世に恋物語というものは溢れかえるほど溢れかえっている。
ランプの魔人と所有者との恋物語も、おそらくは溢れかえるほど溢れかえっているだろう。
その上で、聞きたい。
あなたはド直球の恋物語が好きだろうか。
既視感があるかもしれない。奇を衒ってもいない。文章に装飾過多を感じるかもしれない。
それでも一途な男の愛とその一途さに戸惑う魔人が好きだろうか。
もしそうならば、今すぐこんなかったるいレビューは閉じて、この作品を読み始めるべきだ。
読み終わったら、余韻に浸ってこんなレビューは忘れるといい。これ以降は余談という名の怪文書である。
この作品はとにかくストレートだ。まっすぐな好意。まっすぐな戸惑い。まっすぐな変化。
そこになされた装飾が、少しくどいくらいの比喩や例え話である。とはいえ、これが独特の雰囲気を出していて心地よい。
主人公であるナディムも、己の心情を詞にしたためる癖がある。これが、もう、長い。とにかく長い。
魔人ことサフィアも自身への愛の言葉の第一感想として「長い」を上げるほどである。
筆者もそう思ったし、第二の詞にも同じ感想を抱いた。だが読み方は変わった。
ナディムはとにかくまっすぐな好青年だ。物語が進めば進むほど、彼に呆れはすれど好感度が上がっていく。
気づけば第二の詞を読む時、じっくりと言葉を噛み砕いている自分がいる。
それはサフィアも同じだ。彼女は口数が少なく、感情表現もそう多くはない。だがその一挙手一投足で内面を語ってくれる。
恋する2人に共感し、好意を抱き、その心情の変化をじっくりと追っていく。実に幸せな読書体験である。
2人にハッピーエンドを迎えてほしい。その思いが自然に醸成されていく。
しかし、ここに影を落とすのがランプの魔人ならではの「あの」制約である。
そこが実に秀逸な点だ。読者はナディムのまっすぐゆえの危うさをも知っている。じっくり楽しみたいのに不安で先を読み進めたい。
そのジレンマがいいアクセントになっており、ただただ甘ったるいだけの中身のない話には決してなっていないのだ。
だからこそ、2人の恋物語の、その結末を。
心を揺らしながら追いかけてみてほしい。