第6話 楽屋に響く通知音
ファミレスで会ってから、昼間にもぽつぽつとメッセージを送り合うようになった。毎晩ゲームで話しているのだから、わざわざ昼まで連絡する必要なんてない。そう思っていたのに、気づけば今日も昼休みにスマホを開いていた。給湯室のポットで、限定味のカップ焼きそばにお湯を注ぐ。
三分待つあいだに写真を撮った。
〈12:08〉タク:新しい限定味あった
〈12:08〉タク:[写真]
送って、一分もしないうちに既読がつく。
〈12:09〉ユイ:また?
〈12:09〉ユイ:[呆れ顔のうさぎ]
「また?」と言われるところまで予想通りだった。三分後。湯切りをして一口食べる。
〈12:13〉タク:いつもの味だった
〈12:13〉ユイ:知ってた
スマホを伏せる。顔を上げると、休憩スペースの自販機のガラスに自分が映っていた。少し笑っていた。
「……何やってんだ俺」
焼きそばの容器を持ち直す。仕事へ戻った。
夕方。
今度は俺から送る。
〈18:53〉タク:ちょっといい?から逃げ切った
〈18:53〉ユイ:えらい
やっぱり返信は早かった。忙しいはずなのに、いつ見ているのか。何をしている時間なのか。そういうことは、今も聞かない。
ただ、夜の噴水前で聞いていた「また?」や「えらい」が、昼間のスマホにも届くようになった。それだけなのに、思ったより楽しい。
その夜。
上司から逃げ切ったぶん、いつもより早くログインした。なのに。
「また負けた」
噴水前には、すでにとんがり帽子の魔法使いが座っていた。VCへ入る。
「今日の限定味、ほんとにいつもの味だった」
「知ってたって言ったじゃん」
ユイが笑う。
「ていうか、タク」
「ん?」
「それより聞いて」
声が、いつもと少し違った。怒っているような。困っているような。でも、どちらとも少し違う。
「今日、メンバーに変なこと言われた」
メンバー。テレビで見た、ユイと同じステージに立っていた人たちだろう。
「変なこと?」
「最近、スマホ見るたび顔ゆるんでるって」
「……顔?」
「私、そんな顔してないって言ったの」
「うん」
「証拠写真撮られてた」
吹き出した。
「証拠写真?」
「笑うな!」
「いや、見たい」
「絶対見せない!」
画面の中で、魔法使いがそっぽを向くエモートを出す。
「で、見せられたら……」
「ゆるんでた?」
「……ちょっとだけ」
「ゆるんでたんじゃん」
「うるさい」
少し笑ったあと。ユイの声が、ほんの少しだけ小さくなった。
「それでさ」
「うん」
「今日、『好きな人でもできた?』って言われた」
手が止まった。ちょうど攻撃しようとしていた俺の剣士が、空振りする。
「タク、前」
「……あ」
攻撃を食らった。ユイから回復魔法が飛んでくる。
「ありがと」
「どういたしまして」
好きな人。たった四文字なのに、妙に頭に残る。
「……それ、いつ言われたんだ?」
「昼」
「昼?」
「スマホ見てたとき」
昼。自分のトーク画面を思い返す。十二時台に送ったのは、限定味の焼きそばと、
『いつもの味だった』
その一言だけだ。そんなものを見て、ユイは顔をゆるませていたらしい。
「……俺のメッセージ?」
「たぶん」
「焼きそばで?」
「焼きそばだけじゃない!」
「でも今日の昼は焼きそばだろ」
「そうだけど!」
また笑う。けれど、胸の奥にひやりとしたものが動いた。ユイの生活の中、俺の知らない人たちの前でも、俺とのやり取りが見えるようになっている。
あの夜と同じ考えがよぎる。でも、勝手に距離を決めるのはもうやめた。
「……それ、大丈夫なのか?」
「何が?」
「俺のメッセージで周りに変に勘ぐられてるなら。ユイが困るなら言って」
「困ってない」
即答だった。
「タクと話してると顔に出るだけ」
「それは俺のせいなのか?」
「半分くらい」
声が笑う。
「昼にくだらない写真来ると、午後ちょっと楽なんだから」
「くだらないって言うな」
「焼きそばだよ?」
「大事な限定味だぞ」
「全部いつもの味じゃん」
「今のところはな」
「まだ買う気なんだ」
「新しいの出たら」
「懲りないね」
軽口に戻ると、胸の奥のひやりとしたものも消えた。ボスを倒す。報酬は、いつもの素材。
俺たちはそのまま高台へ移動した。ゲーム内の夜景。いつものベンチ。ユイが売店へ行き、飲み物のアイテムを二つ買って戻ってくる。
「ほら」
「今日はユイが買うのか」
「顔ゆるんだ慰謝料」
「俺が払われる側なの?」
「知らない」
並んで飲む。もちろん味はしない。しばらくして、俺はさっきから引っかかっていたことを聞いた。
「で」
「ん?」
「好きな人でもできた?って聞かれて」
ユイが少しだけ黙る。
「……否定した?」
「……相方だとは言った」
「それ否定になってないだろ」
「うるさい」
即答だった。魔法使いが、またそっぽを向く。でも、VC越しの声はどう聞いても照れていた。
「相方って言ったの?」
「言った」
「メンバーに?」
「名前は言ってないよ」
「そりゃそうだけど」
「『大事なゲームの相方』って」
その言葉だけが、妙に耳に残った。
「そしたら?」
「『相方って何!?』って余計うるさくなった」
「お笑いの?」
「言われた!」
「やっぱり」
「タクまで言うな!」
ユイが笑う。俺も笑った。相方。あの夜、ユイ自身が手放したくないと言った呼び名。
それを今度は、俺の知らない昼間の場所でも使った。そこが少し嬉しかった。
「……でもさ」
ユイが言う。
「みんな、ほんとによく見てるんだよ」
「毎日一緒にいるからじゃない?」
「たぶん」
「じゃあ、本当に分かりやすかったんだな」
「そんなに顔に出してないって」
「写真まであるんだろ」
「証拠隠滅したい」
「送って」
「絶対やだ」
「一枚だけ」
「一枚もやだ」
しばらく押し問答する。もちろん、写真は送られてこなかった。代わりにユイが聞いてくる。
「タクは?」
「何が」
「私から返信来たとき」
一拍。
「顔、ゆるんでないの?」
昼休み。自販機のガラス。笑っていた俺。
「……ゆるんでない」
「今の間なに?」
「何も」
「怪しい」
「焼きそば食ってただけ」
「今食べてないでしょ」
「昼の話」
「絶対ゆるんでるじゃん」
勝ち誇った声。反論できない。
「じゃあ明日から写真やめる」
「……それはやだ」
「どっちだよ」
「送って」
「顔ゆるむんだろ?」
「それとこれは別」
「同じだろ」
「別なの!」
魔法使いが、とんがり帽子を両手で押さえて顔を隠すエモートをする。画面の向こうだから本当の顔は見えない。でも、ファミレスで見た顔を知った今は、なんとなく想像できた。
短い沈黙のあと、ユイの声が小さくなる。
「……でも」
「タクと話してると顔に出るのは……しょうがなくない?」
反射的に何か返そうとして、やめた。代わりに笑う。
「しょうがないなら、明日も焼きそば送るわ」
「焼きそば以外も送りなよ」
「要求増えてない?」
「相方だから」
当たり前みたいに言う。俺はそれ以上、何も言えなかった。ただ、明日の昼休みに何を送ろうか。それだけを考えながら、ユイの隣で夜景を眺めていた。
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