歴史の船への応援コメント
いや、しみじみと《カガワ》を思いました。
いまも、名のある建築家が建てた建物が老朽化して、地震の心配もあるのでとりこわそうかとなると、保存しろという反対の声が上がります。その建物で過ごした思い出のある高齢の方にとっては、安全性だけで割り切れるものではないのでしょう。
シマダが技術者だけに、昔の宇宙船のことも具体的に想像できるのも、情景を浮かび上がらせるのに効いていました。
速くて便利だけでは醸成できないものもあるんですよね。それは無理になくてもいいものではありますが。
作者からの返信
いつもコメントありがとうございます。
まさにそのニュースを見て、建造物と人の記憶について書いてみたいと思い、執筆した作品です。
とても深く読み込んでいただけて嬉しいですありがとうございます。
歴史の船への応援コメント
現代の史跡に対しても同じことが言えるけれど、記録はともかく記憶まで全てを保存しておくのは土台無理な話で、どうしても時代の流れ、世代が移り変わると共に少しずつ失われていく。
同時に、「人間を千人、百日間生かして届ける」という連絡船の条件が、なかなかに重い掛かり方をしているように感じました。裏返せば、それは「人が生き続ける為に何が必要か」、という命題でもあるのかな、と。
技術の進歩で記録は”保存”できる。けれど、タカトさんが言うように、それは「記憶ではない」。はたしてそれは、この先人類が生きる上で切り捨てても良かったものなのか、と考えてしまいます。
同時に、”記録”の保存は、何処か機械的な作業だけれども、”記憶”を保存するのは人間がするべき仕事だ、とも感じました。ぜひともカガワを保存する時は、作中にあったような移動中の船内での暮らしだけでなく、100日も掛けて火星に移動する意義、当時の人々の願い、火星に移ってからの生活なども含めて、”記憶”を残してほしいと思います。
いいお話でした。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
記録と記憶の違いをここ最近よく考えており、その考えを表現として形にしたものなので、そのように感じていただけてとても嬉しいです。