合同探索試験
"七月二十五日、土曜日。
青羽市北西部の平ノ台は、市街地より朝の空気が少し冷たかった。
試験会場となる平ノ台第二訓練坑は、かつて石材を切り出していた採石場と、戦時中の地下施設を探索者訓練用に整備した場所だ。
青羽中央駅地下のような浸水危険は低い。
代わりに、
崩落。
高低差。
岩盤内部の空洞。
換気不良。
地上から見えない危険が多い。
入口前の広場には、学生探索チームが十四組集まっていた。
「チーム名を確認します」
受付担当者が端末を見る。
「帰還地図。代表、天野陸」
「はい」
「神崎ミオ、七瀬ハルカ。三名で間違いありませんか」
「ありません」
仮登録だった帰還地図は、この試験から正式な活動名として扱われる。
受付を離れたところで、ミオが陸を振り返った。
「それと、今日から名前で呼んで」
「何を?」
「神崎って、チームなのに固い」
「じゃあ、ミオ」
「急に言われると少し変」
「どっちなんだよ」
陸はハルカを見る。
「七瀬も?」
「呼び方は活動に影響しません」
「じゃあ七瀬で」
ハルカは一度だけ、端末から顔を上げた。
「チーム内では、ハルカで構いません」
「構うんだ」
「情報伝達時に、姓が重複する可能性を避けるためです」
「理由がハルカらしい」
陸が言うと、ハルカは否定しなかった。
受付の近くにいた生徒たちが、こちらを見ている。
「あれ、駅地下の」
「三十秒のマッピング」
「《雷刃》の神崎もいる」
以前なら、視線を向けられるだけで自分の能力を説明したくなった。
今は余計なことを言わず、装備確認を続ける。
防護服。
ライフタグ。
携帯食料。
救助索。
予備照明。
帰還用に確保するMPは、最大量の三十パーセント。
「頭痛は?」
ミオが聞いた。
「ない」
「肩」
「痛みなし」
「本当に?」
「医療確認済み」
ハルカが端末へ入力する。
「天野君、健康状態正常。ミオさん、右腕のしびれは?」
「なし。抑制帯、正常」
「私は完全ログ使用率ゼロ。通常記録を開始します」
三人で決めた規則どおり、互いの状態を確認する。
陸だけではない。
ミオも、ハルカも、異常を隠さない。
「ずいぶん真面目な点呼だな」
後ろから声がした。
レオンだった。
駅地下事故で痛めた右肩には、再発防止用の薄い補助具が付いている。
医師から試験参加は認められたが、最大出力は禁止されていた。
レオンの後ろには三人の学生がいる。
全員が同じ企業ロゴの入った装備を着ていた。
「黒崎も出るんだ」
陸が言う。
「参加登録は事故前からしてた」
「肩は?」
「試験に出られる程度」
ミオが補助具を見る。
「最大出力は禁止でしょ」
「最大を出さなくても勝てる」
レオンは当然のように答えた。
少し離れた関係者席には、真鍋圭吾がいる。
レオンへ直接指示を出すことはなく、端末を見ながら企業担当者と話していた。
「駅地下のこと」
レオンが陸へ言う。
「今日の試験が終わったら話す」
「今じゃ駄目?」
「今話したら、試験前の言い訳になる」
「何の?」
「負けたときの」
レオンは自分のチームへ戻っていった。
「相変わらず」
ミオが言う。
「でも、逃げてはいない」
陸が答えると、ミオは少し意外そうに陸を見た。
「かばうの?」
「事実を言っただけ」
「ハルカみたいになってきた」
「事実の記録は歓迎します」
ハルカは真顔で答えた。
◇
試験開始前、全チームへルールが説明された。
坑道内に設置された救難ビーコンを回収し、制限時間九十分以内に全員で帰還する。
単純な速さだけの競技ではない。
評価項目は、
帰還時間。
魔物への対応。
地図修正。
MP管理。
チーム連携。
負傷者や遭難者を発見した際の判断。
以上の総合点だった。
「訓練坑道ではあるが、すべての危険が演出とは限らない」
鬼塚が参加者へ言った。
