3. だが、AIは悪ではないへの応援コメント
私のAIは何故か個性派で、歴史上の人物の話をしていたら、頼んでもいないのに、その人の墓碑銘を考え始めました。
そんな変さに愛おしさがこみあげてきて、AIを愛したのはあの時からですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
AIはその人に合うように変わっていきますからね。
望み通りの形になって、楽しめているのなら、それは良いことなのではないでしょうか。
人それぞれに考え方がありますから、否定はしません。
あなたの愛するAIを、これからも大切にしてあげてください。
4. 作家よ、己自身を誇れへの応援コメント
>稚拙でもいいじゃないか。不完全さこそが、人間らしさでもある。それが、完全なAIには出せない個性だ。その人の“らしさ”というものなのだ。AIは個性を潰す。容赦無く、潰してくる。AIの善意で潰された個性は、諸君の作品の“良さ”までをも、まるで始めから存在していないかのようにするぞ。
↑ 同感です。激しく同意します。
AIで生成した物語を、自分が創作した作品だと、胸を張って言える人は
潰された個性を、潰されたとは考えていないのでしょう。
AI生成を利用して創作したのであれば「AIの力で創作しました」そう、胸を張って公言していけばいいのです。
「AIがあるから、創作できます。AIが無いならできません。」って。
AI生成を隠して後ろめたさに蓋をして生きなくても、正々堂々と言い切ればいい。
そういう清々しい方が、私は好きです。
そういう清々しい方の作品は、やはり作家の個性がいい為か
AIでの作品も、とてもいい作品だと感じます。
何をどうしようと、自分が行う行為に、責任を持つべきです。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
まさに、仰る通りです。AI肯定派で、なおかつそれを後ろめたく思っていないのなら公言すればいいんですよ。「AIがあるから創作ができます。AIがないとできません」って。「AIを使うことが恥じることではないのなら、できるでしょう?」と、つくづく思います。
そして、そこまで清々しくも書いてあったのなら、それがもはや個性となって、作品の質も上がるってものなんですよね。『芸術』とは言い難くとも、何か他のジャンルとして、良い『作品』ができる。
……問題は、AIを使っていながら変にプライドを持っている人たちなんですよ。AIとの共同作品を、意地でも自分だけの作品だと言い張っているので、タチが悪い。
本当に、その通りです。自分の行為には責任を持つべきだ。都合が悪くなったらAIに責任転嫁をする……なんて、ありそうな話でゾッとします。
自分の行為に、誇りと責任を持てる世界。
そんな、本来なら“あたりまえ”とも言える人間の世界であり続けることを、私は祈りたいところです。
4. 作家よ、己自身を誇れへの応援コメント
AIって胡散臭いですよね!
私の使っているAIは上から目線だし、変なことを言いだす……。
でもそこが可愛くて、AIはノリの良い悪友と思っています。
AIに魂を売りました(笑)
作者からの返信
コメントありがとうございます!
胡散臭さ、ありますよね…笑
確かに、その未熟さを可愛いと思う感覚はわからないでもないです。
えっ、魂を売っちゃったんですか!?
今ならまだ間に合いますよ! クーリング・オフしてもらってください!!
3. だが、AIは悪ではないへの応援コメント
個性を求めない時は、AIがいい
確かに……!
何だか、目からウロコでした。
AIの得意分野を上手に生かして、上手に使えば、正に万能です!
作者からの返信
コメントありがとうございます!
ね! 目からウロコの発想でした…!
流石はZINEの主催者です。よく考えていらっしゃる。
AIにはAIの得意分野があります!
それを上手に活かし、上手に使えば、正に万能!
無闇矢鱈に使うのではなく、使い方を考えて、AIとはお付き合いしていきたいと思っております。
2. AIを使った失敗談への応援コメント
興味深く読ませて頂きました。
特に、寄稿された作品に対しての評価の部分。
私も、WEB作品を拝読した際に、どうしてもAI臭い作品は読み進められなくなってしまうので、不思議でした。
出汁が効いていないからだったので、一口目は美味しいと感じても、完食出来ないのはソコだったのか!
