第4話 かなり舐められてない?

 敷地内に入った途端に待ち受けていたのは、耳を突き抜けるような黄色い歓声。


「キャーー! レオンハルト殿下よ!」


「はあ、なんて美しいの……っ」


「ガーネット様、しっかり!」


 くらりと倒れる女子生徒に目もくれず、殿下はスタスタと歩き続ける。


「ひとまず学園長室へ」


「キャアアア!」


「クラスは」


「殿下ー!」


「しっかりと」


「お声が聞こえましたわ~!」


 何かを説明されているようだけど、絶えず挟まる合いの手のおかげでまったく聞こえない。とりあえず真面目な顔でうなずいておこう。


 天下の魔法学園の生徒といえど、国中の憧れであるレオンハルト殿下を前には、落ち着いていられないらしい。紳士淑女がご覧の通り。


「王宮よりは賑やかで楽しいわね」


「賑やかにも程があるけどな」


「レオンハルト殿下は、国民から絶大な支持を得ていますからねぇ」


 普段離宮にいるわたしたちには、その人気っぷりがなかなか伝わってこなかったけれど、実際に足を運んでみてよく分かった。これぞ社会勉強。さっそく視察の収穫だわ。


「顔だけは国中に知れているはずのシルヴィア様が、ここまで反応されないとは。殿下人気が凄まじいですね」


「美しさのあまり言葉を失っているのかもしれないわよ」


「……」


 また手厳しいツッコミが飛んでくるかと思いきや、ロウガは目だけを動かして、ぶっきらぼうに口を開く。


「そりゃあ、あながち間違いでもねえわな」


「?」


 ロウガを真似てギャラリーを観察すると、殿下に熱狂する人々にまぎれて、わたしに目を向けている生徒はちらほらいた。


 大人しそうな女子生徒が胸の前で手を組んで、ほうとわたしを見つめている。

 わたしを見ながら頬を染めて、なにかを話している男子生徒たちもいる。


「……ふーん……悪くないわね。ぜんぜん悪くない気分だわ」


「ご機嫌じゃねーか」


「サインでも書いてあげようかしら」


「完全に調子に乗ってますね……」


 ふぁさ、と髪をはらってみると、殿下に対する歓声にまぎれてどよめきが上がるのが聞こえた。

 うんうん、我ながら画になるわよね。隣のロウガがすごい顔してるけど。


「そんなに顔をしかめるぐらい眩しかった? わたしが」


「ばァか、ただ周りがやかましいってだけ──」


「え、待って」


「あ? どうした」


 ロウガの言葉を遮って、わたしは辺りに視線を走らせる。

 生徒たちの魔力に紛れて分かりづらいけれど、今さっき、確かに大きな魔力を感じた。

 何かが近づいてくる。


「備えてロウガ、すぐ近くに……」


「きゃああああ!!」


「!?」


 その時、歓声をかき消すほどの悲鳴が上がった。

 ただ事ではない様子に、殿下が眉を寄せる。


「何事だ?」


「殿下、あれをっ!」


 パトリックが指した先で、何本もの木が豪快な音を立てて倒れていく。

 薙ぎ倒しているのは巨大な──


「ド、ドラゴンだ!!」


 白結晶を重ねたような鱗。黄金色の瞳。

 異様な光景だった。なんとただのドラゴンではない、『聖獣』と呼ばれる種の個体が、木々を押しのけて学園の敷地を闊歩していた。


「どうしてこんなところに!? しかも聖獣だなんて……!」


「校舎に近づいていますわ!」


 モンスターの中でも特に希少で、選ばれし者──すなわち聖女しか手懐けられないと言われているのが聖獣。通常個体とは比べ物にならないパワー、魔力を持っている。

 この場で暴れられでもしたら、校舎はただじゃ済まない。少なくとも翼のひと振りで窓という窓は砕け散るはず。


「あんな聖獣ドラゴンを放し飼いなんて、天下の魔法学園はやることが違うわね」


「そんっなわけないでしょう! 見てくださいよこの騒ぎ!」


「いやね、冗談よ」


「こんな時までふざけないでください!」


 至極真っ当に叱ってくるサラ。さすがのわたしもこれ以上のおふざけはやめて、ドラゴンに向き直る。

 ドラゴンはギラついた目をぎょろりと大きく動かして、鼻息荒く尾を動かしている。

 聖獣は比較的、穏やかな性格をしているはずなのだけど。さっきまでの人間の歓声にあてられて、興奮状態になっているみたいね。


「なっ……シルヴィア様、何を!?」


 ドラゴンに向かって歩み寄っていくわたしを見て、パトリックがぎょっとしたような声を上げた。続けて殿下も「戻れ、吹き飛ばされるぞ!」みたいなことを言ってくる。


「……ロウガ。もしかしてなんだけど、わたし、かなり舐められてない?」


「かなりどころの話じゃねーよ。なんで聖女が聖獣に向かっていって心配されてんだよ」


 そこまで悪いかしら。日頃の行い。

 四六時中の結界管理とか、モンスターの遠隔討伐とか、遠隔治癒とかその他諸々、しっかり宮廷聖女の仕事はしているはずなのに。


 遠隔ばかりなのが悪いのかしら。……あ、時々お茶会の片手間で済ましているのがバレてるのかしら。片手間でできるぐらいの実力があるってことよ。良いことよ。


「聖獣を手懐けるなんざ、お前の十八番だろ。頼むぜ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る