第13話 早苗さんのご飯

「せんせぇ〜、おーきーてー」


宇宙が僕の体を揺さぶっている。


「宇宙…ごめん…もうちょっとだけ寝かせて…」


僕は辛うじてそれだけ呟いた。


昨晩、天文台の装置が微弱な電磁波をひろい、その座標に天体望遠鏡を向け、観測用のデータ写真を撮影してみたところ、活発になったガスの動きが観測できた。夢中になって観測し続け、気付いたら朝だった。


つまり、僕はほぼ寝ていない。


寝ていたい睡眠欲と、保護者として子供に朝ご飯を作らなければという責任感が僕の頭の中で戦いを始め、僕は祈りを捧げるような姿勢で布団の上に丸くなった。


「あ、ほら宇宙くん。先生お疲れなんだからもうちょっと寝かせてあげて」


優しく響く高めの声がした。

その声が更に近づいてきて僕に言った。


「大丈夫よ先生。宇宙君に朝ご飯は食べさせとくから、もうちょっと寝てなさいな」


「そうですか……ありがとうございま…す」


寝惚けた頭でそれだけ呟いた僕はもう一度体の力を抜いて寝転がり、眠りに落ちようとしてガバっと覚醒した


いや!誰!?


この宿舎には僕と宇宙しかいないはずだ。

布団の上に飛び起きると、台所からまた高めの声がした。


「あら、起きちゃった?」


ふくよかな癒し系の顔、黒い髪をハーフアップに纏めた村長夫人の早苗(さなえ)さんがオタマを持ったままこちらを覗き込んでいた。


出汁の良い匂いが漂ってきている。


「え?何でここに?」


「そろそろ先生子育ての疲れが出る頃じゃないかと思って、大正解〜」


やや天然なところがある早苗さんは、僕の問いに嬉しそうに斜め上の返答をくれた。


「起きちゃったんなら先生も食べちゃって」


よく分からないけど、お母さんってこんな感じなのかなと思いながら、僕は宇宙に手を引かれるまま居間に移動した。


卓袱台には、油揚げと茄子と長ネギが入った味噌汁、焼き鮭、温泉卵、胡瓜の浅漬けがまるで旅館の朝食のように並んでいた。


「ほら、何やってるの〜、座って座って!」


そう言いながら早苗さんはツヤツヤに炊き上がったご飯をお盆に乗せて持ってきて味噌汁の奥に置いた。


宇宙の分の鮭は骨を取って丁寧にほぐし身にしてある。


「いただきま〜す」


宇宙は嬉しそうに正座して手を合わせた。


「はい、どうぞ〜」


早苗さんは、まるでそれが日常であるかのように返事をした。


寝起きの頭は、まだこの状況に半分ほどしかついていけていない…


宿舎の鍵はかけたよ…な?


「あ!先生起きてるー!」


今日は黄色いツナギを着た祭さんが、さも当然というように土間から現れた。


「ほら、先生!早く食べよ!お祖母ちゃんのご飯美味しいんだよー!」


祭さんは宇宙の隣に座って僕に手招きした。


もはや突っ込むのは野暮ってやつだろうか…

僕は呆然としながら祭さんとは反対側の宇宙の隣に胡座をかいた。


「いただきます」


そう呟いて味噌汁を一口


「あ、美味い」


口からこぼれ落ちるように声が出ていた。


「でしょー!?ちなみにこの胡瓜は私が育てたやつね」


祭さんはまるで自分が褒められたような笑顔になった。


「おいし~ね」


宇宙がにっこり笑って僕を見た。


「そうだね。美味しいね」


僕も宇宙を見て頷いた。


「良かったわ〜喜んでもらえて〜おかわりあるからね~」


にこにこしながら早苗さんはご飯が入った土鍋を持ってきた。


「このご飯土鍋で炊いたんですか?」


「そうそう!ふっくら炊けるのよ〜」


「かあちゃんの飯は美味いだろ!先生!」


いつの間にか村長の治雄さんが後ろにいた。

僕はビクッとして振り返った。


「治雄さん!?どこから?」


「まあまあ、細けぇ事はいいじゃねーか」


「もしかしてこの宿舎の合鍵とか持ってます?」


「合鍵ぃ?そんなもんねーよ」


じゃあこの一家は何処から入ってきてるんだ…

凄く気になるけど、絶対教えてくれないんだろうな…


僕はもはや諦めの気持ちで味噌汁を飲んだ。


「ソラ君ごはん粒ついてるよ」


祭さんが宇宙の口元についているご飯粒をとって笑った。


「美味いか?ぼうず!」


「おいしい」


「良いわね〜育ち盛りね〜」


「ソラ君これも食べてみて!」


目の前で繰り広げられる会話はまるでホームドラマの様で現実味がなかった。


こんな朝の風景と、自分は無縁だと思っていたのに。今、間違いなく僕はこの風景の一部としてここにいる。


不思議なようでどこか暖かい、何とも心がこそばゆい。こんな朝を迎えるのも悪くはないなと思った。


まあ、絶対

どこから入ってきてるかは突き止めてみせるけどね…。

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