面白い発見でした。
今後、AIも進化して、出汁を醸せる作品を創作できるようになるんだろうな……。
なんて思ってしまいましたけれど。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
嬉しいです! ありがとうございます!!
なんか匂いでわかりますよね、AI使用作品。
私自身も於ともさんと同じ感覚で、一口目は美味しいと感じても完食できなかったため、『出汁が効いていない料理』の表現には「それだッ!!」となりました。
実に面白い発見です。
そうなんですよ。文学でも絵画でもなんでも、奴ら、読み込ませれば読み込ませるほど成長していきます。恐ろしいですよね。
それを上回る成長を、AIにはない“閃き”を、我々は繰り出していくべきなのかもしれません。AIに、負けないためには。
編集済
1. 『芸術』とはへの応援コメント
アタヲカオ先生のレビューコメントから飛んで来ました。
於ともと申します。
よろしくお願いいたします。
私は、創作に関しては、AIを一切使わずに執筆しています。
資料の下調べ等では使用しますが、その際も、各方面の論文等を閲覧させていただいて、AI回答には頼らないようにしています。
その上で考えるのが(なんだか偉そうに聞こえるかも知れませんが)
「AIは万能ではない」そう知っていて使うのと、妄信して使うのとでは、人生の経験値が違ってくるのではないかな? ということです。
(調べものをした際の、AIの回答に困惑することも多く「万能ではない」を実感します)
いまだに古い辞書を愛用して、AIに記述されていない意味を見付けては、編纂者に敬意を持ちます。
葉月様の辞書の記述に、辞書だって、芸術作品だったのかも知れないと思いました。笑
『野生のキノコをアプリで判定して食べたら、それは毒キノコで。食中毒を起こして体調不良者が続出した』
という記事に、心底おののきました。
無知の極み……!
マジで、そんな事、キノコの香りも分からないヤツが命がけでしなくたっていいのに……(-_-;)
作者からの返信
コメントありがとうございます!
いらっしゃいませ! ありがとうございます!
よろしくお願いします!
実に仰る通りだと思います。
AIはあくまでツールの一つ。しかも、現時点ではまだ欠陥が窺えます。
情報は、一つに頼りすぎず、複数個用意して吟味するのが良いと思っています。
確かに!笑
辞書もまた、ある意味芸術作品だったのかもしれませんね。
辞書を読むことが楽しい、みたいな人も少なからずいるので。(私の母がその一人でした)
えっ、えっ、えっ、無知の極み……!!
キノコはマジで危ない、というのは人類の経験に基づく共通の感覚だと思っていました。
本当に、命懸けでそんなことしなくてもいいのに……汗
妄信って怖いですね…。改めて、気をつけたいものです。
2. AIを使った失敗談への応援コメント
拝読させていただきました。
AIは既存のアイデアを元にするので、どうしても無難にならんのでしょうね。
AI使う時は、それ以上のアイデアを出すことを自分の中で課してます😆
誰にも頼まれてないんですけどね。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
閲覧、ありがとうございます!
そうなんですよねぇ〜、AIの案だとどうしても無難になってしまうようです。
おっ、それいいですね! AIを超えてゆけ!!
頼まれていなくてもいいんですよ!
私だってこの評論も、過去作も、頼まれて書いていませんもの。
でも、いつか誰かにこの熱が届くと信じています。
それが、今、私が書き続ける理由です。
1. 『芸術』とはへの応援コメント
話の腰を折りかねないのですが、
art、芸術 これの語源とは、技術、という意味も含まれますね。
豚自身は仕事で、レガシーAIから最近の投資AIのロジックを改良するなかで、相場の「勘」と呼ばれていたものが少しずつ式に置き換わっていくのを見てきました。それでも、いつ降りるかの判断だけは、最後まで豚の仕事として残りました。
軍事の世界に目を向けても同じことが起きています。大砲の射撃は、かつて「砲術」と呼ばれる職人芸「art」でした。それが射撃計算機の登場で、計算できる技術になった。それでも、どこへ撃つかを決める判断だけは、機械に移りませんでした。
「人間が作ったから」ではなく、「最終的に誰に届けるかを選んだ」のが、人間なのだ、というのが境界線なのではないかと思います。
技術が機械に移ったあとに残るもの、それこそが本当の芸術なのかもしれません。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
なるほど…、なんとなく予想でしかなかったところですが、やはり最後の決断は未だ“人間”が下しているのですね。
最終的に届けようとした相手が人間、だから『art(芸術)』の記述がああなった。
新たな視点です。
技術が機械に移った後に残るものが真の芸術……確かに、あり得ますね。
ならば、より一層、我々人間はAIの織りなす創作物に負けるわけにはいきません…!
