第12話 次の手




「おかえりなさいまへ(噛んだ)!」


「お疲れ様でした……」


 黄泉の国の廃屋敷に帰還した直後、ロビーでウィンベルちゃんとリアストさんが出迎えてくれた。



 ジェノとの決着はついたが、世の中に人の平和を脅かす天使がまだいるのであれば、みんなを守るために戦いは続けなければならない。


 わたしはジェノ戦で半分天使にされてしまったが、この世界には普通に入れるようだ。半分は悪魔だからかな?



「ただいま」


「ああ」


 赤魔(あかま)くんは淡白に返し、ズタボロの応接用のソファに仰向けで寝っ転がった。

巨大化したし、いつもと違う毒も使ったし、相当な速度で技を繰り出してもいた。短い戦闘だったが、疲れたのかもしれない。



「お身体は大丈夫でしょうか?」


 ウィンベルちゃんがわたしたちに心配そうな視線を向けた。



「問題ねぇよ、あれくらい」


「うん、わたしもだいぶ回復したよ」


 流石(さすが)不老不死。

もはやわたしは、戦闘前の全快状態に完全に戻っている。



「さっきの戦闘の被害状況は?」


「あっぱれですね……。

結界内外全てこちらで観測していましたが……。

嘔吐している者は大勢いたとはいえ……

死者、負傷者……天啓を食らった者……全てゼロです……。

お見事……」


 赤魔くんの問いに、虚(うつ)ろな目のリアストさんがボソボソと喋り出す。



「そうか……サンキュー」


 報告を聞いた赤魔くんはウィンベルちゃんの方を向いて、



「飯。

千歳(ちとせ)ん家(ち)の弁当が尽きた。

どの道、傷(いた)んで食べるのはキツイ」


 ……と、命令。それはまるで、仕事から帰ってきた亭主関白の旦那のよう。

わたしのお父さんはこうじゃなかった。



「かしこまりました。

少々お待ちを」


 ウィンベルちゃんは気前よく返事をし、メイド服のポケットから鯖(さば)の味噌煮の缶詰を取り出した。


 ……作るとかじゃないんだ。わたしも作れないけど……。



「…………ふ、ん……。

ふんぬぅぅぅぅ……」


 ウィンベルちゃんはそれを必死に開けようとしたが、どうやら相当非力なようで開けられなかった。


「お願いします」


「……はい……」


 諦めて、涙目でリアストさんにパス。



 しかし……。



「…………ん、ぐうぅぅ……。

ふんぬおおおおおお……」


 リアストさんは顔を真っ赤にしてプルプルと震えているが、プルタブはピクリともしない。



 ……アホか、コイツら……。



「貸して」


 見かねてわたしが缶詰をひったくる。

もしかして、経年で相当硬くなっているのかと思ったが、普通にわたしでも開けられた。



「……お見事です……」


「すごい!」


 この程度で二人から拍手された。



「大の悪魔が、二人して何やってるのよ……。

ていうか、今までどうやって開けてたのよ?」


「紙を折って……プルタブに挟み込んで引っ張ってました……」


「そう、リアストさんが見つけてくれたんですよ……!

すごい発見ですよね!」


「……あっそ」



 二人を適当にあしらって、赤魔くんに開いた缶詰を渡す。



「……箸とかスプーンは?」


「いらねぇ」


 赤魔くんはそのままの姿勢で大きく口を開け、缶詰をひっくり返した。口の中に綺麗に大きな鯖と味が濃そうな汁が入っていく。

彼はジュースを飲むようにゴクゴクと、喉を鳴らしながら美味(うま)そうに平らげた。



「…………んっ、ふぅ。

ごちそうさん」


 全く憧れないし、やりたいとは思わないが、見ていると何故かおいしそうな食べ方に見えた。


 ……もしかしたら、こういう隠れ家はありつつも、今までホームレスのような相当貧乏な生活を送っていたのかもしれない……。



「……よし、腹ごしらえが終わった。

次の攻め方を考えなくてはな」


 赤魔くんは、カーゴパンツのポケットからスマホを取り出した。


 それは、天使の翼のように穢(けが)れのない白で満ちたスマホだった。



* * *



 リアストさんの仕事部屋——監視室。


 よくわからないスイッチだらけの機械。所狭しと並べられたモニターの壁で覆われている薄暗い部屋。間食用なのか、ポテトチップスが机に置かれている。



「そう言えば、リアストさん」


「はい……」


 わたしは聞かなければいけないことがあった。



「八宵(やよい)と百夏(ももか)……。

二人があそこにいることを知ってて、わたしたちをあそこに?」


「……いえ……偶然です……。

流石に知っていたら事前に伝えますので……。

私がお二人を会場に向かわせてから……ご友人たちがあそこに向かったんです……。

連絡手段がなかったので、お伝えできずに申し訳ありませんでした……。

私には彼女たちを止める手段もありません……。

監視することしかできませんので……」


 リアストさんは頭を下げた。


「……わかりました。

教えてくれてありがとうございます」


 

