3
時刻は10時前。
まだ橘花と南川は不在の中、僕と梓は駅でいた。
後の二人もそろそろ駅に現れておかなければならない時間だろう。
心配になって、橘花に電話をかけた。
『もしもし……?』
「あ、橘花。まだかかるか? そろそろ電車の時間だけど」
『間に合わないと思う……』
橘花の声には絶望が宿っている。
「どうして?」
『瑠璃先輩が起きない……』
「はぁ⁉」
朝が弱いと言ってはいたが、誰かに起こされたら起きるだろ普通。
『ごめんね』
「橘花が悪いわけじゃないけど……どうすればいい? 待ってようか?」
『先に行ってていいよ。梓さんと京都観光でもしてて』
南川の家について行こうとしたら、橘花に「寝起きの女の子のところに行くのはマナー違反」と怒られた。
こうなるのであれば、僕も行って力づくで起こすべきだったかもしれない。
「分かった」
携帯をポケットに突っ込みながらため息を吐いた。
すると横で話を聞いていた梓が口を開いた。
「先に行くの?」
「不本意ながら」
「そう」
梓の特に表情は変わらなかった。もっと嫌そうな顔をされると思ったんだけど。
「悪いな。僕と二人で」
一応謝罪を入れておく。
「そうね。でもあの後輩と二人っきりよりはマシ」
「え、なに、橘花のこと嫌いなの?」
苦手なのは何となく分かっていたが、嫌いだとは思わなかった。
「ああいう子が苦手なだけ。羨ましいとは思うけどね」
梓は吐き捨てて券売機の方へ歩いて行った。
年頃の女の考えてることはよく分からんな……。
ため息をつき、僕は梓の後に続いた。もともと人口の少ない町なので、連休だろうが平日だろうが利用客は大して変化はない。
「どこまでのを買えばいいの?」
「京都駅だ」
「お金」
お手とでも言わんばかりに右手を差し出す梓。
「なんだ、足りないのか」
JKは金欠になりやすいと聞いた。姉さんから。
「違う。あんたの分」
ちょっとキレ気味だった。
「あぁそゆこと」
財布から千円札をだし、券売機に入れた。
「雑すぎ」
「小銭は出すのがめんどくさいからな。ついでにおつりで旅のお供でも買ってきてくれ」
「お供?」
「旅のお供って言えばゆで卵だろう」
じいちゃんがそう言っていた。由来は知らない。
「……買って来いと?」
目を細める梓。
「お釣りは全部やるよ」
まぁお釣りなんてほぼないだろうけど。
「あんたもついてきなさい」
睨む表情がめちゃくちゃ怖かった。
「分かったよ……そこのコンビニでいいか?」
「私は別に行かなくてもいいんだけど?」
そうは言いながらも、切符を買い終えた梓はコンビニの方に歩いて行った。
東舞鶴駅の構内には大手コンビニエンスストアが出店しているのだが、店内の商品は普通のコンビニと違い、お土産色が強くなっている。
「梓はなんかいるか?」
「あったかい紅茶」
「午前? 花弁? それともトーマス・ジョンストン?」
「……最後の知らない」
梓は目を細めて冷ややかに呟いた。その顔には悔しさが滲んでいる。
なるほど。
最初の2つから3つめも紅茶であろうと予想はしたが、何のことを言っているのか分からなくて悔しいのか。
梓の紅茶好きは良く知っている。
「トーマス・ジョンストンって誰」
「創業者。トーマス・ジョンストン・リプトン」
「あのメーカーの……。なんでそんなこと知ってるの?」
今日の梓はずっと僕に対して不審な表情を浮かべている。
「無駄に濫読はしないんだ。なんか雑誌に載ってた」
「紅茶雑誌?」
そんなのあるのか? 無いとは言い切れないのが昨今。
「いや17」
「きも」
身を引きながら、顔を引きつかせる梓。
「やめろ。静かに蔑むな」
僕にそんな性癖は無い。橘花にでもされない限り芽生えることもない。
「あんたそんな趣味あるの?」
「断じてない。家にあったから眺めただけだ。それに今のご時世だ。男が女性誌読むのだって珍しくはない……はず」
「そう。ま、どうでもいいけど」
梓は興味なさげに吐き捨てて店の奥に消えていった。
僕は特急列車の中でつまむ物を物色していると、持っていた籠の中にペットボトルが淹れられた。入れた主はもちろん梓。
「なるほど。梓は花弁派か」