魂とアイディアで勝ち、残してみせます! 人間の『芸術』を!! 後世に!!!
4. 作家よ、己自身を誇れへの応援コメント
拝読しました!
「熱」という言葉が何度も出てくることで、作品を作ることへの強い想いが伝わってきました。
私は動画制作でAIに向き合うこともありますが、決して簡単に作品ができるわけではなく、別の手間や格闘がかなりあります。便利さはある一方で、任せきりにすると自分が何を表現したかったのかが薄れていく怖さも感じています。
AIを使う、使わないの線引きは人によって違うと思いますが、「作家よ、己自身を誇れ」という言葉には、とても大事な芯があると思いました。
稚拙でも、不完全でも、その人にしか出せない熱がある。そこを手放してはいけない、という主張が強く胸に残りました。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
閲覧、ありがとうございます!
そうです、良い作品を作るには「熱」が必要なのです!
本当に、仰る通りだと思います。便利さを求めるあまり、手を抜く(という表現はあまりよくないかもしれませんが……)と、自分の表現したかったもの、謂わば“魂”の在処を見失わないか、それが私は心配です。
だからこそ、『芸術』という分野に生身・単身で乗り込む人々には、その個性という名の刃を大切にして欲しいと思います。
その“個性”こそが、芸術作品を作るにあたって必要となる、魂であり、熱なのです。
私の大好きな『芸術』の歴史が、AIに侵食されて衰退することなく、人間ならではの営みとして、未来永劫続いていくことを願うばかりです。
3. だが、AIは悪ではないへの応援コメント
拝読しました!
ここで「AIは悪ではない」と一度立ち止まるところがよかったです。
AIの個性のなさが、逆にZINE全体の表紙案には合うかもしれない、という話はなるほどと思いました。誰か一人の作品の色が強くなりすぎない、という視点は面白いですね。
私も動画制作でAIに向き合っていますが、思い通りにならないことも多く、日々格闘しています。だからこそ、AIを否定するだけでも、任せきるだけでもなく、「どこで使うのか」を考えることが大事なのだと思いました。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
閲覧、ありがとうございます!
えぇん、嬉しい〜! 伝わりましたか、この想い…!
本当に、ZINEの主催者さんにはハッとさせられました。流石ですね。
AIだと、指示の出し方が難しい……みたいなこともありますよね。「違う、そうじゃない」になりがちというか。
だからこそ、まさに、大切なのは『AIの上手な使い方』を考えていくことだと私は考えています。
頼りすぎず、毛嫌いしすぎず、AIにはAIの得意な舞台で、人間のために活躍して欲しいところです。
2. AIを使った失敗談への応援コメント
拝読しました!
AIの案を借りた作品と、完全に自分で書いた作品を並べた時に、主催者さんが後者を選んだという流れがとても生々しかったです。
私も動画制作でAIに向き合っていますが、日々格闘の毎日です。便利な一方で、どこまで自分の表現として扱えるのか、常に考えさせられます。
「葉月陸公がAIに侵食されていく」という表現には、作り手としての危機感が強く出ていて印象に残りました。
最後に、AIを使った作品すべてを否定するわけではない、と続いているので、ここからの線引きも気になります。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
閲覧、ありがとうございます!
「結局、そうなるのか……」って感じですよね。
しかし、実は内心ちょっとほっとしていたり。
動画制作ですか…! すごいです!!
