亭主関白と、午前1時の静寂

サトシ

亭主関白と、午前1時の静寂

数年前のあの夜、俺がパソコンの前で必死に虚勢を張っていた本当の理由。それは「嫁が働いていない」という事実に対して、男としての、そして「亭主」としてのプライドが完全に悲鳴を上げていたからだ。「俺がこの家を引っ張っていかなければならない」「男たるもの、亭主関白でドンと構えていなければならない」そんな時代錯誤なプレッシャーを勝手に背負い込み、現実の家計の不安や焦りをすべて一人で抱え込んだ。妻に「少し働いてくれないか」と素直に相談することすら、亭主関白としてのプライドが許さなかったのだ。その歪んだプライドと、誰にも言えない弱音から逃れるために、俺はFXを始めた。画面の中で激しく上下するローソク足。レバレッジをかけ、男一人の力で大金を稼ぎ出し、威厳を保とうとする無謀な賭け。上手くいっているような、いっていないような不確かな数字の波に、毎夜胃を焼かれた。他人の定食を奪うような、神仏を恐れぬ犯罪に手を染めるような、異国で飢え狂うような――あの脳を刺すようなプレッシャーの数々は、すべて「亭主関白」という見えない鎧が俺に見せていた幻覚だったのだ。Lines of green and red. Numbers fluctuating.そして、その張り裂けそうな精神をギリギリで救ってくれたのが、「短編小説家・サトシ」としての活動だった。真っ白なテキストエディタ。そこだけは、強がる必要のない場所だった。俺は自分の器の小ささ、焦燥感、そして「亭主関白」という呪いに縛られた男の滑稽さを、物語というオブラートに包んで全力で書き殴った。FXの画面と、小説のエディタ。二つの画面を行き来しながら、気がつけば3時間、パソコンを叩き続けていた。時計の針は午前1時。画面の青い光に照らされた自分の顔は、ただの迷える一人の人間だった。あれから、数年が経った。今の俺は、もうあの頃のように夜通し画面を睨みつけることはない。あの狂気のような「3時間」の積み重ねが、俺を少しずつ変えていった。FXで多少の心の余裕を得たからか、あるいは「亭主関白の崩壊」を冷徹に、かつユーモラスに描き切ったサトシの短編小説が小さな文学賞でも取ったのか。何より変わったのは、俺がその重い鎧を脱ぎ捨て、隣の部屋で眠る妻に「実はさ……」と、家計のことも、小説のことも、素真面目に話せるようになったことだ。あの夜、午前1時の残光の中でパソコンを閉じた瞬間から、サトシの本当の新しい人生が始まっていた。

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亭主関白と、午前1時の静寂 サトシ @Satosh-1130

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