「特には気にしてないよ。これしかなかったからこれを選んだだけ」
そう言って梓は店の外へ出て行ってしまった。僕は適当にお菓子をかごに入れてレジに持って行った。お会計は千五百円くらいだったが、まぁ仕方ない。
「お待たせ」
レジ袋を引っ提げて梓に話しかけると、ゆっくりと携帯の画面から目を離して顔を上げた。
「あと3分」
「はいはい」
なんとも情報量のない文だが、電車までの時間のことだろう。
速足で歩く梓の後を追いかけた。
「速足なのは結構だが、何番線かはわかっているのか?」
「馬鹿にしないでちょうだい。東京駅くらいの多さだったらわからないけれど、この駅位なら余裕よ」
「それは頼もしいが、君はあることを忘れている」
「あること?」
「特急券」
「あ……」
梓は明らかに「しまった」という顔をした。僕は千円札しか渡していないのに、梓はなにも言ってこなかった。
特急列車に千円で乗れるはずもないのに、だ。
いや、乗れるはずもないというと誤解を生むのだが。
どうやら特急には乗り慣れていないようだ。高校生なら乗り慣れていなくて当然なのだが。
「ど、どうしよ……」
おどおどする梓は珍しい。
「心配するな。車掌から車内で買える」
「ほんと?」
泣きそうな顔をしている梓もレアだ。だが、本当に泣かせては意味がない。
罪悪感により満足感を得られないから。
「ほんとだ」
「よかったぁ……」
梓はほっと胸をなで下ろした。自分のせいで乗り遅れることになるのを恐れていたのだろう。
「とにかく急ぐぞ」
「うん」
僕は梓を先導し、休日の構内を走った。
ホームに電車が入って来たところで、独特のアナウンスが響いている。プシューという音と共に扉が開く。
余裕は無かったが、遅れることもなく電車に乗れることができた。
「はぁ~なんとか間に合った」
梓は席について「ふぅ」と大きく息を吐いた。
そんな梓を僕は右往左往しつつ見つめた。
「なに? 座らないの?」
「僕が横に座ってもいいのか? 梓の真横に座ることになるが」
「うん? 何か問題でもある?」
梓は真顔で問い返してきた。問題と言われてしまえば、それはないと言えるだろう。
しかし、僕が心配したのは「思春期の女子が、恋人でもない男子と並んで座りたくないのではないだろうか」という疑問からなのである。
梓自身にその感情が無いのなら問題なしだ。
「いや、別に問題はない」
荷物を網棚において梓の隣に腰を下ろした。
思えば普段から昼休みは一緒にいることが多いが、この距離まで近づいたことはなかった。
冷静に分析した結果、梓は男子受けがいい女だと僕の中で結論が出た。
けれども、そういう色立った噂が無いのは南川瑠璃という人間のせい、またはおかげだろう。
「なにさ、人の顔なんかジッと見ちゃって」
「悪い。梓はモテそうだと思ってな」
返答に迷った僕は、思ったことをそのまま伝えた。
今日の私服は決して可愛い系ではない。
ふくらはぎが半分見えるくらいの黒いズボン(名前が分からない)に、白シャツの上から薄桃色のカーディガンを羽織っており、地味だが綺麗に思う。
服のことはよく分からないが、梓にはこういう服が似合うと思う。
「おちょくってるの?」
怪訝そうに目を細める梓。こういう表情で喜ぶ男子がいるのも理解できなくもない。橘花にやられたら喜ぶ自信がある。
「いやいや、本心だよ」
「だとしたら気持ち悪いね」
こういうのも喜ぶ男子がいるのだろう。
「そういう口調は男受けが良いんだぞ」
思わず声に出してしまった。
「……あんたも好きなの、こういう口調」
「嫌いではないが、僕の趣味ではないな」
橘花に罵られたら、喜ぶ前に凹むだろうな。で、保身の為に喜ぶことにする。
「……そう。じゃあ、あんたはどんな女の子が好みなの?」
なんの前触れもなく、梓が言った。
「僕の好みなんか聞いてどうするんだよ」
「参考までに。普通じゃない男の子の好みをこの際だから聞いておこうと思ってね」
一体どんな際になれば、そんなことを聞いておこうと思うのだろうか。
「遠回しに貶されているのが気に入らないが……」