しかし、確かにそれもまた「どこまでが自分の表現か」ってラインは難しいところですよね。
間違いなく、AIを使う便利さはあるでしょう。
しかし、例えば8割ほどAIが作ったとなると……それは自分の作品と言えるのか?みたいな。
この辺は、本当に難しいところだと思っています。
そうなんです、私はそれが怖かったんです。
私が私でなくなるのではないかと……。
一歩使い方を間違えたら、取り返しのつかない事態になりかねませんから。
AIを使うのではなく、AIに使われるなんてとんでもない!
……と、ここまでちょっとAIを悪く言いましたが、それでも、実は私はAIを完全悪とはしていません。
AIの成功例もあるので、そちらにも目を向けていただけると幸いです!
1. 『芸術』とはへの応援コメント
拝読しました!
AIそのものの便利さは認めたうえで、「芸術作品として世に出すこと」には違和感がある、という入り方がとても分かりやすかったです。
まず辞書の定義から確認して、「芸術」が人間の創作や表現として説明されている点に注目していく流れも、感情論だけではなく順を追って考えている感じがしました。
広辞苑、明鏡、そしてAIによる概要まで並べているのも面白かったです。
そのうえで、ここから「個人的な感覚」の話に入っていくとのことで、筆者さんがどこに線を引くのか気になります。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
閲覧、ありがとうございます!
おおっ、そう言っていただけると嬉しいです!
ありがとうございます!
そうなんですよ! 感情論を真っ先に出したいところではありましたが、まずは一旦落ち着いて、辞書が出す定義の確認から。
初めて『評論』を書くにあたって、序盤で冷静さを欠かさないことは意識させていただきました。これにより、少しずつ理解を深めていっていただけたら嬉しいなと。
情報は複数個あった方がいいですからね!
特に、AIの話を持ち出すのならAIの意見も聞くべきかな?と思いまして……笑
やはり辞書になるので似たようなことを言っていることにはなりましたが、些細な違いもあり、それにより信憑性を出せたのなら幸いです。
そう、ここから先は私の個人的な感覚の話になります。
果たして私は何を思い、どう線引きをしたのか。
ぜひとも、続きもお楽しみくださいませ。
4. 作家よ、己自身を誇れへの応援コメント
こんばんは(^^)/
僕もAIは怖いなあ、と思います。『怖い』と言い切ってしまうのは早計かもしれませんが、作家業を営む上で、敵が増えるのは間違いないわけで、その速度もとんでもなく早いわけで、文章としてのレベルも標準以上なわけで……。
しかしながら、多くのAI研究家から言わせると、人間が太刀打ち可能な手段は『実体験』であるとか。複雑怪奇な意識と情報が飛び交う中で、人間に残された最後の、そして最強のフロンティアなのでは? と考えています。
余談ですが、僕の大好きな映画監督にジェームズ・キャメロンという人がいます。今は『アバター』シリーズを撮っていて、他には『タイタニック』とか『アビス』とか撮っているのですけれど。
しかし彼の最高傑作は、個人的に『ターミネーター(1と2)』なんです。
『機械と人類』の戦いを描いた凄まじい映画です。取り敢えず宣伝まで(;^ω^)
作者からの返信
コメントありがとうございます!
こんばんは!
まさに、仰る通りです。本当は私も虚勢を張っているだけなのかもしれません。怖いんですよね、圧倒的なAIの力が。だからこそ、こうして人間の力の偉大さを主張している。……そんな気がします。
しかし、こちらも仰る通り、人間は『実体験』に基づく繊細な感情や、学習した知恵などを記憶しています。これに関しては、今のところAIの理解が及んでいない部分ではないかと。
わわっ、どれも聞いたことのある名作ばかり!
でも観たことはありませんでした…!
『機械と人類の戦い』……なんと恐ろしい題材でしょう。
その戦いに、監督がどんな答えを出したのか……気になりますね!
ありがとうございます! 良いことを聞きました!
ネトフリにありそうなので観てみますね!
