第9話 再会




 8月25日の土曜日。17時。

今日は街風町(つむじちょう)2丁目の【街風(つむじ)中央公園】で開かれる夏祭り——【街風祭(つむじさい)】の日だ。



 会場は例年と同じく、人、人、人で賑わっている。


 大きなキャノピーがある中央の広場では、どこかから来たアーティストがバンド演奏をして、お祭りを盛り上げている。


 道路の方は規制され、神輿(みこし)を先導する車と、並んでYOSAKOI(よさこい)を元気よく踊りながら移動する小学生たちで占有中。


 過疎化が進んでいるというのが信じられない程だ。

まだこの辺にこれだけの住んでいる人がいたのか……と、いつも祭りの度に思う。



 どこを見渡しても、お祭りに参加している者たちの瞳は、楽しみに満ち溢(あふ)れて輝いていた。



「六空(りく)、わかってるな?」


「うん、ここで天使を探すんだよね?」


 黄泉(よみ)の世界から帰還したわたしと赤魔(あかま)くんは、お祭り会場のど真ん中に立っている。


 二人とも、ウィンベルちゃんに作ってもらった青みのある黒——濡烏(ぬれがらす)色のパーカーと、黒橡(くろつるばみ)色のカーゴパンツを着用。

揃って、パーカーのフードで顔を隠している。



 黄泉の世界の果ては現世へと繋がる次元の壁となっていて、そこに勢いよく飛行で突っ込むと現世に戻れる仕組みとなっていた。



「……それにしても……」


 わたしは露店の方を見る。様々な良い匂いがわたしの鼻に入ってくる。

焼き鳥、焼きそば、たこ焼き、フランクフルト、揚げポテト、かき氷、チョコバナナ、ラムネ……等、おいしそうな屋台が辺り一面に立ち並んでいる。


 射的や千本引き、金魚すくい、輪投げなど、娯楽系も充実している。

昔はもっと店舗が多く、カブトムシの幼虫を何かで当てて買ったことがある。育てている途中で虹の橋を渡ってしまったが……。



 数々の露店を見ていると何か食べたくなってくるし、何かで遊びたくなってくる。

一応財布は持っているが、ここには大事な調査をしに来ただから諦めなくては。


 

 わたしは深呼吸をして、高ぶる緊張を落ち着かせる。軽くピョンピョンとジャンプして、リラックス。

これからの戦いに備えて集中力を上げていく。



 ……それでも、押し寄せてくる緊張は止められない。


 いけない、この前以上に本格的な天使との戦いがあるかもしれないというのに。


 

「この光景は、まんま平和を体現している。

だが、だからこそ気を抜くなよ。

この中に天使が紛れている可能性がある」


 ……と言いながら、横に立つ赤魔くんはいつの間に買ってきたのか、焼き鳥を夢中で頬張っている。

※ちなみに、この辺りの焼き鳥に使われている肉は豚肉です。



「ほら、食べろ」


「……え、ありがと」


 彼はぶっきらぼうに、もう一方の手に持っていたチョコバナナをこちらに渡してきた。

わたしがチョコレートが好きだと知ってての配慮だろう。彼の心遣いがなんか嬉しい。



「礼はいらないぞ。

お(・)前(・)の(・)奢(おご)りだからな」


「……は?」


 ズボンのポケットをまさぐる。全然気がつかなかった。コイツ、わたしの財布をスって買いやがった!


 前言撤回。


「じゃあ、これでおあいこ!」


 わたしはチョコバナナを受け取りながら、赤魔くんの足を勢いよく踏んづけた。




「って!?

しっかたねーだろ、おれ無一文だし!」


「だからって許可なくやるか、フツー!?

この悪魔!」


「にしても、思いっきり踏むことねーだろ、フツー!?」


「もとはと言えば、アンタが勝手なことするからだろ!?」


「ここまで保護してやっただろ!?

