恋愛わからん(?)人間の恋愛論
うたた
〝私〟の恋愛論
恋愛。
私のようなものでも触れてきた、ごく〝普通〟のものである。
しかし果たしてこの〝普通〟は〝普通〟であろうか。……とここまではよくある〝普通〟の疑問である。そしてこれから書くこともある人にとっては〝普通〟であるかもしれない。こう理屈をこねていると自分でも何を言っているのかわからなくなってくるので、とりあえず〝私〟の恋愛観について書いてみよう。
私は身体的には女性であり、恋愛対象は広く言えば人間であり、そのなかの幾人かにたしかに恋愛感情を抱いたことがある。しかし別に人間全員に恋をするわけではないし、それはおそらく〝普通〟でもないだろう。あなたの恋愛対象がもし女性だとして、好きになる女性とならない女性がいるというわけである。
では、どうして?なぜ私は、人間全員に恋をしないのだろうか。恋愛をして、付き合って、結婚して、子孫を残すという〝普通〟の流れのなかで、なぜ異性だったらそれでいい、とはならないのだろうか。人間同士で協力して生きていく、支え合って生きていくという〝普通〟の流れのなかで、なぜ人間だったらそれでいい、とはならないのだろうか。
流石に意思疎通ができねばならないだろう、というのはわかる。共に生きていくなかで会話ができる、自分の思いや意思を伝えられるということは重要である。ちなみにこれは、言語の壁を示してはいない。翻訳だってあるし、言語があるなら学べるし、態度や身ぶり手ぶりでどうにかなるところもあるからだ。(細かい伝わらなさはあるかもしれないが、それをすり合わせたくなる人に恋するのだろう)「〇〇がしたい」と言って、相手が「ああ、あれね」とか、「それ何?」とか、「いいね、やろう」とか、「そうか、自分は〇〇がしたい」とかまあ色々だろうけどそういう意思疎通ができること。
価値観が合う、というのもわかる。特に言われるのは金銭関係が多いとは思うが、そばにいることを考えた場合、すぐに意見があって物事を決められることや、自分の居心地がよいこと。
ただ、私はあまり前者には重きを置いていない。二人(という集団又は個人個人)にとってそれが完全なるベストだ!となることはまあないからである。実際、価値観は違うものである。似ていても、細かい、細かいところを突き詰めていくと、二人は少しだけずれた目線で世界を見ている。ここで恩師の比喩を借りるが、右目と左目の視野ほどのずれであっても、左目のほうが数コンマ秒だけ早く危機を察知していたりする。その数コンマが命取りになりうることがある。同じ向きを向いていようと、同じことをしていようと、同じ感覚を抱こうと、意識が違うものである限り、私たちは違う人間であり、まったく同じ生き物ではないのである。同じでないことに両者が苦しみ、崩壊してしまった恋愛を幾度も経験した。でも仕方がないのだ。全く同じということは不可能なのだから。
だからこそ、私は居心地の良さを共有できるということを価値観が合うかどうかの議論の中で特に大切にしたい。金銭感覚が違っても、好きなものが違っても、相手はそうで自分はこうだ、だから妥協点としてこうしよう、とか、だからまずはその話を聞いてみよう、とか、そういうことはできるはずだ。そういうことを一緒にできる人だから好きになる、ということもあるのではないか?それだけでなく、一緒にいて楽しい、嬉しいということは恋愛を自覚する際によく引き合いに出されるし、実際私もそうであった。相手がいてくれることのありがたさは重要な部分だろう。
ではそれとほかの感情との違いは何か?デートもたわいない話も、相手は自分にとって(そして相手にとって自分は)大切だと感じることも、友人に、家族に、師に、後輩に、感じることはできる。もちろん細かなニュアンスは違う。家族、師、後輩なんかは多少の権力勾配があるし、個人個人に対する感情はそれまでの交流によって質や量、現れ方に差がある。差があることは当然として、ではなぜ特定の人に対してだけ恋愛感情と呼び、私はそう認識したのだろうか。
例えば身体的な反応として「ドキッとする」「きゅんきゅんする」ということは実際あった。結局感覚的な問題なのか、と思うかもしれないがそうではない。私がその反応をしたとき、相手は必ず私のことを一人の尊重されるべき人間として見てくれていた(と私は当時認識した)。それに気づかされたから反応したのだと思う。この人は私を見てくれるから話し合えるかもしれない!と直感的に思っていたのかもしれない。しかし見てくれたからといって仲良くなる、告白する、合意するにはさらなる段階が必要だということに気づいていなかった私は何度も打ち砕かれたし相手の地雷も踏んだかもしれない。
ここまで書いて、私の中では尊重しあえているかどうかが大事になってくるかもしれない、と思ったがやはりほかの関係との違いがわからない。私が反応しなかった人でも、私を尊重してくれているとわかる人はもちろんいた。
まだわからないので、少しだけ踏み込んでみるとする。(―の間はセンシティブな話をしているので、避けたい方はそちらを飛ばしていただければと思う。内容的にはどちらかというとジェンダー論に偏っている気がするが)
