第14話 選ぶ人にも仕事がある

 次にハルディンから皮を運ぶなら、できるだけ売れそうなものだけを載せたい。


 そのためには、誰が皮を選んだのかを知らなければならない。


 エリシアは翌朝、それだけを考えながらオスカーの泊まっている宿を訪ねた。


「昨日の六枚を選んだ人に、またお願いできますか?」


 挨拶を終えるなり尋ねると、オスカーは少し驚いた顔をした。


「四枚、売れたそうですね」


「はい。もう一枚も、持ち主が値段に納得すれば売れそうです」


「それはよかった」


 オスカーの顔がほころぶ。


 エリシアもつられて笑った。


 六枚全部ではなかった。それでも、空で帰るはずだった荷車に載せた皮から、実際にお金へ変わるものが出た。


 次はもっと上手くできるかもしれない。


「それで、誰が選んでくれたんです?」


「革細工をしているヘルマンという男です。馬具の修理もしますし、若い頃には皮の仕入れにも関わっていました」


「じゃあ、その人に見本を渡せばいいんだ」


 エリシアは抱えていた小さな包みを机へ置いた。


 中には、ディートリヒやルーカスたちから分けてもらった革の端材が入っている。厚いもの、薄いもの、傷の位置が分かりやすいものを数枚ずつ選んでもらった。


「これを見てもらって、次から同じようなものを選んでもらえれば――」


 包みを開きながら話していたエリシアは、オスカーがすぐに頷かないことに気づいた。


「難しいですか?」


「見本を渡すことはできます」


「なら」


「ただ、毎回ヘルマンに頼めるかというと……」


 オスカーは少し言葉を選んだ。


「今回、彼にはかなり無理を言いました」


「無理?」


「救援の荷車が翌朝には戻ると聞いて、急いで売り手を集めました。そこから十枚ほど持ってきてもらって、ヘルマンに一枚ずつ見てもらったんです」


 エリシアは、帰ってきた六枚を思い出した。


「どれくらい掛かったんです?」


「半日ほどでしょうか」


「半日?」


「皮を見るだけではありません。持ち主から状態を聞いたり、塩の入り方を確かめたり、傷んでいる部分を広げて見たりしていましたから」


 思っていたより長い。


「その間、ヘルマンさんの仕事は?」


「止まりました」


 オスカーの答えは短かった。


 エリシアは端材を持ったまま手を止める。


「馬具の修理が何件か残っていたそうです。冬になる前に直してほしいという依頼もあります。それを後回しにしてもらいました」


「……お金は?」


「受け取っていません」


「え?」


「私が頼みましたから」


 オスカーは苦笑した。


「一度だけなら、と」


 その言葉を聞いた瞬間、エリシアの胸に引っ掛かるものがあった。


 一度だけなら。


 どこかで何度も聞いた言葉だった。


 父が救援を続けた時にも、一つ一つの支出を見ながら考えていた。


 今回だけなら。


 今回だけなら。


 それが積み重なった結果を、エリシアはもう帳簿で見ている。


「次もただでお願いするのは、駄目ですね」


「私は、そう思います」


 オスカーも頷いた。


「じゃあ、お金を払えばいい」


 口にしてから、エリシアは少し考えた。


「……誰が?」


「そこなんです」


 やっぱり。


 エリシアは椅子の背にもたれた。


「皮を売る人?」


「それが一番分かりやすいでしょう。ただ、売れるかどうか分からない皮を見てもらうために、先にお金を払いたがるかというと」


「売れなかった人ほど嫌ですよね」


「おそらく」


 せっかく金に換えようとして持ち込んだ皮が、「これは売れそうにない」と言われ、そのうえ見るためのお金まで取られる。


 エリシアでも嫌だと思う。


「じゃあ、売れた人だけ払う?」


 オスカーはすぐには答えなかった。


「それなら、売れなかった人の分を誰が負担するのでしょう」


「あ……」


 ヘルマンは、売れた六枚だけを見たわけではない。


 候補になった十枚ほどを全部見て、その中から六枚を選んだのだ。


 売れなかった四枚を見る時間も、同じように掛かっている。


「買う人に払ってもらうのは?」


「こちらへ届いたあとで見る分なら、買い手の仕事でしょう。ですが、ハルディンで選ぶ人まで負担してもらえるかは……」


「嫌がりそう」