いいだろ、そんくらい使っても!」


「だから、わたしが言ってるのは勝手に〜〜〜」


 わたしたちは一口ずつ持っているものを食べながら、口論を交えてド突き合う。赤魔くんが見た目相応に子供っぽくて、ムキになって返してくるもんだから、こっちも相手にしてしまう。

  


 おかげで、緊張はだいぶほぐれた。もしかしたら、それが狙いで赤魔くんはこのような奇行に出たのかもしれない。



「よし、腹ごしらえは終わった」


「そうね」


 ちなみに、先程のやり取りは周辺の人間には見(・)え(・)て(・)い(・)な(・)い(・)し、聞(・)こ(・)え(・)て(・)い(・)な(・)い(・)。


 わたしたちが着用している衣服のステルス効果。

他には、天(・)使(・)と(・)人(・)間(・)に【自分の位置情報】、【音声】、【手の内】、【実力】、【素性】などを読み取りにくくさせる強度な錯覚効果を持つ。


 これらの効果は、パーカーの胸元の陰陽マークを触るとオンオフができる。発動中はその人物が所持している物も周囲の人間と天使には見えなくなる。



 このように隠密行動用の準備をしてきたが、その上で念のために、わたしたちはお面屋で売っているキャラクターのお面を被ることにした。



「流石(さすが)に広すぎるし、人口が多すぎる……。

手分けしよう、おれは広場の方から奥の芝生の方まで。

お前は入り口から敷地外の近辺を」


「わかった」


 赤魔くんはキツネの、わたしはタヌキのお面だ。



「怪しい奴がいたら、その場で引き返しておれに伝えろ。

即座の連絡手段を用意していなかったのを後悔しているが……仕方ない。

まずはこの局面を乗り切る。

深入りは絶対にするなよ。

あと……着ている服は絶対に脱ぐなよ、天使に見つかるからな」


 別れ際、赤魔くんは念を押すように言った。



「了解」



* * *



 赤魔くんと別れたわたしは、言われた通り公園の入り口の方へと向かう。



 少し緊張がほぐれたとは言え、一人になるとやはり自然と不安が襲ってくる。


 これから先いくらでもこのような体験をするのであれば、早いうちに慣れておかないと……。


 しかし、このまま何も無ければいいと思う自分がどうしてもいる。



 こんな時、どうする……?



 一度、天使との戦いを乗り越えているのに関わらず、こんな調子だ。


 あの時の気持ち、両親と千歳(ちとせ)を奪われた怒りと悲しみを思い出せば、それを原動力に変えられるか……?



「すみませーん!」


 その時、前方から聞き覚えのある声がした。



「友達を探してるんですけど、

どなたか見かけた方はいませんか?」


 今度は別の声。その声も、わたしは知っている。



 足を止めて、声のした方角を注視する。



 じっと目を凝らす。



 僅(わず)か数メートル先、女子が二人立っている。

どちらも制服を着ている。真城高校の——うちの高校の制服だ。


 

 一人はハネたショートヘアで活発そうな、長身の女子高生。


 もう一人は、メガネをかけて利発そうな、おさげ髪の女子高生。


 二人とも、わたしと千歳の写真がデカデカと載ったビラを持って、祭りに来ている道ゆく人々に両者の行方を尋ねている。

それに対して、周囲の人々は基本見向きもしない。動画を撮って面白がっている趣味の悪い奴らもいる。



 …………………………。




「マジか……」


 あまり考えないようにしていた。


 ニュースやSNSも見ていない。


 スマホの通知は切っていたし、そもそも充電があの日以降切れていて電源が点かない状態だった。こっちはそれどころでもなかったし、充電する環境もなかった。



 多分、世間ではわたしと千歳、それぞれの両親が行方不明ということになっているんだ。


 ここに来る時に通らなかったが、あのお互いの血塗られた家の中は、既に警察が捜査しているに違いない。すっかり事故物件と化しているのだろうか?



「1週間くらい前から行方不明なんです。

どなたか知っている方はいませんか?」


「大事な友達なんです!

似ている人を見かけたって情報だけでも!