 本当は八宵と百夏をあそこに行かせることすら防ぎたかった。それがリアストさんの仕事ではないのだろうかと思う。


 でも、それができないのであれば……。


 監視してくれているだけでもありがたいと思うべきなのか……?


 …………………………。


 何だかムズムズするところはあるが、とりあえずあの二人を守れたことはわかっているのでこれ以上の追及は控えよう。


 ただ、今後は彼女たちの動向を逐一報告してもらうように頼んだ方がいいかもしれない。



 ……赤魔くんが話を進めたがっているので、一旦切り替えよう。



「話は終わりか?

じゃあ始めるぞ、まずは仲間を呼ぶ」


 赤魔くんはモニターの角に備え付けられた四角形のくぼみにスマホをセットする。ちょうどスマホが収まる大きさのくぼみだ。



 セットした瞬間、スマホのロックが強制的に解除されてホーム画面がモニター全面に大きく表示された。



「ねぇ、そのスマホは誰の?」


「ジェノとの戦闘中——鳩尾(みぞおち)をぶん殴る前に奴のスマホを奪っておいた」


 あの高速連撃の時にそんなことをしていたのか。全然気がつかなかった……。



「これで天使どもの情報を入手できるし、人間界にいるおれたちの仲間とも連絡が取れる」


「仲間って、あとの三人?」


「そうだ。

みんなが持っているのは天界用のスマホ。

同種でなければ繋がらないんだ」


「……そうなんだ。

でも、肝心の天界には繋がらないの?」


「そこまでは回線が繋がらないようになっている。

これは天使も悪魔も共通だ。

だが、天使は自由に天界と人間界を行き来できるから、奴らは大した問題にはなってねぇよ」


「だったら、黄泉の国(ここ)も繋がらないんじゃない?

人間界とは違うんでしょ?」


「ここは大丈夫だ。

何をしたのかはわからないが、リアストが繋がるようにしてくれた。

コイツは大した奴だ。

コンピューター関連は任せておけばいい」


 赤魔くんはリアストさんを親指でクイっと指して褒める。見た目はどう見てもリアストさんの方が年上なので、はたから見ると赤魔くんがすごく生意気に映っている……。



 じゃあ、このスマホで今後はこっちとも連絡を取れるってことか……。いや、一台しかないから無理か……。


 せめて、わたしの分とリアストさんの分、あと二台の天界スマホが必要だ。



 そんなことを考えている間に、リアストさんがコンピュータのキーボードとマウスをカタカタカチカチと操作して、スマホをいじっていく。



 少しして、電話アプリの画面が映る。


 リアストさんが誰かの電話番号を入力。


 すると、コール音が室内に響いた。



 プルルルル……プルルルル……プルルルル……。



 プルルルル……プルルルル……プルルルル……。



 …………10コールしても出ない。

 


「……もしかしてアイツ、スマホを紛失したのか?」


「次……あたります……?」


「…………そうしてくれ」



 他の番号を入力。



 ……しかし、結果は同じだった。



「何やってるんだ、アイツらは!?」


「最後の方(かた)に……」


「……そうしてくれ」


 赤魔くんは力なくうなだれた。



 ……プルルルル。プルルルル。プルルルル。



 これもダメか……。




「もしも〜し?」


 ……そう思っていた時、はきはきとした声が聞こえてきた。



「……おれだ」


「君か〜。

電話がかかってきたってことは、とうとう地上に落とされたんだ。

……で、どうしたの、非常事態?」


「ちょっと今後のことを相談したい。

黄泉の国の屋敷に来てもらえるか?」


 電話の声の感じは、10代後半の少女……だと思う。


 

「OK!

爆速で行くから!

