その手の中に宇宙を
名見 透真
第1話 宇宙がやって来た
「つまり…その子は僕の従姉妹の子供…だと?」
「そう。」
突然連絡してきて、あれよあれよという間にこの限界集落まで押し寄せてきた、僕の大叔母を名乗る初老の女性は、ハンカチで自分を仰ぎながら頷いた。
この宿舎には残念ながらクーラーが無い。
山奥独特の爽やかな風は通るが、都会のクーラーが効いた部屋に比べれば暑いだろう。
大叔母の隣には、サラサラの髪をパッツンにした可愛らしい少年が行儀よく正座をしている。
大叔母はこの少年を「宇宙」と書いて「そら」と読むのだと言っていた。
歳は…4歳位だろうか?
「で?僕に…その子を引き取って欲しい…とは…どういう…?」
さっき一通り説明はされたけど、いまいち状況を飲み込めない。
だいたい、この大叔母という人にも僕は初めて会ったのだ。
「だからね…あっちゃん…あ、宇宙くんのお母さんがね事故で亡くなったの…」
「それは、分かりました。そのあっちゃんとやらが、僕の父の兄の娘?さんなんですよね?」
「そう。で、
そこまで言って、大叔母は隣に座る宇宙に視線を落とすと、内緒話をする様に囁いた。
「急にいなくなっちゃったの。」
それもさっき聞いた。
そこからの話が僕には理解できないのだ。
「それは分かったんですけど、何で僕がその子を引き取るって話になるんでしょうか…?」
できる限り落ち着いたトーンで、冷静に、僕は問いかけた。
「私達夫婦はもう年だし…私の息子夫婦にはもう子供が3人いるし…義之さんの親戚にも事情があるみたいで…4歳の子供を引き取るっていうのは…ちょっと…ね?」
わかるでしょ?とでも言いたそうな笑顔で大叔母は言葉を濁した。
そして取り繕うように明るい声を出すと、パチンと手を叩いた。
「その点あなたは成人してるし、偉い学者先生だっていうし、こんな立派な一軒家にも住んでて、今日お会いした感じ人柄も良さそうだし!あなたになら宇宙くんを安心して預けられると思って、ね?」
ね?じゃないよ。
僕は軽く眉間を摘んで息を吐いた。
「学者といっても僕は単なる雇われですし、ここは横にある天文台の宿舎で僕の家じゃありませんし、給料もそんな良いわけじゃ…」
「でもその日暮らしってわけではないんでしょ?」
「そりゃそうですけど…僕だって最近ここに来たばっかりで、自分の事で精一杯といいますか…」
「あなたも駄目なら…施設に入れるしかなくなるの…でもほら、施設はちょっと…可哀想でしょ?」
同情を誘うような大叔母の言葉は僕の心をざわつかせた。
施設育ちは可哀想…今迄に何度その憐れみの視線に晒されてきた事だろう。
「あの…」
「星のせんせ〜!居る〜?」
話の腰を完全に折るタイミングで玄関から声がした。
少し掠れたハスキーな声…
僕は大叔母に断りを入れて玄関に向かおうとした。
それより早く土間から続くこの部屋の引き戸が開いた。
「あれ?お客さんだった?」
野菜が入った段ボールを抱えた小麦肌の美女が、やらかしたという顔で立っていた。
濃い茶色の長い髪を高い位置で一纏めにした彼女は、いつだって元気とパワーの塊のような雰囲気をしている。
毎日色の違うツナギを着ているが、今日のツナギは消防士を思わせるオレンジ色だった。
「祭さん…また勝手に…」
「ごめんごめん!こんな田舎に人が来るなんて思わなくてさ!」
笑顔でそう言う祭さんの口調には全く反省の色がない。
この村の人達は、こうして普通に家に上がり込んでくる。
「あの、今大事な話を―」
「え?可愛い〜!せんせーの子供?」
祭さんは僕の話を全く聞かずに、段ボールを床において宇宙の側にしゃがみ込んだ。
宇宙は目を丸くして固まっている。
「あたし祭!よろしく〜!ね、せんせ!ちょっとこの子と遊んできて良い?」
宇宙と握手をしながら祭さんは僕の方を振り返った。
「僕の子供じゃないですし…えっと…」
一気に情報が押し寄せてパニックだ。
祭さんの勢いに、大叔母も少し引いている。
「お名前は?」
祭さんは宇宙に聞いた。
「……そら」
小さな声で宇宙が答えた。
初めて聞いた従姉妹の息子の声は、想像していたよりずっと高くて弱々しかった。
「ソラ君かぁ〜!良い名前だね!横の天文台にある展望デッキさ、お空がよく見えるんだよ!一緒に行こう」
祭さんは宇宙の手を引いた。
都会なら完全な不審者だ…。
困ったような顔で僕を見る宇宙に、僕はしゃがんで目を合わせながら言った。
「このお姉さんは怪しい人ではないよ。展望デッキは景色が良いから行っておいで。機械には触らないでね。」
込み入った話は子供がいない方が良いだろう。
そう思った。
僕は立ち上がって祭さんに言った。
「よろしくお願いします。」
「任せて!」
祭さんは元気にピースサインをすると宇宙を連れて宿舎を出ていった。
最後に一度だけチラッと僕を見た宇宙に頷きを返して、僕は戦場に戻ることにした。
敵の大叔母は改めてニッコリと笑いながら卓袱台の前に正座していた。
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