第4話

第四話:落城、そして決死の東進!

「莉子様、火の手が! すぐそこまで武田の軍勢が迫っています!」

藍の鋭い声が、黒煙の立ち上る今川館に響き渡った。

使者を送り出して数日。北条からの返事を待つ莉子たちの猶予は、無情にもここで潰えた。赤い武田の旗指物が、怒涛の勢いで駿府の街を埋め尽くし、今川館を取り囲んでいく。

「うそ、もう来ちゃったの!? 逃げるよ、二人とも!」

莉子は、藍と海奈の手を引いて走り出した。背後では、バリバリと柱の焼ける音と、武田兵たちの地鳴りのような勝鬨が聞こえる。あと一歩退避が遅れていれば、間違いなくあの炎と刃の中に消えていただろう。

「こ、こっちです! 裏の勝手口から、竹林を抜ける秘密のルートがあります!」

海奈が涙目で先行し、なんとか敵の包囲の薄い裏手へと莉子たちを導く。

途中、海奈が木の根っこに引っかかって派手に転び、持っていたおにぎりをばら撒くというハプニングはあったものの、藍が電光石火の素早さでそれを回収しつつ、なんとか追手を振り切ることに成功した。

駿府を脱出した莉子たちは、東へ向かってひたすら走り、やがて鬱蒼とした森の中の旧道へと逃げ込んでいた。

「はぁ、はぁ……。もう、息が……足が動かない……」

現代の平坦なアスファルトしか歩いたことのない莉子は、舗装されていない泥と砂利の山道に、今にもその場へへたり込みそうだった。12歳の華奢な体には、この逃避行は過酷すぎる。

「莉子様、お気を確かに! ここで立ち止まっては、武田の透破に見つかってしまいます!」

藍が莉子の背中を支え、水筒の水を口元へ運んでくれる。

「ありがとう、藍ちゃん……。でも、本当に東へ逃げてるんだよね? 小田原の北条さんは、助けてくれるかな……」

「はい。武田が今川を飲み込めば、次は間違いなく北条の領地である相模(神奈川県)へ牙を剥きます。北条氏康公ほどの英傑であれば、必ずやこの動きを好機と捉え、救援の兵を出してくださるはず。私たちはただ、その援軍と合流できる東の拠点『蒲原城』へ向かうのみです」

藍の冷静で理知的な分析に、莉子は少しだけ救われた気がした。スマホでマップを開けなくても、藍という頼もしい「歩くデータベース」が隣にいてくれる。

「うん……そうだよね。諦めたら、そこで試合終了だもんね……!」

「し、試合……? は、はい! 私も頑張ります!」

海奈が小太刀をぎゅっと握りしめ、周囲をキョロキョロと見回す。

「私が莉子様を絶対にお守りします! もし敵に見つかっても、私が囮になって……! ……あ、でも、やっぱり嫌ですぅ! 」

「海奈、安心しなさい。敵に捕まる前に、私があなたを全力で引っ張って逃げますから」

藍が呆れたように、しかし温かい眼差しで海奈の頭を撫でた。

夕闇が迫る中、赤く染まる富士山を左手に見上げながら、三人の少女は一歩一歩、東へと進んでいく。

生き残るための道は険しく、そして敵の影はすぐそこまで迫っていた。


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