お願いします!」



 わたしと千歳のこと、探してくれていたんだ……。



 こんな、顰蹙(ひんしゅく)を買ったり晒し者にされそうな場で、なりふりも構わずに。


 そのうち、交通整理の人や警察に止められるってわかってるはずなのに……。



 ごめん……百夏(ももか)、八宵(やよい)……。



 リアストさんが二人のことを監視してくれているっていうから、安心だと思ってあまりあんたたちのことを考えないようにしていた。


 だけど、やっぱり心配するよね……。



 わたしたちは——友達だから。



 わたしと千歳がどうなっているか、あんたたちにはこのままじゃ一生わからないんだ。


 わからないで、このままずっとわたしたちのことを探し続けるんだ……。



 こんなの、残酷すぎるよ、神様。


 こんなことになったのは、全部天使のせい。


 何が天使だ、ふざけるな。




「すみません、少しの情報だけでもいいんです!」


「何か教えてください!

アタシたち、四人でこの祭りに行く予定だったんです!

それが、こんなことになって……」



 ………………ああ。


 ステルスを解きたい。


 お目を取りたい。


 フードを外したい。


 こんな服、脱いでしまいたい。


 わたしはここにいるって教えたい。伝えたい。見せたい。



 …………でも、ごめん。



 本当にごめんなさい。



 わたしは背を向けて踵(きびす)を返す。



「…………もう、探さなくていいよ」


 ポツリとそれだけをこぼして、わたしは歩き出した。



「そのお二人なら、1週間前に会いましたよ」


 ——!?


 急いで振り返る。


 途端に、わたしの頬がキツく締まり、瞳が飢えた狼のように険しくなった。




「え、本当ですか!?」


 涙を流していた八宵の表情が、ぱあっと明るくなった。


「詳しく教えてください!」


 百夏が、声をかけた者に詰め寄って前のめりで尋ねる。



「ええ……。

ただ、有益な情報ではないかもしれません。

そちらの左の方は落とし物を拾った際に、少し言葉を交わしまして。

右の方は弁当屋に行った時にお見かけしまして。

……もしかしたら、あれはこのお二人が行方不明になる前のことだったのかも……」



 ——あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!


 黒い帽子に背広!

赤いネクタイにサングラスの男!


 ……アイツだ、ジ(・)ェ(・)ノ(・)だ!



「日付は、正確に覚えていますか!?」


 八宵がメモを取ろうとしている。


 ……やめろ、そいつから早く離れろ。



「確か……どちらとも8月17日でした。

左の方は10時前くらいだったかと。

右の方は夕方に弁当屋……若葉堂という弁当屋に行った時に、店内にいたんです。

あれは、お店を手伝っているって感じでした」


「8月17日……。

八宵、この日ってアタシたちが最後に千歳の家で会った日だよね?」


「はい。

六空さんが10時前ということは、千歳さんの家に向かっている途中の時間ですね。

千歳さんが夕方ということは、私たちが帰ってからの時間……。

若葉堂というのも一致してますし、少なくともこの方が出会ったのは千歳さんで間違いはないでしょう」


「六空の方は、この人と会った後にアタシたちと会ってるから、行方不明の手がかりとしては弱いか……」


「すみません、この二人と会った時、何か言ってました?

