デビル・イン・アルカディア〜今なら悪魔に転生するとハッピーエンド確定です〜
芝国ちあき
1章 悪魔と天使
第1話 ああ、美しき最後の日常
8月17日。金曜日。
この日——わたしは多くの
最後の日常だった全ての始まりの日だ。
……照りつける日差しが
「おやおや、ちょっとそこの
コレ、落としましたよ」
歩行者がまばらに歩く十字路の真ん中。
声をかけられたわたし——『
「そう、あなたです。
ほら、コレ。
落としたらマズイものでしょう?」
そこに立っていたのは、背広を着た男性。黒い中折れ帽子を被り、赤いネクタイを付け、サングラスをかけている。失礼だが、カタギではなさそうな感じがする(根拠は全くない)。
彼はわたしに何かを差し出してきた。
「え……!
(うそ、なんで落としたの!?
ちゃんとかばんにしまってたのに!)
……あ、すみませんっ、ありがとうございます!」
男から手渡された、緑色の花柄フラットポーチを受け取る。
一応その場で中身の紛失がないか確認。……大丈夫。何も取られていない。
「ふふ……。
物の大切さっていうのは
「……は、はは…………」
わたしはなんとなく気まずくなって、思わず自分のフワフワとしたワンサイドアップのくせ毛をいじる。
「今後も気をつけるように」
男は中折れ帽子に手を当てながら、意味深なことを言って立ち去っていく。
「あ、ありがとうございました!」
わたしは深々と頭を下げる。
しかし、頭を上げた時、既に男の姿はどこにもなかった。
この男との出会いが、後の惨劇と悲劇を引き起こす原因になるとは、この時は思いもしなかった……。
* * *
一応、わたしの自己紹介をしておこう。
『
左目の下の泣きぼくろが特徴……だと思う。顔の彫りが深くて目つきも鋭いみたいで、周りからはクールなイメージを持たれることが多いけど、そんなことはありません。趣味は走ることやゲーム。身長150cm(もっと伸びたい……)。
ピンポーン!
目的地である友達——『
しばらくしてドアが開き、優しい笑みを浮かべた細身の女性が顔を出した。
「六空さん、いらっしゃい」
「こんにちは」
「千歳なら部屋にいるわ。
千歳のお母さんに軽い挨拶をすませたわたしは、家に上がる。
「おお、六空ちゃんかぁ。
久しぶり」
「どうも、お邪魔します」
お父さんにも挨拶をし、2階へ続く階段を
2階。ドアは全て閉まっている。
突き当たりの部屋が千歳の部屋だ。近づくと少し話し声が聞こえてくる。
ノックした後部屋のドアを開けた。
「うぃ〜す。
お待たせさん」
部屋には千歳と八宵がいた。
部屋の真ん中に置かれた丸テーブルに向かえ合って、夏休みの宿題に取り組んでいる。
きちんと整理整頓と掃除がされている、スッキリとした六畳の部屋。窓の側には観葉植物が置かれていて、綺麗な空気が保たれている。
千歳は上下スウェットのラフな部屋着だが、わたしと八宵は半袖の白いセーラー服に
うちの高校は校則が厳しいので、親と一緒じゃない限りは外出は制服(または学校指定のジャージ)じゃないといけない。非行防止のためらしい。
「よっ!」
千歳が元気に立ち上がる。
彼女の前髪ぱっつんのロングヘアがゆるりと靡く。その髪はサラサラしていて、わたしはいつも触りたくなっていた。
「な〜んか、甘い匂いがするな〜」
千歳のぱっちりとした瞳が、細い疑惑の目に変わった。
「香水じゃなくて、アイスクリームとチョコレート食べてきたから。
あ、ちなみにちゃんと歯は磨いてるから」
「六空って、毎朝それなんだっけ?
体に良くないよ」
「はいはい、お母さん」
『
クラスの真面目な委員長。母親のように少しうるさいけど、とても良い奴。両親は【若葉堂】という弁当屋を営んでいて、彼女も時々手伝いをしている。身長158cm。
「こんにちは、六空さん」
千歳といつものようなやり取りをしていると、八宵が丁寧にお辞儀をしてきた。赤いリボンで留めた彼女のおさげが優雅に揺れ動く。
「八宵。
今日は頼りにさせてもらうから」
八宵特有の困り眉が、くしゅんとほぼ八の字に変形。
メガネの下の表情も一気に曇った。
「それが……私もあんまり進んでなくて」
「ええ!?
そんなぁ!」
「本を読むのに夢中で忘れてまして」
『
勉強が得意でいつも落ち着いてるし、敬語口調でなんか強者って感じがしてかっこいい。だけど、宿題は後回しにするタイプ。あと、ライブ鑑賞が趣味らしい。身長161cm。
「ニシシ〜、残念!
やっぱり宿題は自分でやんなきゃね」
千歳がうなだれているわたしを笑い飛ばしながら、席へと連れて行く。
「千歳は全部終わったの?」
「当然!