お土産はどら焼きでいい?」


「いや、そういうのはいいから……」


「じゃっ、待ってて」


 明るい声はそこで途切れた。



「来てくれるから待とう。

リアスト、今のうちに天使どものネットワークをあさっておいてくれ。

ウィンベルは出迎えの準備を」


「無論です……」


「かしこまりました!」



* * *



 20分後。



「おっひさ〜!」


 軽い声を発しながら元気に入ってくる黒髪の少女。

見た目は17、18くらいか。巫女服のような装束を着ている。



「久しぶりだな」


「お土産、いっぱい買ってきたよ」


 黒髪少女が、後ろに目配せ。

ウィンベルちゃんが【万(よろず)の郷(さと)】と書かれたパンパンの紙袋を掲げた。



「だから、気遣いはいいって言ってるのに。

みんな少食なんだよ」


 食べれる物ならわたしは食べたいけど……。



「相変わらず堅いんだよ、キャプテンは。

……って、あれ?」


 黒髪少女がわたしに気づき、首を傾げて目を細め、訝(いぶか)しげな顔を浮かべた。



「……あ、えっと、わたしは……」


 ドキッとしてしまい、なんて答えるべきなのか迷ってしまった。赤魔くんに助け舟の視線を送る。



「六空(りく)。

新しい仲間だ。

細かいことは後で説明する」


 赤魔くんが簡潔すぎる紹介をしてくれた。彼女もそれに納得したらしい。



「よろしく、六空。

あたし、『ビフォン』!」


 ビフォンはフレンドリーに手を差し伸べてきた。

この感じ、千歳や百夏を思い出す。



 そう言えば、八宵と百夏はあの後大丈夫だったのかな……?

リアストさんの被害状況を信じるなら無事のはずだけど……。



「よろしく、お願いします。

ビフォンさん」


「ふふっ、タメ口呼び捨てでいいよ」


 ぎこちなくビフォンと握手すると、彼女は眩しい笑顔で爽やかに返してくれた。

彼女の満月のように黄色く丸い瞳が、とても神秘的で思わず美しいと感じてしまった。


 よかった。彼女とは仲良くできそうだ。



「横からすみません……。

奴らのチャットやスケジュール表を見させてもらった結果ですが……」


 黙々とスマホを観測していたリアストさんが、こちらを振り返り呼びかけてきた。



「奴ら……明日に札幌で悪魔を改造するそうです」



* * *



 ジェノのスマホの中身。チャット欄やスケジュール表は、一応天使にだけ通じる符牒(ふちょう)で構築されていた。


 リアストさんは特殊なコードを使い、それを全て解読してくれた。



 その解読した内容を端的にまとめると。

『メイリー・ミーラ』の札幌でのライブ後に催される彼女のファンクラブイベントで、新型神器のお披露目と同時に『青い悪魔』を天使にするというもの。



 メイリー・ミーラ。

今流行りの国籍不明の女性アーティスト。圧倒的な歌唱力に、他を凌駕する表現力と演技力を持つ。それでいて、見目麗しい美貌に笑顔も可愛いらしいという、アイドルの資質まで備えている完璧超人。


 音楽番組には連日連夜出演。国内外問わず、彼女に魅了されたファンは数百万人はいると言われている。


 札幌に思い入れがあるらしく、彼女の活動はそこが中心になっている他、観光大使も務めている。

それらの縁があってか、去年に【メイリー・ミュージアム】という、彼女専用のライブ会場兼資料館兼テーマパークが作られたりもした。



 その彼女がどう関係があるのかとわたしは尋ねた。



「彼女は——天使です……」


「ええ!!?」


 リアストさんの言葉にびっくりして、派手にのけ反った。



「ニッカの姉でもある」


「な!?」


 更なる赤魔くんの追撃。のけ反りすぎて、足がプルプルしてきた。



「あたしたちが優先的に倒すべき目標の一つ。

女神を傀儡(くぐつ)にした、天使の実質的なボスを務める女」


「はぁ!?」


 とうとうのけ反り続ける重心を支えきれずに、わたしは背中から倒れ込んだ。ウィンベルちゃんがすかさずわたしの体を掴んでくれた。



 ……天使が日本でアーティスト活動をしていた……? 

何のために? まさか、自分のファンを天使にするために……?