変わったところとかはありましたか?」


「そう言われても、互いに初対面でしたからね……。

特に変化とかは……。

先程も行ったように、左の方は落とし物……あれは何かが入ったポーチですか……。

確か緑色の花柄でした。

それを落としたから拾ってお渡ししたくらいで」


「緑の花柄ポーチ……。

やっぱりこちらも六空さんで間違いはないみたいですね」


「どういうこと?」


「その日、六空さんが千歳さんにプレゼントとしてキーホルダーを渡したんですが、キーホルダーはそのポーチに入っていたんです。

……ちなみに、若葉堂はよく行かれるんですか?」


「いえ、初めてでした。

評判が良かったもので。

買った弁当はおいしかったです。

その日以降行ってはいませんが、まさかそこの娘さんとご両親が行方不明になっていたとは……」



 百夏と情報を整理しながら質問していく八宵に、ジェノはいけしゃあしゃあと答えている。


 犯人が自身の犯行を隠しながら、善意の第三者を装って事件の情報を提供する……。

わたしにはコイツが犯人だとわかっているから、白々しくて滑稽(こっけい)だ。腹が立つ。



 奴は、これも楽しんでやってるんだ。



 天使が——わたしの仇(かたき)のジェノがいた。

早く戻って赤魔くんに知らせないといけない。


 ……でも、足が動かない。


 緊張や恐怖からではない。そんなものはコイツを前にした時に吹き飛んだ。



 コイツの動向が気になって仕方がないんだ。


 百夏と八宵に手を出すのではないかと思って、この場から離れることができない。


 監視していたリアストさんは二人がここに来ることをわかっていたから、わたしをここに向かうように指示したのではないだろうか?



「あの……ちなみに、警察とかにこのことは?」


「いいえ。

ニュースや新聞もあまりチェックしないので、彼女たちが行方不明だとは今初めて知りましたから」


「それは……おかしいですね」


 低く告げる八宵のメガネが光輝き、彼女の瞳が隠れる。


 …………八宵……?



「……はい?」


「私たちは友(・)達(・)が(・)行方不明だとは言いました。

ですが、そのご(・)両(・)親(・)も(・)行方不明になっているとは言っていません。

何故、今初めてこのことを知ったあなたが、ご両親も行方不明になっていると口にしたんですか?」


 すっとぼけているジェノに、八宵は鋭く問い詰める。



「八宵、まさか……この人……」


「ええ。

この方は事件のことを知っててわざと知らないフリをしていた……ではないのであれば、考えられるのは一つ。

きっと、【何か知っている】では済まない重要な情報を持っている……」



 八宵はメガネのブリッジをクイっと持ち上げて、



「何故なら、当事者(はんにん)ですから」


 !


 百夏は一気にジェノに警戒心を露わにした。

八宵の前に立ち、彼女を下がらせようとしている。



「こういう時のために、あえて全部の情報は公開しないでいたんです。

私たちに話してくれる人の中に犯人がいた場合、口を滑らせる可能性にかけて。

こんなにあっさりと、それに一人目で引っかかるとは思いませんでしたが」


「…………それだけで、善意の第三者である私を犯人扱いですか?」


 ジェノは態度を変えずに、首をさすりながら飄々(ひょうひょう)としている。



「では、何故そのように口を滑らせたんですか?」


「なんとなくそう思ったから口にした……。

それが偶然当たっていた……じゃ、ダメですか?

それじゃあ、納得しませんか?」


「しません。

逆に、今のあなたのその、のらりくらりとした動じなさが返って怪しく見えてきます」


「やれやれ、犯人扱いされてしまいました……。

どうしましょう」


「近くに警察がいます。

ご自身が潔白であるのなら、証明しに行きますか?」


「そうよ!

ここには警察がいる!

人も沢山いる!

変なことはできないよ!」


 八宵は強気に攻めていく。百夏も追従していく。



 八宵は短い会話だけで、もう完全にコイツが黒だと確信している。


 自分の直感もあるのだろうが、スゴイ。物的証拠があるわけでもないのに……。


 もしかして、ハッタリでとりあえず怪しいコイツを犯人扱いして、向こうの態度を伺おうという意図だったのかもしれない。


 八宵は自身のない時はオドオドしているけど、確信を得ている時は毅然と場を支配する。それがなんだか大人っぽくて格好いいんだ。



「フフフフ……」


 ジェノが俯き、怪しく嗤(わら)い出した。



 ヤバイ、コイツは何かする!



「お見事です、素晴らしいハッタリでした!

当たってますよ、私が一連の事件の犯人です!」


 高らかに楽しそうに宣言するジェノの胸ぐらを、百夏が激しく掴んだ。



「おい、コラ!

本当にテメェが犯人なのか!?

六空は!?

千歳は!?

二人のご両親は!?

どこへやった!?

言え!!」


 ジェノは黄色い歯をむき出しにして嗤いながら、百夏を振り払う。



「ご安心を!

あなた方も同じ思いをさせてあげましょう!

受けよ、我が【救済】を!!」


 ジェノは天高く、無数の水晶玉のようなナニカを投げつけた。





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