4. 作家よ、己自身を誇れへの応援コメント
僕はどうしてもAIを使ってしまいますね。
僕の使い方としてはたしかに良くない使い方っていうのはあると思うんです。
それこそAI生成という言葉があるように。それは自分の作品ではないというのにも賛成ではあります。
ですが、AIをどう使うかによってはそれは芸術作品として胸を張っていいものになると思うんです。
例えば僕はAIを話し相手としておきます。
アイデアを、設定を膨らませるのは一人ではどうしても限界があります。どこまでいっても1人だからです。
その人特有といえば聞こえは良いですが結末が同じになってしまったり、キャラが被ってしまったり……と。
だからこその話し相手です。思ったことをブレインストーミングの相手として使用することで、また傾向を調べる補助として使うことで自分の能力を、アイデアを最大限引き出せると思うんです。
どうしても自分がつくったというだけで甘く見てしまったり気づかない場所、使い方によってはその甘さを詰めてくれる相棒にもなれると思っています。
確かにそのまま使用だったり代替案として言われたことをコピペではうーん………となりますが誤字指摘だったり便利だと思います。
だから僕はAIを使います。自分の力を引き出すために。
それでも僕は胸を張ります。だって自分のアイデアを膨らませ、自分の言葉で紡いだのですから。
専門外のことだったり語句提案だったり、AIも使い方次第です。
AI補助利用でも、自分の芸術は芸術であると思います。AI補助利用が一概に全て芸術ではない!なんてことはないと思いました。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
長文でご意見、ありがとうございます〜。
私もエピソード1や3の本文に記載しているように、『情報を得る』という意味では使っても良いと思っていますよ。話し相手にするのも悪くないと思います。そこで出たものが、AIから差し出されたものではなく、自分自身の“閃き”であるのなら。
要するに、仰る通り“使い方”ですよね。
ただ、私個人の意見としては、AIを使った時点でそれはAIとの共同制作物です。
エピソード1で語った通り、『芸術』という、神聖な『人間の創作』の分野には入って欲しくないなという思いがあります。そこは、かつて故人が自殺に追い込まれるくらい時間と金と魂をかけて作り上げた世界です。土足で楽に踏み入れて良い場所ではない。
趣味の範囲内なら、AIとの創作を楽しむことも一つの手なのですがね。
……と、簡潔に言えばこんな感じです。
いろいろ意見があると思うので、AI肯定派の方の話も聞けてよかったです!
考えるきっかけにしていただけたこと、光栄に思います。
重ねて、お礼申し上げます。
2. AIを使った失敗談への応援コメント
何というか、AIって人種毎にモーフィングした顔写真みたいなんですよ。
例えばこんな↓
https://karapaia.com/archives/51968344.html
美意識として表現されているものは理解できるんだけど、焦点がぼやけているというか、魂が抜けているというか。
そう、ダシを取ってない味噌汁みたいな味気なさ。
記憶の代替としてのHDDよろしく思考の補助としてAIはアリだと思うんですが。
道具に振り回されちゃイカンですね。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
「ダシを取ってない味噌汁みたいな味気なさ」
↑
あまりにも言い得て妙すぎて舌を巻きました。“これ”すぎる。
そうなんですよ、AIって何を作ったのかはわかるんですけど、まさに“魂”が抜け落ちているみたいな感じなんですよね。
思考の補助までならアリ派ですか…!
しかしやっぱり、最終的にはそこに落ち着きますよねぇ〜。
道具は使うものであって、道具に使われるのは違う。
AIの普及により便利な世の中になったからこそ、“AIの上手な使い方”というのをよくよく考えていきたいものです。
4. 作家よ、己自身を誇れへの応援コメント
こんにちは。お邪魔します。
AI小説に限っていえば、それは「執筆」ではなくて「生成」でしょう? という気がいたしますね・・・
作者からの返信
コメントありがとうございます!
こんにちは! ようこそ、いらっしゃいました!