じゃなきゃ、偉そうにできないっしょ」
彼女は誇らしげなピースとドヤ顔を向けてくる。
……くそ、優等生はこれだから。
「
「さっき起きたって連絡が。
もうすぐ来ると思いますよ」
「アイツが一番やってないだろうね」
そう。もうおわかりいただけただろうが、今日わたしたちが集まった理由は、
以下、昨日のグループチャット。
⚪︎千歳
〈夏休みが終わるまで、あと3日!
みんな、宿題は終わった?〉
⚪︎八宵
〈全然やってないです……。
でも、まだ3日あるので〉
⚪︎百夏
〈なんかあったっけ?〉
⚪︎六空
〈あーあれだ。
千歳氏の妄想だよ。
宿題? そんなものないない〉
⚪︎千歳
〈だ〜〜〜〜〜!!
どいつもこいつも!!
明日、10時にあたしのうちに集合!
宿題持ってこい!!〉
⚪︎百夏
〈いや、千歳氏。
アタシは明日バイトあるから〉
⚪︎千歳
〈この間、その日は夕方からだって言ってたよね?〉
⚪︎百夏
〈ギク……!!〉
⚪︎千歳
〈いいから来い〉
⚪︎八宵
〈私は明日までに図書館に返さないといけない本が……〉
⚪︎六空
〈じゃあわたしは、10時から見たい配信があるから〉
⚪︎千歳
〈いいから来い。
二度も言わせるな〉
……ということである。
「はぁ〜〜、こっから地獄の時間かよ〜。
つーか、なんで北海道って夏休み短いの?」
「文句言わない。
その分冬休みは本州より長いんだから。
あたしも手伝うし、きちんと宿題は終わらしてあげるから」
「それに、今日はおばさまとおじさまが、お弁当を
千歳と八宵が、悪態を漏らしながら席に着くわたしにアメを与えてくる。
「おっ、マジで!?
いや〜、ここの弁当ってほんとおいしいよね〜!
あのボリュームとおいしさで150円ってさ。
自販機と同じかよって」
「ありがと。
嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「ご馳走様です!」
奢ってもらうという言葉で、わたしはあることを思い出した。
「あ、そういやさ、昨日一番くじで当たったんだよね。
千歳が欲しがってたやつ。
ほら」
わたしはカバンに入れていたフラットポーチを取り出し、中に入っていたキーホルダーを千歳に差し出す。
「…………えっ、いいの……?」
「そりゃ、いいよ。
わたしはわたしで目当てのゲットしたし。
今日のお礼だと思ってもらえれば」
それは、わたしと千歳が好きな漫画のキャラクターのキーホルダー。一番くじのG賞という低ランクの景品だが、選択できない12種類ある中から、千歳の推しのグッズを獲得するのは結構な運が必要だった。
自分と千歳の分もゲットしようと意気込んで何回もチャレンジした結果、3回目で千歳のプレゼントは当たり、自分の目当ては15回目でようやく当たった。
キーホルダーを渡された千歳は嬉しそうに小躍りし、
「ありがと!
弁当に春巻き3個サービスしてあげる」
「はは、あんたは天使かよ」
すると、わたしたちが話している横で、八宵が身悶えし始めた。
「あぐ……っ!
すみません、私は何もあげられるものがなくて」
「ああ、別に誕生日プレゼントでもないんだから気にしなくていいよ」
「いえ、私も今日のお礼がしたいなと」
千歳がモジモジと可愛らしく食い下がる。この子はこの子で凄く真面目だ。義理堅いというか、借りを嫌うタイプらしい。
「……う〜ん、それじゃあさ。
今度——」
「——ごめん、遅れたっ!」
フローリングの床を勢いよく滑って現れた、長身で少しふっくらとしたスタイルの小顔の少女。横にハネた茶髪のショートヘアが乱れている。
彼女は学校の赤白ジャージを着ていた。
「寝坊・遅刻とはどういうこと?
昨日はバイト遅くなかったよね?」
「いや、ネットでお笑い見てたから。
コントってホント面白くてさ、やめ時わかんなくなるんだよね。
コントにホント……ぶふっ。
あっ、それで、そしたら4時近くでさ——」
「——はい、もう結構。
早く座れ」
「……ごめんて」
『
明るくサッパリとしたムードメーカー。いい加減なところがあって、わたしと一番似ている。小中学校同じだったけど、高校に入って初めて同じクラスになって交流を持った。ちなみに一人暮らし。身長170cmで羨ましい。
「〜けど、っね!
