第26話 これから

 あのタイミングで魔物の大群と暗黒竜が現れたのは、偶然なんかじゃない。彼らは、シャディアの闇属性の魔力に吸い寄せられるように現れたのだ。

 緋炎竜が現れたのも、勇者パーティーが訪れた際にシャディアが解放したほんの微量の魔力に吸い寄せられたのだろう。

 なぜ、魔物が闇属性の魔力に反応するのか。

 昔、バルガザードがこう言っていた。



「闇属性は、魔物の魔力に一番近い魔力の波動をしている。」


「波動?」


「人間には、認識できぬものがあるのだ。我にも説明できん。」


「つまり?」


「お主の魔力は魔物にとっては、ご馳走ということだ。」



 その言葉があったから、シャディアは日常的にその膨大な魔力を隠していたのだ。ほんの微量でも魔力を放出すれば、周辺の魔物がうじゃうじゃ寄ってきた。

 両親と対峙したとき、私は濃い魔力を放出した。あれだけの量を解放したのは、人生で初めてだった。

 だから、彼らは食いついたのだろう。

 あれほどの魔力を放出したのだから、魔物の襲撃があの大群だけで済むとは到底思っていなかった。だからこそ、シャディアが表立って魔物の大群に手を下すことはなかった。

 そして案の定、暗黒竜が現れた。

 暗黒竜の自爆は、シャディアの影が爆発ごと吞み込んでしまった。結果、被害なんてものは存在していない。

 なら、どうしてリヒトたちを避難させたのか。


 正直、確証が持てなかった。

 もし、失敗したら? 抑えきれなかったら?