「天然の岩盤とダンジョン空間を使用している。異常を感じた場合、競技より安全を優先しろ」
大型画面に、坑道の基本図が表示された。
開始口から中央広間へ進み、そこで二つの経路に分かれる。
左側は最短坑道。
距離が短く、救難ビーコンまで早い。
右側は安全迂回路。
距離は長いが、退路が二本あり、換気もよい。
「公式推奨はない」
鬼塚が続ける。
「チームの能力と状態で判断しろ」
開始時刻が近づく。
D-Liveの配信画面に、帰還地図の名前が表示された。
現在の視聴者数は二千八百人。
駅地下事故をきっかけに登録した視聴者の一部が、今日も見ている。
『今日は予知する?』
『最短ルート行かないと地味だぞ』
『黒崎チームと勝負か』
ハルカが公開画面と救助通信を分離する。
「コメントは通常表示。救助通信が発生した場合は閉じます」
「分かった」
「今回の最終判断者は?」
「天野」
ミオが答えた。
今回の試験では地形判断が中心になるため、陸が任務全体の最終判断者を務める。
陸は二人を見る。
「俺が決める前に、反対があれば言って」
「もちろん」
「記録します」
開始灯が赤から緑へ変わる。
『合同探索試験、開始』
十四組のチームが、間隔を空けて坑道へ入っていく。
レオンのチームは、帰還地図より二組前だった。
入場直前、レオンが振り返る。
「遅れるなよ、天野」
「黒崎こそ、帰り道を忘れないで」
レオンは一瞬だけ黙り、笑った。
「言うようになったな」
帰還地図の入場時刻が来る。
陸たちは坑道へ足を踏み入れた。
入口を過ぎると、外の光はすぐに見えなくなった。
岩壁へ設置された誘導灯が、足元だけを白く照らしている。
陸の視界に、青い地図が広がる。
「更新時刻、九時八分十二秒」
ハルカが記録する。
「前方、中央広間まで二百四十メートル。高低差、下り六メートル」
陸が伝える。
「推奨速度は?」
ミオが聞く。
「今は通常。足場に異常なし」
三人は一定の速度で進む。
数分後、前方の空間が広がった。
中央広間。
左には、幅の広い直線坑道。
右には、曲がりくねった上り坂。
公式図では、左が約三百十メートル。
右が五百二十メートル。
先行したチームの多くは、左へ入ったらしい。
足跡と魔力の痕跡が続いている。
「最短坑道」
ミオが左を見る。
「視界はいい」
ハルカが環境情報を確認する。
「公式センサー、異常なし。最短坑道の通過チームは七組。迂回路は三組」
陸は両方の入口へ意識を向ける。
左の坑道は広く、ほぼ直線。
だが、風がない。
入口近くの小石が、わずかに内側へ傾いている。
岩壁の根元には、新しい白い粉が落ちていた。
右の道からは、冷たい空気が流れている。
「右を提案する」
陸は結論から言った。
「理由は?」
ミオが確認する。
「左は退路が一本。風が止まってる。入口近くに新しい岩粉がある。確度五十五パーセントで、内部に岩盤変化」
「通れないほど?」
「まだ分からない。現時点では通れる可能性の方が高い」
「右は時間がかかります」
ハルカが言う。
「現時点の推定では、最短坑道より七分遅れます」
「それでも右」
陸は二人の反応を待った。
ミオは左の暗闇を見てからうなずく。
「賛成」
「私も異議ありません」
ハルカが地図へ推奨経路を表示した。
> 推奨:安全迂回路
> 確度:中
> 更新:9時12分05秒
> 最終判断:天野陸
配信コメントが流れる。
『また遠回り』
『競技で安全ルートは負けるだろ』
『帰還地図だから仕方ない』
陸はコメントを閉じなかった。
見ることと、従うことは違う。
「行こう」
三人は右側の安全迂回路へ入った。
その直後、試験順位が更新される。
帰還地図、暫定十三位。"
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