魔剣の威風〜歪んだ権威主義者は神になりたい〜
@Rumuchi
1 カミはマスカレイドにイザナウ Ⅰ
ポーズ、一時停止。プレイヤーがホーム画面に戻って、閉ざされたゲームソフトの世界はこんな感じなんだろう。親の出勤した家で迎える一人の目覚めを彩った鳥の鳴き声はふっと消えた。さらに驚いたのは、俺の体が指先一つ動かないことだ。いつもなら枕元にあるスマホを一瞬で手繰り寄せるはずの手は、動け動けと念じても神経が壊れたようにつながらない。
諦めかけたその時、スマホの通知が脳に響いた。ここ何日も返信のない彼女からの着信だという思い込みは、期待を幾分と込めたものだ。
しかしそれでも彼女の匂いを感じたことで体に生気が戻った。まだぼやける視界に腕を二重に写し、スマホを手に取った。
するとスマホの画面は暗い。どうやら電池が切れてるようだ。訝しんでる間にも違和感は襲いかかった。二重に見えた腕の影が形を崩さずに配置されている。す
──デタラメな夢だ。
現実離れした光景に、ひたすら呆れるしかなかった。それでも自然といつも通りの行動をしてしまう。ベッドから降りるとスマホに充電ケーブルを刺し電源がつくのを今か今かと待ち構える。やっとついたと思ったら、赤いバッテリーのマーク。そのマークから目が離せない。目が離せない。目が離せない。瞬きも忘れた。次第に涙が浮かんでくる。
いつのまにかスマホの画面に鼻を当てていたことに気づいた。しかももっと強く押し当てると、鼻が潰れる痛みはなく鼻先が画面に吸い込まれるのを見た。
(この調子で消えてしまえるんだろうか。それとも彼女のそばに向かえるなら好都合だ)
普段なら急に彼女に会うなんてと怖がる気持ちは、人を殺せるくらい発火した思考に面影も残さない。
小さなスマホの画面に、どうやって入ったのか、首まで突っ込んだところだ。充電切れの画面そのままに黒い世界は、いっそ元の世界よりも広いんじゃないかとさえ思えた。全ての企みが霧散して放心状態に陥るのを自覚する。スマホから手を離し、ダランと垂れ下げると俺が転ぶ音とスマホの落ちる音が同時に聞こえた。
全身が黒い世界に入り込んだ。
*
黒い世界の中で目の届くギリギリの場所から、誰かがぬるっと姿を現した。具体的な距離はわからないが、動きは自然でも通常の歩行スピードとその誰かがこちらに近づいてくる速度はどうしても不釣り合いだった。
果たして、俺の前に辿り着いた誰かはかつてないほど不気味な存在だった。つまりは、俺自身だった。急に俺はのっぺらぼうになっているんじゃないかという錯覚に支配されて、首回りから頬、頭のてっぺんに至るまで指をうじゃうじゃ這わせていく。どうも頭皮が痒く、口内は渇きに飢えている不快感。苛立ちそのままに、向かい合った俺に吠える。
「ッ、これ以上近づくな!」
もうそいつは立ち止まってるのにおかしな要求だ。混乱が一周回ってどこか冷静になった頭の一面で、そんなことが浮かんだ。
「止まっているぞ? そういうお前は頭を下げるなりしたらどうだ、新入り。ここで他人に会うなんて滅多にあることじゃない。」
一言目には同意せざるを得ないが、元はと言えばこの混乱は目の前のこいつのせいなんだ。どうしてそれを咎められなければならない。理不尽はとどまるところを知らず、こいつはあろうことか礼儀を求めてきやがった!
一方、冷静な部分では、こいつの言動を考察している。だがもう少し親切に情報提供してもらいたいものだ。先輩と自認するのなら。
「……これは失礼しました。いきなりのことで冷静さを失っていました。他人……あなたはそもそも人なんですか? 見てくれは私にそっくりだ。」
得体の知れない恐怖は、俺に緊張を強いる。けれどこれで少しでも情報が手に入れば良いが。
「そうとしか見れないなら、お前がその程度の人間だというだけだ。どうでもいいことだ。お前ももはや、黒に染まった者。」
要領を得ない返答に苛立ちが募るが、拳を振り上げても行き場がない。
「はぁ……」
曖昧に言葉を濁すしかできなかった。
「さて、こちらはもう行くが、お前も長居はせぬことだ。」
たった一つの助言を残して、どこか目的地があったのかそいつは最初の時のように不自然な歩行スピードで黒に溶けていった。
俺は一人ふぁあと欠伸をして体を伸ばす。こんなに疲れた朝はしばらく前に徹夜した時以来だ。まあ、考えすぎても仕方ない。やっぱりここは夢の中なんだと無理にでも納得して、困惑と喧騒を鎮めた。しかし、夢の中でも眠気を感じるんだろうか……。
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