第11話 畑の畠さん

勝さんから連絡を受けた僕は、宇宙を連れて役場への道を歩いていた。


「お!先生!本当に隠し子いたんだな!」


底抜けに明るい声が頭上から聞こえてきた。

僕は声がした方を見上げた。

小道の横には、少し高くなった位置に段々畑が広がっている。


その段々畑の持ち主、畑をやってる畠(はたけ)さんが、鍬を片手に小道を見おろしていた。


頭には白いタオルを巻き、グレーのツナギを着ている。日に焼けた顔には無精髭が生えているが、それがワイルドさを醸し出すなかなかの美丈夫だ。

この村にいる若者の一人、といっても恐らくは僕より10歳〜12歳位年上だろう。


昔は「ヤンチャ」と言う言葉では誤魔化せないレベルのヤンチャをしていたらしく、腕まくりをした袖からは竜のタトゥーの尻尾が覗いている。


「隠し子じゃありません。僕の従姉妹の子供です。」


「その従姉妹の子供をさぁ〜引き取って育てるってのが凄いよなぁ!」


畠さんは僕の側まで歩いてきて言った。


「よぉ!噂のアストロボーイ!」


身長が180センチを越えているだろう長身の畠さんは、大きく腰を屈めて宇宙に挨拶してくれた。


急に声を掛けられて怖かったのか、宇宙は慌てて僕の後ろに隠れると、僕のズボンをギュッと握った。


「え?俺怖い?大丈夫だって!お巡りに捕まったのなんて十何年も前の話だよ」


「畠さん…余計怖がりますよ」


お巡りさんや捕まる等の断片的な言葉を拾った宇宙は、信じられないものを見る顔で畠さんを見ていた。


「あははは、可愛いなぁ〜」


怖がる宇宙を面白がって、畠さんは腕のタトゥーを見せながら言った。


「なあ、アストロボーイ!俺のこの腕の竜はなぁ〜夜になると子供をバクーって食いにいくんだぞぉ!」


ビクッとして、宇宙は僕の足に顔を埋めると小さな声で呟いた。


「このおじさんキライ」


嫌いと言われた事など気にもとめず、畠さんは大声で笑いながら宇宙の頭を撫でくりまわした。


たまにいるんだよなぁ…こういうどうしようもない冗談を子供に言う大人…


僕は畠さんに呆れた目を向けた。

畠さんはその視線に気付いたのか、宇宙を撫でるのをやめて聞いてきた。


「何で引き取ることにしたの?やっぱり“施設は可哀想”だから?」


畠さんの顔は笑っていたけど、口調に引っ掛かるものを感じた。


この言い方…

この諦めと少しの苛立ちが混じったような口調…


もしかして…


「もしかして畠さんも施設育ちだったりします?」


「え!?“も”って事は先生もそうなの?」


「はい」


「マジかよぉ!意外なとこに共通点あったな!」


畠さんは嬉しそうに僕の肩を組んだ。


「こんな立派な学者先生が同じ境遇だったってアツイな!昔憐れみの目ぇ向けてきた奴ら全員に先生肩車して見せびらかせたい気分だよ!」


「絶対やめてくださいね」


畠さんなら僕を肩車して街まで走りかねない。

それぐらい元気でバイタリティーがある人だ。


「冗談だって!海舟さんとこ行くんだろ?ウチの野菜持ってってくれよ!」


何故僕が勝さんのところに行くと、畠さんが知っているのか…

恐るべし村の情報力…


「ほら!アストロボーイもおいで!トマト収穫やってみな!」


畠さんはニカッと笑って手招きしながら段々畑を登って行った。


          ◆◆◆


宇宙が持つとハサミもトマトもだまし絵みたいに大きく見えた。


畠さんに介助されつつ、畠さんを警戒しながら、宇宙は小さな手でパチンとトマトのヘタの上を切った。


両手で嬉しそうにトマトを持って宇宙が畦道に座る僕のところに走ってきた。


「せんせい!とれた!」


「美味しそうだな。凄いね」


僕の言葉に宇宙は自慢気な顔をした。


「アストロボーイ!それここで冷やしときな」


畠さんは横を流れる細い沢に籠をセットして言った。すでに籠には少し形の悪いキュウリが数本入っている。


宇宙は疑いの表情を向けた。


「とったりしねーよ。ほら、先生に食べてもらおうぜ!」


宇宙は僕を振り返り、僕が笑顔で頷いたのを見ておずおずとトマトを籠に入れた。

畠さんは宇宙をヒョイッと抱き上げた。


「ほら、この水触ってみな」


「つめたーい」


宇宙はキャッキャとした笑い声をあげた。


「そうそう、ここで野菜冷やしてから食うと上手いんだよ」


畠さんは宇宙を地面に降ろして僕の隣に腰掛けた。宇宙は興味深そうに茄子が植わった畝の周りをウロチョロしている。


「可愛い盛りだな〜」


「畠さん子供好きなんですか?」


「そりゃあ、施設でもチビ達の面倒見てたからな〜」


畠さんは水筒のお茶を一口飲んだ。


「俺途中でグレてさ、髪もキンキンに染めて大人からはよく怒られたんだけど、子供は違ったんだよな…」


「え?」


「見てくれじゃなくて中身で懐いてくれるんだ、お兄さん、お兄さんってよ。あいつらは元気でやってっかな〜。俺みたいにはならず先生みたいになってて欲しいなぁ…」


「そうですか?」


「ん?」


「こんなに立派な畑で美味しい野菜を作れる畠さんみたいな人になるの…僕は凄く良いと思いますけどね」


僕の言葉を聞いた畠さんが豪快に笑い始めた。

あまりの声の大きさにビックリして宇宙が小陰に隠れた程だ。

笑いながら畠さんは言った。


「あ〜、ははは…心配になるわ先生!良いやつ過ぎて…」


「僕はそんなに善人じゃないですよ?」


「先生はそのまま先生でいてくれな」


畠さんは立ち上がってお尻についた土を軽く払った。


「ほら!アストロボーイ!そろそろトマト食えるぞぉ〜!」


宇宙が嬉しそうに沢で冷えたトマトを僕のところに持ってきた。


「くれるの?」


僕の問いに宇宙は静かにこくんと頷いた。


一口かじって驚いた。スーパーで買うトマトより味が濃い。濃厚な甘みとトマト独特の青い香り。

こんなに美味しいトマトは食べた事がなかった。


「美味しい!ほら、宇宙も食べよう」


宇宙もトマトをかじって目をまん丸にしてから笑った。


「おいしー」


僕らを見ながら、畠さんは嬉しそうに微笑んでいた。

          ◆◆◆


「長々引き留めて悪かったな!」


畠さんはそう言って野菜でパンパンになった袋を2つ渡してきた。

1つは勝さんに渡す分で1つは僕たち用

有難いけど凄く重い…


両手に袋をぶら下げながら役場にたどり着いた。

扉を開けると勝さんが笑顔で迎えてくれた。


「野菜ありがとうね〜重かったでしょ?」


勝さんの口調は、僕達が野菜を持ってくることを知っているようだった。


田舎の情報網…


僕が苦笑いする横で、宇宙が勝さんに嬉しそうにトマトを渡した。


「ぼくがとった!」


「おー!ありがとう!凄いね〜」


勝さんに頭を撫でられて、宇宙は満更でもなさそうだった。

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