「野上夕子の探偵日誌 ファイル① 〜 天才ハッカーの青年〜

本間素人

 第1話 防犯カメラが暴く真実

その日、俺はあの事件の証拠を掴むために、事件現場の防犯カメラのサーバーへと潜入していた。

 目的は、あの雨の日、大好きだった祖母をひき逃げした犯人の姿を暴き出すこと。


 あの日、祖母は病院に運ばれたものの、意識不明の重体のまま、翌日に息をひきとったのだ。

 警察の捜査は、なぜか早々に打ち切られようとしていた。だから、俺がやるしかなかった。


 「よし……ハッキング、成功!!」


 画面に並ぶ文字列を弾き、アクセス権を奪い取る。俺にとって、この程度のセキュリティを破ることは朝飯前だ。もちろん、これが犯罪であることは十分に承知している。だけど、今の俺にはそんな綺麗事を言っている余裕なんてなかった。


 暗い画面に、あの雨の日の防犯カメラの映像が映し出される。

 俺はすぐさま映像の解析を開始し、粒子を

極限まで鮮明に尖らせていく。

 ──そして、ついに犯人を突き止めた。


 フロントガラスの奥に映っていたのは、あまりにも巨大な特権階級の顔だった。

 大物衆議院議員であり、元国家公安委員長でもある浅生誠(あさお まこと)の息子。

 現・私設秘書の、浅生誠一郎(あさお せいいちろう)。

 誠一郎を異常なほど溺愛していた父親は、自分の息子の輝かしい未来を守るために、その絶大な権力を使って、一件のひき逃げ事件を完全に闇へと葬り去ったのだ。


 警察の内部データをハッキングした俺は、このひき逃げ事件の不自然な捜査終了に、激しく噛みついている一人の刑事がいることを突き止めた。 

名前は、野上夕子(のがみ ゆうこ)

交通捜査課の巡査部長だ。


 署内は浅生の目が光っている。俺は警察署へ行くのをやめ、仕事終わりの彼女を尾行し、

駅前近くにある寂れた喫茶店に入ったところで声をかけることにした。

 カウンターの端の席で、不機嫌そうにブラックコーヒーを睨みつけている美女──彼女が、野上夕子刑事だ。

「あの……野上、刑事、ですよね?」

 

 俺が背後から恐る恐る声をかけると、彼女は鋭い肉食獣のような視線をこちらに向けた。

「……誰? 私、非番なんだけど。ナンパならお門違いよ」

「違います! ……浅生誠一郎の、ひき逃げ事件のことで、話があります」


 その名前を口にした瞬間、彼女の目の色が完全に変わった。

「あんた、今なんつった……?」

「これ、見てください。現場近くの防犯カメラのログです」

 俺は震える手で、動画を再生したノートパソコンを彼女の前に差し出した。

 画面の中で、激しい雨を切り裂いて浅生の高級外車が、おばあちゃんを無残にはね飛ばす。そして、ブレーキを踏むこともなく、そのまま闇の向こうへと加速して去っていった。


 野上刑事は息を呑み、画面が割れんばかりの強さでパソコンのフチを掴んだ。その綺麗な顔が、一瞬で怒りに引きつる。

「……信じられない。あの上層部のクソジジイども、本当にこれを隠蔽しやがったのね……!」

 野上刑事はギリ、と奥歯を鳴らす。


「あんた、名前は? ……これをどこで手に入れたの?」

「山内、です。……はねられたのは、俺のばあちゃんで、ネットのバックアップから、ハッキングして引っ張ってきました。犯罪だってことは分かってます。でも、警察が信じられないから、あなたに……!」


 野上刑事は、拳でドンッと喫茶店のテーブルを叩いた。コーヒーカップが派手な音を立てて跳ねる。

「『物証が足りないから、事故ではなく通常の事件として処理しろ』だなんて、上層部の上条(かみじょう)本部長が抜かしたのよ。

物証がないんじゃなくて、あいつが上から手を回して消させたんじゃないの……!」


 彼女の瞳には、激しい怒りの炎が燃え盛っていた。その視線が、俯いて拳を握りしめている俺へと向けられる。


「ねえ、山内さん。警察の上の奴らが守りたいのはね、法律でも、市民の安全でもないのよ。自分たちの席と、権力者へのゴマすり、ただそれだけ。…… 一人の尊い命が奪われてるのに、政治家のガキ一人の未来のために、なかったことにされてたまるかっていうのよ!」


「野上、刑事……」

「山内さん、言っとくけど私、警察のルールの枠の中で動くの、大っきらいなのよね。……その神業ハッキング、私に貸しなさい。

 上等じゃない、上がもみ消したっていうなら、法の外からその腐った政治家のガキを引きずり出して、地獄に落としてやるわ」 

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