第7話 潜入への第一歩
時計の針が深夜二時を指そうかという頃。
私とヴォルフラムさんは、身を隠すための深い黒色のマントを羽織り、厳重な警備が敷かれた港町ラグーナの裏路地へと足を踏み入れていた。
「……ふう。なんだか、心臓が変なところから飛び出しそうです」
冷たい夜風が吹き抜ける物陰で、私は自分の胸元をそっと押さえながらささやいた。
追放される前の私なら、こんな夜中に犯罪の証拠を探すために港の闇へ潜るなど、想像すらしていなかっただろう。教会の冷たい石畳の上で祈るだけの日常が、今や遠い過去の出来事のように思える。
「くくく、そんなに顔が引きつっていますよ、助手殿」
隣に並ぶヴォルフラムさんは、相変わらずどこか余裕を含んだ軽妙な声を出す。
こんな緊迫した場面であっても、彼が隣にいるとなぜか恐怖や緊張がフッと和らぎ、不思議と足取りが軽くなるから不思議だった。
「だから、誰が助手ですか! 見つかったら一発で牢屋行き、下手したら海の藻屑なんですよ!?」
「何、私と貴女のコンビなら百人力です。それに……悪事を働く奴らに、いつまでもいい思いをさせておくわけにはいかないでしょう?」
ヴォルフラムさんの瞳が、暗闇の中でらんらんと青く光った。
その声音には、普段のひょうきんさが嘘のように消え失せ、許されざる悪に対する静かな怒りと、揺るぎない覚悟が宿っていた。この男は普段あんなにふざけて見せているのに、いざという時には恐ろしいほどの頼もしさを放つ。
「……そうですね。私を追放し、この街の領民を苦しめるあの連中に、このまま引き下がるわけにはいきません」
私も腰の短剣の柄にしっかりと手を添え、自らのなかに熱い闘志を灯した。
「よろしい。では、ここからが本番です」
ヴォルフラムさんは懐から、先ほど綺麗に手入れしたばかりの細い針金や小さな道具を取り出しながら、鋭い眼光で前方の検察エリアを見据えた。
「正面の検問所には辺境伯の私兵が常駐しているが、奴らの警戒は『海上からの不審船』と『正面からの乱入者』に向いている。つまり、最も管理が手薄になるのは、旧排水路に繋がる古い鉄格子の真下ですよ」
「あんなドブ臭い狭い水路を通るんですか……?」
「ええ。少しばかり潮と泥の匂いがしますが、私たちのプライドより、命と潜入の成功の方が大切でしょう? さあ、見張りの視線が左に流れたその瞬間が勝負です」
ヴォルフラムさんは見張り兵の動きを完璧に計算している。
遠くで松明を持った巡回兵が大きくあくびをして背中を向けた、まさにその絶妙なタイミングだった。
「——今です。行きますよ、助手殿!」
ヴォルフラムさんの低い合図とともに、彼の軽やかな足音が夜の闇にスッと溶けた。
私も遅れまいと息を殺し、泥と潮に濡れた地面を滑るように彼の背中を追って駆け抜ける。
一歩、また一歩と、私たちは敵の警戒網のわずかな隙間を縫い、ラグーナ港の深い闇の領域へと足を踏み入れていく。
悪党どもの尻尾を掴むための、私たちの長い夜が、いよいよここから幕を開けるのだった——。
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