 その不安が拭いきれなかった。


 あの日から、もう数か月が経っていた。

 あれから、人間とは誰一人会っていない。


 きっと、麓の村にまで、私の存在は広まってしまった。もう不用意に村に降りることはできないだろう。

 身の回りの必要な物は、ボルグさんに頼んでもらっている。


 暗黒竜の素材を渡したら、これからも協力してくれるそうだ。


 なんでだろう。リヒトと別れてから経った時間より、リヒトといた時間の方が短かったはずなのに。

 なんで、こんなに――。


 いつも通りの魔王城のはずなのに、なぜかいつも以上に広く感じてしまった。



「シャディア。なんでそんなに浮かない顔をしているの?」


「ん~、だって……。」



 言えない。私なんかの身勝手な思いでリヒトを縛るわけにはいかない。



「いいよ。言って。」


「私が、勝手に、リヒトを、ここに連れてきて。」


「うん。」


「私は、魔王だから。一緒に、いちゃ、いけないのに。」


「それは誰が決めるの?」



 あれ? 私今誰としゃべって――。



「なんで……。」



 そこにいたのは、ここにいるはずのない人だった。

 どこまでも広がる大空のように澄んだ青い瞳が優しくシャディアを見つめていた。



「あんなに、泣きそうな顔でお別れされたって、僕が素直に離れる訳ないでしょ?」



 ああ、リヒトには全部バレていたんだな。



「まあ、もう一回ここに来るのに、結構時間がかかっちゃったんだけどね。」



 ああ、せっかく頑張って堪えてたのにな。全部台無しになっちゃうじゃん。



「僕はシャディアと一緒にいたい。誰が何と言おうとそれだけは譲れないから。」



 それに、今日ここにリヒトが現れたことで一つ分かったことがある。

 リヒトには、私の索敵魔法が通用しない。緋炎竜のときも、リヒトが冥界から帰って来たときも、私はリヒトの存在に気づけなかった。



「ねえリヒト、ちなみになんだけど。」


「ん、なに?」


「なんで外に勇者パーティーのメンバーがいるの?」



 今朝から気になっていた。

 リヒトの反応だけ無いのが気になっていたが、光属性のリヒトに反応しないのならしょうがない。



「ああ、みんなにシャディアのことを話したら、興味津々になっちゃって。ちゃんと、話してみたんだって。いいかな。」



 まあ、敵意が無い人間に危害は与えないって言っちゃったし。


「分かった。えっーと、案内しておいてくれる?」


「うん、分かった。」




―――――――――――――――




 なんとも不思議な状況だ。

 魔王と勇者パーティー。本来なら敵対するはずなのに、こうして優雅にお茶会をしている。



「なにこれ!? このお菓子めっちゃおいし~。」


「この紅茶もなかなか……。」



 たまたま、お菓子とかのストックがあって良かった~。

 急に準備とか言われても困るからね。



「これ、あなたが作ったの?」


「うん。最近暇だったからね~。」



 魔王の暇つぶしがお菓子作りとか、意外過ぎだろうな。魔王が世界を滅ぼすことを企んでいるなんて作り話とは、かけ離れすぎている存在だ。

 魔王城でのお茶会なんて、不思議としか言いようのない空間だったが、特に変わったことはなかった。

 シャルナはシャディアお手製のお菓子を気に入り、フェリシアは冥界製の紅茶の香りを楽しんでいる。レイは、遠慮なくおかわりを要求しているし、ガレスはそんな雰囲気の中でリラックスしている状況そのものに戸惑っていた。



「まさか、魔王と魔王城でお茶会をすることになるなんてね。」


「なに? っていうか、そっちから来たんでしょ。」


「変というか……普通はありえないでしょう。」



 フェリシアが苦笑する。


「そもそも、私たちは貴方を討伐するために旅をしていたのよ?」


「でも、今はしていない。」


「それは……そうだけど。」



 シャディアは楽しそうに笑った。

 かつてなら、勇者パーティーとこんな時間を過ごすなど考えられなかっただろう。シャディアは人間をあまり好んではいなかったし、彼らもまた、魔王という存在を恐れ、敵としてみていたはずだ。

 それなのに、今は同じテーブルを囲んでいる。


「シャディア、ひとつ、聞いてもいいかしら。」


「ん? なに?」


「あなたは、本当に人間と魔族の共存ができると思ってるの?」



その問いに、シャディアはすぐには答えなかった。



「……できるかどうかなんて、私にも分からないよ。」


「え?」


「だって、今までずっと敵同士だったんでしょ? お互いに怖がって、嫌って、傷つけてきた。そんな関係が、明日から急に変わるわけないじゃん。」



 シャディアは紅茶をひと口飲んだ。



「でもさ。ずっと無理だって決めつけてたら、いつまで経っても何も変わらないでしょ?」



 彼女の言葉に、フェリシアは黙り込む。



「私は、魔族のみんなが幸せに暮らせる世界を作りたい。人間だって、魔物に襲われずに暮らせた方がいい。だったら、争う理由をひとつずつ減らしていけばいいんじゃないかな。」