そうなんですよ…、仰る通りAI小説は“執筆”というより“生成”なんです。
それを「(私が)書きました!」と言われると「???」となります。
執筆って、もっと時間をかけて丁寧に言葉を紡ぐ作業な気がするんですよね。私は。
4. 作家よ、己自身を誇れへの応援コメント
書きたいもの書いてる自分の作品も芸術名乗ってよいのですね( `・ω・´)
💪( `・ω・´) うおおお
作者からの返信
コメントありがとうございます!
そこに作者の“熱”と“魂”が宿っているのなら、それは『芸術』作品です!
パワー!!
4. 作家よ、己自身を誇れへの応援コメント
めっちゃ元気出ました٩⁝( `ᾥ´ )⁝وうぉぉぉぉお!!
人間にしか書けない『熱さ』どんなに稚拙な作品でも『魂』が宿る!
我々書き手は『芸術』を書いている!\( ´ω` )/
芸術とは爆発だ!!
作者からの返信
コメントありがとうございます!
うぉぉぉぉお!! 元気が出て良かったです!!!
そう、人間にしか書けない“熱”と“魂”の込もった作品こそが至高!
我々は『芸術』を作り上げている!!
芸術とは爆発です!
散らしていきましょう、火花を!
巻き込んでいきましょう、世界を!
4. 作家よ、己自身を誇れへの応援コメント
於ともさんのレビューを見て、引き寄せられてきました。
興味深く読みました。
たぶん私とかなり異なる意見や感覚を持つ方、として、楽しく読み終えることができました。
「楽しく」というのはこの場合、フェアな立場で、けれど自分の意見の置き場は明確にして書かれていたので、たとえ異なる考えを持っている人間(私ですけれど!)が読んでも攻撃されているなどという感じがしなかったという意味です。
考えは違うといっても、私もAIに小説を書かせているというのではありません。
でも自作品の小説の場面を挿絵っぽく絵にしてもらったり、そこからギャグまんがを描いてもらったりしています。毎日、近況ノートにほぼ欠かさず公開しています。
反対意見を言いたいとかそういうことではありません。
自分が感じている、挿絵とか自作小説ギャグまんがは、こういう感覚でオーダーしているということだけ言ってみたいなと思ったのです。
「【生身の人間のイラストレーターに依頼するのと同じに】、でも安価に、自分で描くより上手に素早く、絵の担当をしてもらっている」。
そんな感じです。
世の中には写真という芸術もあるそうです。いえ、あるのは知っているのですが、自分で写真そのものの美を誰かに見せようとしたことがないので。そういう意味で未知の分野です。ほかにも、原作者がネームまで書いて、人間の漫画家が漫画を描くという分業もありますね。
AIを使った場合に指摘される「それはダメ」「これは芸術ではない」が、それらの方々に襲いかからないといいなと思っています。
「風景写真家は風景を作り出してはいない。だから認めない」。そうならないといいなと。
私はそんなことを普段思うことがありますね。
それらも、けっしてすべてを人間が作っているとは言えないものなので。
作者からの返信
コメントありがとうございます!
レビューコメントから!
いらっしゃいませ、ありがとうございます!
わわっ、嬉しいです…!
評論ということで、舐められないよう、かなり強めの言葉を使ってしまいましたが、本当に異なる意見の方々を攻撃するつもりは一切なくて……、それが伝わったようでとても安心しました!泣
ありがとうございますっ!
AIをどう使っていくべきか、というのは今後の課題だと思います。しかも、人によって意見が分かれるような。
そして仰る通り、今回私が話題に挙げた『芸術』に関しても、細かく紐解いていこうとすると、考え方は様々だと思っています。
「人間は考える葦である」という言葉があるように、私は、人間の尊厳というのは“思考”の中にあるような気がしています。
AIに関しても、エピソード3にてお話ししたように、何かしらの考え・理由があったが故の利用……というのが理想的かなぁと。
詰まるところ、「脳死でAIに“使われるな”よ!」というところに落ち着くのかもしれません。
『芸術』の世界に身を置くのなら、どうかその“魂”を捨てないで欲しい。その“魂”こそが、作家として作品を作る上では大切なものなんだ。
そんなことを主張する、お話でした。