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性的な話も確かに想定される。高校までの私は想定もしていなかったが(これも〝普通〟ではないのかもしれない)。知識としてあっても、はて、したいのだろうか?信頼できるなじみの医師に触診されても、優しいマッサージ師にマッサージを受けても、からだがガチガチになっていくばかりで全くリラックスなどできない私は、肌で触れ合うことも(そしてビニール越しの生暖かい身体を感じることも)大して気持ちよくは感じないだろうという予感がある。愛があろうがなかろうがそうだと触覚は示しているし、それを分からずに行為を求めてくる人は私を尊重していないから恋愛できないとも思う。私が長子であることも一因だろうが、そもそも〝普通〟〝女性〟が〝男性〟からされる側である、撫でられたりハグされたりは得意でなく、撫でたりハグしたりのほうが好きである、ということも関わっているかもしれない。最近は相手も嫌かもしれないと思ってますます触れ合いへの抵抗感が増している。つまるところ、性的欲求は私にとって恋愛にあまり関係がないのである。
私自身はパートナーと子を産み育てることに憧れはあるし、互いに子どもがいるといいね、となって(身体が異性の場合)行為に及ぶことには納得する。ダブスタじゃないか!と言われそうではあるが、もともとそのための行為ではあるから。愛情表現としてされると別に愛情表現としては求めてないよ、となるだけであって、相手も同じような感覚でいるなら何の問題もないし、私で発散しきれなければ何か使ってすればいいとも思う。互いに望むなら行為をしなくても子を生み育てることができる方法もある。
そのようなことを理解してくれる人であれば安心して同棲・結婚できる、とはなるが、恋愛感情は細かいことを知らないうちにこちらが勝手に抱いたこともあるのだからまた違うのかもしれない。ややこしいが、実際に恋愛対象と性的対象が違う人もいるわけだし(相当苦労されているであろう……)。
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制度的にも、自分の気持ち的にも、そして折り合いをつけられる相手がいるかどうかも含めて、将来折り合いをつけなければならないところなのだろう。納得して生きていけたら、と願っている。
話がそれてきたので本題に戻そう。私にとって性的欲求とも結婚願望ともまた違うなら、恋愛感情とは何なのだろうか?
恋をしたときのうっとりとした感覚。そこから発生した思いは、やがて相手を美化・理想化していったりもする。暴力的とも言われかねない。それでも楽しいものである。時に苦しさも伴う。通じ合えば最上の喜びであるし、お互いの温度が合えば暴力になることもない。(それがなかなか難しい)
確かに私はあの人に、あの人たちに恋愛感情を抱いていた。なぜなのか。
私との共通点。人間としては同じだ。同じ地域に住む人間としては同じだ。同じ学校に通う人間としては同じだ。同じ習い事に通う人間としては同じだ。同じことを好きな人間としては同じだ。同じ感想を同じものに対して持った人間としては同じだ。
私と話をしてくれた。私の話を聞いてくれた。私に話をしてくれた。私と楽しそうに過ごしてくれた。私に秘密を教えてくれた。あなたのことを教えてくれた。
この要素に当てはまる人なんて沢山いる。
でも、私はあの人たちを見つけた。それは、男とか女とか住んでる場所とか学生とか部活とかサークルとか学部とかバイトとか交友関係とか、他にも全部そういう属性を取り外した、あの人の生きる姿、あの人のほんの数%にも満たないような細かな感覚に触れたとき、どきりとしたからだった。私を尊重するまなざしの奥に、誰とも共通していない〝あなた自身〟を見たのだ。それがなんなのか、それは人によって違うけれど、あの人たちはそれを見せてくれた(私に見られたと言ってもいいのかもしれないが)。そして私はそれに惚れたのだろう。ほかの人も見せてくれたのかもしれない、私はそれをまた別の絆として受け取っているのかもしれない。どんぴしゃりと惚れたというのは、多分その数%のあの人たち自身のただ一つのたましいがたまらなく、ずっと恋焦がれそうなほどに好きだったのだ。
そして、私は文章に、短歌に、作品に、ほれぼれとするとき似たような感情を持つ。沢山の属性をあなたは持つ。私と同じところも違うところもある。全く同じことなどあり得ないし、同じ人間という点では全く違うというわけでもない。
しかし、あなたのその作品の持つ数%のあなた自身、属性を取り除いたたましいが、私の心を焼くのである。惚れ込んでしまうのである。結ばれようとかそういうことは関係なく、ああ、たまらなく、ただ好きだと思うのである。
もちろんあなたの作品はあなたではないし、あなたの一部が現れたにすぎない。あなたが受け取ってくれなくてもいい。あなたはあなたの作品を生み出しているだけなのだから。
誰にも言わないこともあるし、お勧めすることもある。こんな恋い焦がれるような気持ちまでは言語化できないでいたので言っていなかったし、これからも自重するつもりだ。
でも、(またダブスタやないかーい!と突っ込まれそうだが)自分の思いの丈を綴る場で言わないのは違うだろうと思うから言う。
私は、あなたの、あなたたちの作品に、その中のたましいに惚れ込んでいます。守りたいと思います。それが傲慢であるならば、私の中でだけでも大切にしたいと思います。これは私の意思表明であり、あなたが受け取らなくても、疑っても、拒否してくださっても構いません。むしろそのほうがいいかもしれません。それでも、ずっとずっと恋焦がれております。それだけ、お伝えしたかったのです。
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