「……簡単なことじゃないわ。」


「うん。だから、みんなで考えればいいんだよ。」



 シャディアは笑った。



「私ひとりじゃ、できないこともあるからね。」


「分かったわ。シャディア、お願いがあるんだけど。」


「ん、なに?」


「私たちもここで暮らしていいかしら?」


「え!?」


「だって、リヒトだけ、こんないいところで暮らすなんてずるいじゃない。」



 ちょっと待って、ちょっと待って。さすがに冗談だよね。いや、リヒトがここに残ろうとするのは、予想がついてたけど。



「そうね。悪くないわ。」


「えっ!? 明日から美味しいご飯が食べ放題!? 最高~。」


「もう敵対する理由はないんだろう。」



 なぜか、他のメンバーも乗り気である。


 もしかして、元々そのつもりでここに来ていたんじゃ……。


 シャディアはフェリシアに向けて、疑惑の視線を向ける。



「人間と魔王の共存のためには、貴方がまず無害であることを大衆に示す必要があるわ。そこで、私たちが貴方と一緒に住めば、その証明ができるわ。」



 確かに、私にとって悪い話ではない、か。



「それでいいの?」



 正直、私たちに対するメリットは大きそうだけど、勇者パーティーへのメリットは少ない気がする。



「ええ、この場所妙に落ち着くのよ。少なくとも、公衆の面前で気を張っているよりはよっぽどましね。」



 他の三人もうんうんと首を縦に振る。



「そっか。それじゃあ、改めてよろしくね。」



 こうして、この日から、魔王城に新しい住人が加わった。

 勇者パーティーが魔王城に住み始めたことで、人間と魔王の関係が少しずつ変わり始めていた。

 勇者パーティーを訪ねに魔王城を訪れる人が来ることもしばしばあった。そのたびに、私が接客をして、魔王だということを明かすと訪れた人たちは、皆驚いて帰っていった。

 その話が、国の各地に広まっていった。




―――――――――――――――




 ある日の夕方。

 シャディアは、魔王城の窓から夕焼けを眺めていた。



「ねえ、リヒト。」


「ん?」


「私さ、昔は世界を変えたいって思ってたんだよね。」


「うん。知ってるよ。」


「人間と魔族が仲良く暮らせる世界。誰も属性で嫌われたりしない世界。そんな世界を作りたいって。」



 シャディアは、少しだけ笑った。



「でも、今はちょっと違うんだ。」


「どう違うの?」


「世界を変えるっていうより……みんなで、少しずつ変えていけたらいいなって。」



 リヒトは頷いた。

「それがいいと思う。」


「もちろん、まだまだ大変なことはあるだろうけどね~。」


「そうだね。」


「それに、魔王って仕事も忙しいし!」


「お菓子作りの時間はあるのに?」


「それとこれとは別!」



 シャディアは頬を膨らませた。リヒトは笑った。

 二人の視線の先には、夕日に染まる空が広がっている。



「ねえ、リヒト、耳貸して。」


「え、なに?」


「――。」


「え?」


「シャディアのホントの名前!」



 シャディアという名前は、バルガザードがつけた名前だ。あの人にしては、よくできた名前だと思う。

 今リヒトに伝えたのは、シャディアがバルガザードに出会う前、あの二人につけられた名だ。



「これを知ってるの、あの人たちとリヒトだけだから。」



 シャディアは微笑んだ。



「これからもよろしくね、リヒト。」


「うん、――。」



 まだ、世界は完全には変わっていない。これから先も、困難は訪れるだろう。意見が食い違うことも、互いを理解できないこともあるかもしれない。

 それでも、二人には仲間がいる。支えてくれる人がいる。

 そして、何よりも、自分たちで選んだ未来がある。



「ねえシャディアー、そろそろご飯にしなーい?」



 向こうの方でおなかがすいたレイがシャディアを呼んでいる声がした。

 シャディアとリヒトは互いに顔を見合わせて、それから笑った。



「はーい。」



 シャディアは元気よく返事をして、声のした方に歩いていく。

 リヒトは、そんなシャディアの背中を見ながら、思った。


 かつてシャディアは、闇属性というだけで拒絶された。

 僕は、勇者という肩書にばかり目がいって、自分自身を見失ってた。

 魔王と勇者。

 本来なら決して交わることのない二人がこうして笑っていられる。世界は少しずつ変えることができる。

 シャディアはあの日以来、両親には会っていない。あの二人が、シャディアを傷つけたことは事実だし。僕自身それを許していない。だって、初めて好きになった女の子を傷つけたんだから。

 それでも、シャディアはちゃんとあの二人に愛されていた。

 シャディアの名前は、少し強引かもしれないけど、影、シャドウからとられているんじゃないかって思っていた。魔王だし。闇属性だし。それでも、少し可愛げがある名前になったのは、バルガザードなりの気遣いなのだろう。

 君はちゃんと光だった。


『ミリア』


 その意味は、夕方の光。


 二人が歩む道の先には、まだ誰も見たことのない世界が広がっている。

 その世界を、二人はこれからも歩いていく。


――これは、魔王と勇者が、自分たちの未来を選び取る物語。

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黄昏のアルカディア:人間の魔王は戦いを望まない 夢巡つむぎ @0072-47

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