差し入れ色々持ってきたし、夕方まで頑張るから、許して!」
百夏はブルっと肩を振るわせ、後ろ手に隠していたらしいビニール袋を突き出した。
中には、スポーツ飲料水やお菓子等が入っている。
「百夏さん、ありがとうございます!」
「サンキュー、百夏!」
「全く、しょうがないんだから。
……ありがと、いただきます。
…………んんっ、」
千歳は一度咳払いして呼吸を整え、
「——それじゃ、一気に片付けるよ!」
「「「おおーー!!!」」」
彼女の号令とともに、わたしたちは
* * *
16時20分。玄関前。
優等生の千歳と頭の良い八宵の強力な協力タッグ。おかげでわたしたちは夏休みの宿題を無事に終わらせることができた。
百夏もバイトに間に合うようにと、一人で二人分くらいの集中力とスピードで問題を解いていた。
朝の時点ではほぼ白紙の山だった宿題が、嘘のようにびっしりと回答で埋まっている。たった数時間であの山の量が終わらせられるのなら、今後もこの手に頼るしかない。
「は〜、なんとかバイトまでに終わったね。
ホント、助かったよ。
みんな、ありがとね!」
17時からスーパーでバイトがある百夏は、すぐにここを出なければならない。このまままっすぐバイト先に向かうようだ。
「冬休みはこんなことにならないように。
ちゃんとコツコツやってよ」
「「「ギク……!!」」」
八宵も百夏もわたしと
「まっ、それよりさ。
今度お礼にハンバーガーでも奢るから」
百夏は調子良く話題を切り替える。
すると、
「……あっ、それならさ。
百夏が来る直前に、八宵に言おうとしてたことがあったんだけど……っ、」
千歳が何かを思い出したように手をポンと打った。
一瞬、彼女がふらついたように見えたのは気のせいだろう。
「何?」
「今度、カラオケに付き合ってよ。
もちろん、みんなでね」
千歳の趣味はカラオケだ。ストレス発散したい時に一人でよく行くらしいが、わたしたちは一緒に行ったことがなかった。
「からおけっ!?」
突然、八宵が大きな唇を
「アレ?
嫌だった?」
「い、いえ……。
カラオケ……最後に行ったのはいつでしょう。
10年前くらい…………かな……?」
「マジか。
……ランドセル背負ったか、それ以前って感じか。
それじゃ、全然カラオケの記憶ないでしょ、八宵っち」
百夏が心配そうな眼差しを八宵に向ける。八宵は目を丸くしてあたふたしている。彼女は普段は冷静なのだけれど、自信を失くすと途端にこうなる。そこが人間臭くて良いんだけど。
「大丈夫。
採点しないし笑わないから」
「そうそう。
八宵が好きな曲歌えばいいんだよ。
推しっているんでしょ?」
「……あ、えっと、はい……。
一応」
「今話題の『メイリー・ミーラ』とか?」
わたしは思いついた流行りを挙げた。百夏もそれに反応する。
「……そう言えば、アタシのバイト先の先輩とその友達が、最近メイリーのファンクラブに入ったって言ってたなぁ」
「いえ……メイリーはそこまで好きではなくて。
私の推しは、あんまり曲は出してない方々なんですけど。
多分、曲なら配信されては……いると思います」
八宵は明後日の方向を見てたどたどしく答えた。
どうやら、彼女の推しはマイナーな人たちらしい。なんというか、古風な感じがする八宵らしい。
「じゃ、それ歌ってよ。
楽しみにしてる」
「…………わかりました。
覚悟決めました。
久々にカラオケ、行きます」
「大袈裟。
あたしみたいにストレス発散くらいの感覚で行こうよ」
「そそ。
堅いんだよ、八宵っちは」
「そうそう、わたしらみたいにお気楽で行こうよ」
「百夏、六空。
あんたらはお気楽すぎるけどね」
「…………ふふっ」
「そういや、来週の土曜日はみんなで
「あっ、忘れてました」
「じゃあ、土曜日はみんなでお祭り楽しんで!
日曜日にカラオケにする?」
「良いね!」
こうして、わたしたちは今度また会う約束を交わして別れた。
その約束が
また、この直後にわたしたちに【残酷な運命】が待ち受けていることを知る由もなく…………。
* * *
三人を見送り、あたし——若葉 千歳はドアを閉めた。
「はぁ、はぁ…………」
荒い呼吸を整えながら、階段を上がり自分の部屋に向かう。
「…………なんか、気分が悪い」
いつからだ?
百夏が来る前後か?
いや、みんなが揃って1時間くらい経ってからか?
今日の集まりの言い出しっぺのあたしが体調崩したってなったら、示しがつかないし宿題を終わらせることをあてにしてるみんなに申し訳ない。
だから——必死に隠して無理してた。
多分、バレてないはず。
なんだかんだみんなは鋭いし、気遣い女子ばっかりだから、油断したらバレると思って本当に必死だった。
「うぐっ、」
部屋に着いたあたしは、そのまま勢いよくベッドに横になる。
もうこのまま寝てしまおう。疲れた。
………………生きるのに疲れた?
……いや、何を言ってるんだ、あたしは。
急に芽生えた変な考えを振り払いながら、寝返りを打つ。
「?」
なんだ、これは。
変な感触と、急激な重みと謎の痛みが背中に。
あたしの背中に何かある。
あたしは立ち上がり、鏡で自分の背中を映した。
「……………………羽!?」
それから間もなくして、あたしは死んだ——
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