「私もそう思います」


 エリシアは机の上の端材を一枚取った。


 ただの小さな革だった。


 これをヘルマンへ渡せば、次はもっと簡単に選べると思っていた。


 けれど、見本があっても誰かが一枚ずつ触って、比べて、判断しなければならない。


「見るだけでも仕事なんだ……」


「ええ」


 オスカーが静かに答えた。


「特に、間違えれば売り手にも買い手にも迷惑が掛かりますから」


 エリシアは端材を裏返した。


「ヘルマンさんが適当に全部『大丈夫』って言えば、いっぱい運べますよね」


「運べますね」


「でも、こっちで売れなかったら困る」


「はい」


「逆に厳しく見すぎたら、本当は売れた皮まで残る」


「そうなります」


 選ぶ人は、ただ仕分けをしているわけではない。


 その判断次第で、三日掛けて運ぶものが決まる。


「責任もあるんですね」


 エリシアが言うと、オスカーは少し笑った。


「ヘルマンが聞けば、そこまで大げさなものではないと言うでしょうが」


「でも、私だったら嫌だな」


「何がです?」


「半日仕事を止めて、人の皮を十枚見て、売れなかったら『お前が選んだせいだ』って言われるの」


「それは私も嫌です」


 二人で顔を見合わせた。


 少しだけ笑ったあと、エリシアは改めて端材を包み直した。


「次の一回は、伯爵家からヘルマンさんにお金を払うのは駄目ですか?」


「今後もですか?」


「違います。次の一回だけ」


 オスカーが続きを待つ。


「今やってるのは、まだ試してる途中ですよね。帰りの荷車を使えば本当に安く運べるのか、向こうで選んだ皮がどれくらい売れるのか。それを確かめるためにヘルマンさんにも仕事を頼むなら、その一回分は試す側が払ってもいいと思うんです」


 言いながら、自分の中で少しずつ整理していく。


「でも、それをずっと伯爵家が払ったら、また救援と同じになります」


「そうですね」


「だから次の一回で、ヘルマンさんが何枚くらいなら見られるのか、どれくらい時間が掛かるのかも一緒に聞きたいです。そのあと、続けるなら誰が払うのか決める」


 オスカーは少し考えてから頷いた。


「それなら、ヘルマンにも説明しやすいと思います」


「勝手に決めちゃ駄目なので、お父様には聞きますけど」


「そこは覚えておられるんですね」


「みんなに何回止められたと思ってるんですか」


 エリシアが不満そうに言うと、オスカーが声を立てて笑った。


 そこへ、宿の使用人が茶を運んできた。


 エリシアは一口飲んでから、もう一度包みを見る。


「これ、ヘルマンさんに渡してください」


「分かりました」


「それと、見本だけで本当に分かるのかも聞いてほしいです」


「分かるのか、ですか?」


「はい。私たちは『これを見れば選べる』って思ってますけど、実際に選ぶ人が使えないって言ったら意味ないでしょう?」


 オスカーが目を少し見開いた。


 そのあと、ゆっくり頷いた。


「それも聞いておきましょう」


 エリシアは満足して茶をもう一口飲んだ。


 これで次の荷車は、前より上手くいくかもしれない。


 そう思ったところで、オスカーが「ああ」と声を上げた。


「そういえば、もう一つお伝えすることがありました」


「何ですか?」


「昨日売れた四枚の代金です」


 エリシアの顔が明るくなる。


「もう持ち主に送れます?」


「送れます。ただ……」


 また「ただ」だった。


 エリシアは嫌な予感がして、茶の杯を置いた。


「何かあるんですか?」


「運ぶために掛かった分を、どうするかです」


 帰りの荷車へ皮を積むための人手。


 敷布を洗った人の手間。


 そして今知った、皮を選ぶ人の仕事。


 エリシアはしばらく黙ってから、オスカーを見た。


「……四枚売れて、結局いくら残るんです?」


「それは、伯爵家の帳簿係に聞かれた方が早いかと」


 頭にベルントの顔が浮かんだ。


 きっともう数字を揃えている。


「帰ったら聞きます」


 ようやく皮は売れた。


 けれど、売れた金額と、手元に残る金額は同じではない。


 エリシアは包みをオスカーへ預けると、今度こそ帳簿を見るために席を立った。

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