日常
8時間後――日本、群馬県高崎市の住宅街。
『御早うございます。来月でちょうど、国連と地球とのファーストコンタクトから2年経つわけですが、昨夜未明、かねてからアメリカ合衆国政府とヴァステート帝国との間に交流があったのでは無いかという疑惑を裏付ける証拠が見付かりました』
男性のニュースキャスターが冷静を保ちつつも興奮ぎみに原稿を読む。
『……この証拠は各国の政府機関に匿名で送られ、内部告発によるものと推測されています』
リビングダイニングのテレビから流れるニュースを聞きながら、白いシャツと紺のプリーツスカートにエプロンを着けた女性は2人分の食事をダイニングのテーブルに運ぶとエプロンを畳んでキッチンの脇にかける。
その姿は学生服のせいか、昨夜より更に若く見える……というよりこれが彼女の本来の姿なのだが……。
『……問題の証拠の内容は、ヴァステート人と我々アース人の遺伝子情報を比較したデータで、記録した日時が1973年と記載されているにも関わらず、詳細なD.N.A.情報が……』
そして女性は廊下に出ると纏めていた髪を解いて2つ並んだドアの手前のドアの前で止まり、女性はドアをノックしてから静かに部屋に入る。
部屋には勉強机とクローゼットとベッドが置かれており、そのベッドには小学校の高学年位の年齢の少年が薄い青色の布団を被ってすやすやと眠っている。
女性はベッド脇に座り、少年の頭を撫でる。
「
「ん……」
少年は目を擦りながらゆっくり起きる。
「おはよ……」
「お早う」
女性は少年にニッコリと笑いかけ、リビングダイニングに戻ると食事を摂り始める。御飯と味噌汁等、純和風な朝食だ。
少し遅れて、着替えを終えた懐が席に着く。
「いただきます」
「お先に頂いてます」
女性が軽く笑い、懐も笑いながら箸を取る。
「今日も旨そう!」
『……そもそも事の発端は独裁制で国連から避難されているヴァステート帝国とアメリカが秘密裏に軍事的技術取引をしていた疑いが……』
女性は懐と昨日あった事を話したりしながら食事を進めつつ、リビングのテレビから流れるニュースにも耳を傾けていた。
「姉さん」
「ん、何?」
「また良く眠れなかったの?」
女性は表情を強張らせ、漬物に伸びていた箸が止まる。
「あ、変な事聞いてごめん」
懐が不安そうな表情になると女性はとっさに笑顔を作って取り繕い、箸を置く。
「ううん、心配してくれてありがとう……御馳走様」
先に朝食を食べ終えた女性は食器を洗い、弁当箱に蓋をして袋に入れると、それを持って懐の隣の部屋に入る。
インテリアの色彩は異なるが、懐の部屋と同じようにベッドと机とクローゼットが置かれた部屋。
女性はそのクローゼットを開け、白シャツに燕脂色のリボンを結んでグレーのブレザーを着ると、長髪の上半分を赤いリボンで真後ろに縛る。
そのまま鏡で笑顔を作り髪型と服装をチェックすると、革製の鞄に弁当袋を入れて玄関に向かう。
『……我が日本政府は新たに加盟した、惑星間の国連との安保条約により……』
『もう普通に国連と呼んで良いんじゃないですか?』
『あ、そうですか。国連との安保条約によりアメリカとの安保条約を更新しなかったため、今回も他国や他の惑星から避難される事はなさそうです』
「行ってきます」
「行ってらっしゃ~い」
女性はリビングからの芥の返事を聞きながら焦げ茶のローファーを履く。
『元々アメリカとは、沖縄基地問題等がありましたからね。これで良かったでしょう』
「モモに餌やるのと戸締り忘れないでね~」
女性はドアノブに手を掛けてそう言うと、懐の返事を聞きながら家を出る。
『しかし、国連は日本の存在を非常に有効と考えてくれているようですから、外交に関しては、より責任感を問われる立場になったと言えるでしょうね』
その家の表札には[津佳本]と書かれていた。
高崎駅――女性はホームで電車を待つ。
この高崎駅は都心の大きな駅程の規模ではないが、複数の路線の発着駅であり、上越新幹線も通っている。そしてその各路線の電車が、決まったホームに発着する事が無く(正確にはある程度決まっているが)、時間毎に異なったホームに発着しているため日本一乗り換えが困難な駅とも言われている。
その中で彼女が乗るのは信越線。その昔は軽井沢までつながっていたが現在は横川までで、その先はバスが運行している。
「お早う、千亜希ちゃん」
女性が声をかけたのは同じ制服姿の女の子。幼い顔立ちに小学生位の背丈で、歩く度にプラスチックの装飾の付いた髪留めの輪ゴムでツインテールに纏めた髪が肩の辺りで揺れている。
「ぉはょぅ、愛ちゃん」
愛と千亜希は、やって来た電車に乗り込み、椅子に座って親しそうに他愛もない話をする。
「津佳本さん、お早うございます」
途中で他の生徒からの挨拶にも笑顔で答えながらも、愛は千亜希との会話に花を咲かせる。
4両程の電車内には学生が結構乗っている。一般人の方が少ないくらいで制服は2種類。
片方は愛や千亜希が着ているグレーのブレザーに下は紺。もう片方は青いセーラー服で女子しかいない。
もっとも、セーラー服の彼女達はすぐ隣の北高崎駅で降りてしまうのだが……。
残った愛達は更に10分程電車に揺られ、安中駅で降りる。