「六空さんは初めてこのことを知ると思いますが……。

彼女は自分のファンクラブに入会した人々をファンクラブイベントに招待し……彼らに催眠術をかけて虜にした後……本人たちに気づかせずに天使に改造しているんです……」


 メイリー・ミーラ。わたしはあまり関心がなかったけど、彼女は澄まして人間のフリをして、そんなことをしていたのか。



「……その天使にされた人たちは?」


「普通に解放して……理性を保たせた状態でいつもと変わらない生活を送らせるようですね……。

天使を大量に生産しても天界に連れて行くこともないから……誰にも怪しまれない……。

しかし……何かあった時は彼女は迷わずその人々を異形に変貌させ……自分の盾と剣にします……」


「メイリーのやってることは恐ろしいわ。

数十万人いるファンの人たち全員に、メイリーの思想を肯定的に植え付けているの」


 ビフォンの言葉で、わたしは前に赤魔くんが言っていたことを思い出した。



〈天使の目的は、人類全てを天使にして世界の意志を統一し、女神の加護を永続させて永久に不老不死を貪(むさぼ)ること〉


 そうか。人類の意思を天使のボスの意思で統一させてしまえば、みんなが天使化や不老不死に肯定的になってしまう。


 ……あんな誰かを殺してしまう化け物になることを受け入れさせるわけにはいかない。



「それで?

明日の札幌ライブで青い悪魔……前に赤魔くんが言ってた最強の仲間だよね?

封印されてるって……。

その人を天使にするってこと?」


「みてぇだな。

おれたちは以前のお前と違って天使にされる危険はない。

なのに、それをみんなの前でやろうって言ってるってことは……新型神器とやらにそれをやる力が備わっているってことだ」


「じゃあ、この後わたしたちは——」


「——ああ……明日、奴のライブとファンクラブイベントに乗り込み、アイツ——『ソリネス』を助けだす!

そして、できるのなら神器を奪い取り、メイリーとそこにいるであろうニッカも殺す!

奴らの天使生産計画をぶっ壊す!」


 赤魔くんが左手をグッと硬く握りしめて、強く宣言。



 全て達成しなければ今後に響く目標ばかり。


 だが、それら一つ一つの目標自体、達成するのは困難そうなものばかりだ……。



「……いいね。

最高戦力を取り返せて、敵の新武器も奪い、ボスも消し去れる。

全部上手くいけば、形成があたしたちの方に180度ひっくり返る!」


 ビフォンが拳をポキポキと鳴らしてストレッチを始めた。気合い十分(じゅうぶん)のようだ。巫女装束を着ているとは思えないくらい、彼女の気質は活発に溢(あふ)れていそうだった。



「悪いがビフォン。

お前には別の頼みがある。

屋敷で待機していてほしい」


「ええーーー!?」


 出鼻をくじかれたビフォンは、顎(あご)が外れるくらいまで口をあんぐりと開けて、白目をむいて固まった。


 赤魔くんは彼女に近づいていき、ぼそっと耳打ち。



「!」


 ビフォンの目に強い光が宿る。赤魔くんが何を吹き込んだのかはわたしにはわからなかった。



「…………そっか。

そのためにあたしを呼んだんだ」


「そうだ。

他の二人に繋がらなかったのは残念だが、お前が来てくれただけでもこの先の目的は達成できる」


「…………わかった。

けど、後で責任は取れないよ」


「わかってる」


 わたしは二人の会話に不穏なものを感じたが、深く突っ込んではいけないと思って、聞くことはしなかった。



「……あっ、そういやさ!」


 肝心なことを思い出した。わたしは手をポンと打った。



「飛んでいけば特急は使わなくてもいいけど!

ライブ会場のチケットはどうするの?

ファンクラブイベントも、会員証とかが必要なんじゃない?」


 赤魔くんがバッサリと、


「この服のステルス機能を使えばいいだろう」



 ……言われてみれば確かに。肝心なことを忘れていた。



 ならば、他のアーティストのライブやイベントも、ステルスを使えばチケットなしの無賃で鑑賞できるのか……と、わたしの中の悪魔が悪いことを囁いた。




 ……変なことは考えずに、一旦明日のことに集中しよう。



 ジェノを毒殺するのも翼を露出させなければならなかった。


 それよりも段違いに強いであろう、ニッカと件(くだん)のメイリー。


 絶対に翼を露出させなければ勝てない。



 今のわたしに、それができるのか……?



 …………………………。



 迷ってもやることは変わらない。



 なら、やるしかないんだ。



 天使にされたメイリーのファンたち。


 天使になれば苦しんだ挙句人を殺し、赤魔くんに殺される……。


 そんなの、全然ハッピーエンドじゃない。


 悪魔になったわたしの方が、まだ幸せだ。


 だから、天使化なんて、絶対に認めない。



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