やがて本当に軍を去る。
そして始まるのは、兵士としてではない人生。
長寿者としての晩年だった。
帝国は歴史になる。
かつての戦場には街が建つ。
兵器は博物館へ収められる。
軍事記録の中では「レイヴン・クロウ」という名前そのものが研究対象となっていく。
しかし本人にとって、それらは英雄譚ではない。
父ヴァルターと過ごした少年時代。
初めて軍服を着た日。
死んでいった仲間。
失踪先の異世界で見た景色。
第三次異界戦争での帰還。
連邦軍で出会った人々。
そしてエリシア。
すべては、一人の人間が歩いてきた人生だった。
長寿であっても、不死ではない。
レイヴンにも、やがて最後の日が訪れる。
かつて戦場で幾度となく死を免れた《黒猫》は、銃声の中ではなく、穏やかな時間の中で人生を終える。
それは戦死ではない。
失踪でもない。
殉職でもない。
ただ、一人の男の人生が静かに終わる瞬間。
永眠。
だが、『黒猫年代記』はそこで終わらない。
レイヴンがいなくなった後も、世界は続いていく。
残された家族。
彼を知っていた人々。
彼を直接知らない世代。
軍に残された記録。
博物館に収められた装備。
古びた写真。
父ヴァルターから始まり、帝国軍、失踪、異世界、連邦軍、エリシア、第三次・第四次異界戦争へと続いた彼の人生は、やがて「歴史」と呼ばれるものへ変わっていく。
後世の人々は《黒猫》を伝説として語るかもしれない。
《戦狼》を英雄として記録するかもしれない。
だが、彼を愛した者たちが覚えているのは違う。
不器用で。
口数が少なく。
時々ひどく疲れた顔をして。
それでも家族のいる場所へ必ず帰ってきた、一人の男。
レイヴン・クロウ。
全48Season。
一人の少年の誕生から始まり、
少年時代、父との別れ、帝国軍時代、戦争、失踪、異世界での歳月、第三次異界戦争での帰還、連邦軍への移行、《黒猫》から《戦狼》への変化、エリシアとの出会いと結婚、第四次異界戦争での再就役、退役後の家族との時間、長寿者としての晩年、永眠――そして彼がいなくなった世界までを描く。
これは、戦争そのものを描く物語ではない。
戦争と時代に翻弄されながらも、「帰る場所」を探し続けた一人の男の生涯を描く年代記である。
――『黒猫年代記』。
二百年を生きた黒猫は、戦場を越え、世界を越え、時代を越え――最後に、家へ帰る。
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