「まぁま、いいからいいから。せっかくのこの機会に話しておくのもアリってものよ」
アリかナシかの話じゃないし、もしそんな話ならナシだ。
必要ない。
「梓に話したところでどうにもならんだろ」
「それはわからないわよ。条件に会う人がいれば私が紹介してあげられるかもしれないし」
「ほう。それは名案と受け取っておくが、南川以外に親しい友人のいない君がどうやって紹介するつもりなんだ?」
「友達いないのはあんたも一緒でしょ」
梓は膨れっ面をしながら言った。そんな梓を横目に僕はポッキーをかじった。
「ごもっともだとも。だから僕は別に彼女なんていらないのさ」
そしてポッキーの袋を梓に差し出す。梓は2本抜いて、口に咥えた。
「でもさ、あんた。あの子をずっと追うのはやめなよ。悲しくなるだけだよ、お互い」
車窓を流れる景色を見ながら梓が呟く。
車窓に反射した梓の表情は日光で遮られて見えなかった。だから僕は小さく返した。
「分かってるよ」
姉さんに言われたときは腹立たしいと思ってたのに、梓に言われるとなぜか素直に従ってしまった。
それはきっと同族嫌悪だ。
自分に言われているような気がしてしまう。
「そう。分かってるならいいけど」
それ以降、京都駅に着くまでの間に、中身のある会話がされることはなかった。
けれど、沈黙が流れることもなかった。
『次は京都。京都です。お降りの際はお忘れ物などございませんようご注意ください』
京都駅に着くとコインロッカーに荷物を預けて、京都観光をすることにした。
「どっか行きたいところあるか?」
「そうね。無難なところで清水寺にでも行く?」
「清水か。まぁ近すぎてあんまり行く機会はないよな」
手持ちの観光マップで清水寺を探し、現在地からの最短ルートを組み立てる。
「分かっちゃいたが、結構遠いな」
京都を舐めてかかってはいけない。
生半可な気持ちで名所巡りの予定を立てると、次の日は確実に筋肉痛になる。
「ほんとだ。どうする?」
「歩くという選択肢もあるし、電車を使うという選択肢もある。はたまた別のことをするという道もある」
「じゃあ適当に歩こ。京都だしなんかあるでしょ」
行き当たりばったりで旅をするのも悪くない。
むしろそれこそ旅の本来の姿なのかもしれない。
「そうだな。とりあえず京都駅の北口にでればなんかあるさ」
2人で並んで京都の町を歩くことにした。京都府に住んでいながら、この辺りを散策したことはほとんどない。
小学校の遠足であったかなかったかくらいだ。
それは舞鶴という町の立地故なのだが、悲観する事はない。
舞鶴には綺麗な海、綺麗な空、綺麗な山々があるのだから。
「ねぇ、冴羽。あそこに茶屋がある。行ってみよ」
「おぉ……なかなか風情がある店だな」
川辺を歩いていると、赤い絨毯に赤い和傘が立てられたお茶屋があった。
よくよく見ると団子屋のようだ。
「すいません、お団子2つください」
梓が外面営業スマイルで店主に話しかけた。
こういう時の梓は本当に輝いて見える。
まぁ、初めて見たのだが。
「あいよ。お好きな席にどうぞ」
店主に促されるまま梓は、緑の葉の生い茂った桜の木の下に腰を下ろした。その横に僕も座った。
「ホントにあるんだな、こんな店」
「そうね。私も驚いた」
他に客はなく、ゆったりとした時間が流れる。
そよ風が吹き、生い茂った樹木が葉を擦らせながら揺れる。
「お待ちどうさま」
団子とお茶2つをお盆に載せた店主が言った。
串に3つの団子が刺さった草団子だ。
「ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
梓は目をキラキラと輝かせながら団子を頬張った。
梓の食事シーンを僕は何度か目にしているが、こんなにもおいしそうに食べているのを見たのは初めてかもしれない。
「冴羽、食べないの?」
既に食べ終えた団子の串を咥えながら梓が言った。
ワイルド梓か……悪くはない、な。
「いや、食べるよ」
梓に促されて口に運んだ団子は、ほのかに甘く、少ししょっぱかった。
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