ICチップの内臓された定期券を改札機にかざし、駅から同じ制服の集団が線路沿いの道の歩道を延々と歩く。
学生達が向っているのは、駅から約1.3㎞、時間にして徒歩15分程の所にある、湯浅学園。
京都の同志社大学と縁のある中高一貫型の私立校である。
「全く、線路のすぐ脇なんだから学校に駅作ってくれよなー」
男子学生の馬鹿らしい発言を聞流し、愛は千亜希との会話を続けつつ校門を潜って行く。
「お早うございます」
学生達は校門の脇に立つ先生達に挨拶し、校舎内の下駄箱へ向かうが愛は自分の下駄箱の前に立つと手を止める。
「どうしたの愛ちゃん?」
千亜希は手を止めた愛の方を見ながら上履きに履き替えていたが、愛はその間に自分の下駄箱の周りを確認し、それを終えると慎重に下駄箱を開ける。
途端に落ちた封筒を素早くキャッチした愛は窓の光に封筒をかざす。
「ぁ~、またラヴレター?」
「そう。また返事の手紙書かなくちゃ……」
愛は封筒を丁寧に鞄にしまう。
「ホント、ほぼ毎日入ってるもんね。ってゆうか、わざわざ返事書いてたんだ」
2人は途中すれ違う級友達に挨拶しながら階段を登り、教室へ向かう。
「でも、もったいないよ。ぁ、ぉはよ!いつも断ってるんでしょ?」
「だったら千亜希ちゃんが代わりに受け取れば?」
「ぁたしじゃ意味無いじゃん」
「お早う」
爽やかな笑顔で挨拶してきたのは、愛より少し背の高い男子生徒。顔はイケメンの部類に入るが男子としては小柄だ。
「お早う」
「お早う、宮本君!」
千亜希は宮本に元気良く挨拶し、宮本も笑顔を返す。
「昨日はご活躍だったみたいだね、津佳本さん」
「ええ」
「昨日も演奏会だったの?」
「うん、そうだよ」
「そうなんだ。大変だね。ぁ、それじゃ」
「ええ、また後でね」
愛は宮本と千亜希の2人と別れて自分の教室に愛が教室に入り、挨拶するとほぼ全員から挨拶が返ってくる。
「お早うございます。津佳本委員長」
前髪が黒縁のダサ眼鏡までかかった、鼻の高い男子生徒が挨拶して来た。
「お早う。委員長じゃなくて単なるクラス委員……それに杉野君もクラス委員でしょ?」
「おっとそうだった」
この学園のクラス委員は、各クラスに男女1名ずつ決めなくてはならないが、愛が話し合いで圧倒的な支持を集めたのに対し、杉野は擦り合いで決められた。つい先月の事だ。どうでもいい事だが……。
愛は杉野が背後で他の男子生徒に睨まれている事に気付かないフリをしつつ、自分の机の脇にあるフックに鞄をかけて席に着くと女子生徒から話しかけられる。
「ねぇ、金曜日部活休んでたけど、またお仕事の打合せ?」
「ううん。この前の小テスト、点数悪かったから勉強してたの」
愛は女子生徒に向き合うと面映ゆそうに視線をわずかに反らす。
「ぇえ~? いつも9割以上取ってるじゃん」
イタリア――海沿いの豪邸の前に宅配会社のバンが停まる。
バンから降りた運転手は、門の脇のインターホンを押す。
「カントーニさんに宅配です」
『ボス、宅配だそうです』
「冷凍品なので入れてくれませんか?」
『ちょっと待て』
運転手がバンに戻り門が電動で開くと、バンは豪邸の前までゆっくり進む。
そして豪邸から髭を生やした男が出てくると、バンから白茶けた迷彩服に完全武装の男達が降りて来て、髭男にAR160アサルトライフルを突付けて豪邸内へ次々と侵入する。
「異常無し!」
「容疑者確保!」
武装した男達が、豪邸から派手なスーツを着た体格の良い男を連行してくる。
「……だからな、そいつが全てのマフィアを仕切ってるのは解ってる! そいつはどこにいる?!」
尋問官は男に対する口調を徐々に強めていくが、男は口を閉ざしたままだ。
「それじゃあ連絡方法は?」
男は軽く空気を吸うと、身を乗り出して小さな声で話始める。
「ハリスはな、地獄耳なんだ。だから俺がこうしてあんたに話した事はもう奴に伝わってる。1字1句間違い無くな」
男は再び尋問官から離れ、椅子に深く腰掛ける。
「またハリスの名前ですね」
取調室のマジックミラーの裏の部屋で、額の広い東洋人が隣のカリビニエッリの隊長に呟くように話す。
「法改正が行われて今年はこれで4件目のマフィアの摘発だが、前の3人と同じ名前を上げたな。一体誰なんだ?」
カリビニエッリの隊長も片言の英語で東洋人に問う。
「……解らないですねぇ」
12:30,群馬県――湯浅学園では昼休みで、生徒達はやや長い休み時間を楽しんでいた。
「津佳本さん」
「何、杉野君?聞いてるよ」
愛が数学の予習で机に向かったまま答えると、杉野は戸惑い勝ちに口を開く。
「ぁ、そう?さっき多奈川(タナカワ)先生が呼んでたよ。隣のクラスの鷹……宮本君と佐倉君も呼んで来てくれって……」
スラスラと進んでいた愛のシャープペンシルがピタリと止まる。
「そう」
愛はノートや教科書を仕舞い席を立つ。
「ありがとう」
愛はニコリと杉野に微笑むと、教室を出て行く。
その様子を杉野はその場に立ち尽くして見とれていたが、またしても他の男子生徒に囲まれてしまったのは言うまでもない。
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