第51話 銀ブラ② ファミリーレストラン
【ファミリーレストラン ダミアン】
店内は明るく、席はゆったりしている。
案内されたテーブル席に座る。
「なるほど。家族だけではないな」
「でしょう?」
隣には若い女性が一人で食事をしている。
向こうには会社員らしき男性が二人。
さらに奥には家族連れ。
「本当に様々だ」
「これが、ファミレスよ」
ディアーヌはメニューを開いた。
「何を食べる?」
「この、限定というのは気になるな」
「わかったわ。秋のメニューも入れて、適当に頼むわね。ルシアン、お酒は飲めるの?」
「ああ」
ボタンで店員を呼ぶのを、ルシアンは不思議そうな顔で見ている。
注文を終えると、ディアーヌはルシアンに向き直った。
「ファミレスは非常にリーズナブルな価格で色んなものが楽しめるの。それには理由があるの」
そこから始まったのは、ディアーヌによる、ファミリーレストラン講座である。
「メニューをある程度標準化する。調理工程を統一する。誰が作っても同じ品質になるようにマニュアルを整える。食材の仕入れも大量に行う。厨房の設備も効率化する」
「……」
「そうすると、料理人個人の腕だけに頼らず、一定の品質を保てますの」
「なるほど」
「さらに、注文から提供までの流れも効率化されています。だから、安い値段でも多くの人に料理を提供できる」
「つまり――安くできる仕組みを徹底的にマニュアル化して作っているのか」
「その通り!」
ディアーヌは満足そうに頷いた。
「なるほど。ニッポンというのは、なんでも徹底するのが得意なのだな」
と、そこで生ビールが運ばれてくる。
「きたきた。それじゃ、乾杯!」
グラスを合わせると同時に、カンパイ、という言葉をルシアンは覚える。
「う、うまいな。クリアで非常に飲みやすい」
「でしょう?ニッポンのビールは雑味が少ないわよね」
やがて、料理が運ばれてきた。
最初は何やら紙袋。
「皿の上に紙袋が……」
「シャカシャカポテトよ」
「シャカシャカ?」
「袋に入れて、粉をまぶして振るの」
ディアーヌはずい、と紙袋をルシアンに渡した。
「私がやっていいのか?」
「ええ、その粉を振りかけて」
ちょっと嬉しそうな王子は粉を投入した袋を両手で持つ。
シャカシャカ。
シャカシャカ。
「もっと豪快に!」
「こ、こうか?」
シャカシャカシャカシャカシャカッ
「いいわっ」
随分と楽しそうなルシアンを見ていると、ディアーヌまで振りたくなってくる。
十分にシャカシャカした袋を開けると、バター醤油の香りが立ち上った。ルシアンはそれを皿に出す。
ルシアンとディアーヌが一本ずつつまむ。
ジャンクだ!
「美味しいわね!上手くできたじゃない」
「ああ、バターのコクと醤油の香ばしさが絡んだ揚げた芋……背徳的だな」
少し、塩味がまばらなのがまた良い。ちょっと薄いところ…濃いところ……止まらなくなる。
グビ。
「ビールを引き立てる、このジャンクさ!」
「手が止まらなくなる」
誘惑渦巻く百貨店を無事に脱出できたかと思ったら、こんなところにも罠があったわけだ。
しかし、今は欲望を解放させる時!!
ポテトとビールの呼びかけに素直に応じる。
「自由とは、こういうことを言うのかもしれないな」
「まさに!!」
普段頑張っているからこそ、休日に生える羽根でどこまでも飛んで行けるのだ。
ビールも早々に飲み切ってしまった。
ルシアンはディアーヌが呼び出しボタンを押して店員にオーダーを伝えるのをじっと見ていた。
ディアーヌがお次はジンソーダを注文する。
「このお店ではジャパニーズジンを使っているの。柚子、緑茶、生姜を使ったニッポンらしい味わいよっ」
「なるほど、一刻も早く飲みたいぞ」
ルシアンの願いが届いたのか、ジャパニーズジンソーダはすぐにテーブルに運ばれてきた。
「まず、香りがいいわよね」
言いながら、ディアーヌはまずひと口。
柚子の爽やかな香りから緑茶のまろやかさ、そして生姜のキレまで素晴らしいバランスだ。
「これは美味しいな!!飲むだけで清々しい気分だ!」
「でしょう?ゴクゴクいけてしまうわね」
次に運ばれてきたのは、刻み海苔が散らされた、シンプルなたらこクリームパスタだ。
「こんなピンク色のパスタははじめてだ。なんだか、おもちゃみたいだな」
「食べてみなさい、驚くわよ」
ルシアンはフォークで麺を持ち上げる。
「たらこ……」
「魚の卵よ」
「それをクリームと合わせるのか」
「日本では、なんでも上手く組み合わせてしまうの」
ひと口食べたルシアンだが、今度は何も言わない。
(あれ?この味は絶対好きだと思ったんだけどな)
「どう…かしら?」
「説明しようと思ったが」
「ええ」
「言葉が追いつかない」
「珍しいわね」
ディアーヌも食べる。
濃厚なクリームに、たらこの塩気。そこへ麺の小麦の味わいが重なる。
海苔の香りも絶妙なアクセントだ。やはり、美味しい。
「これは外国料理なのか?」
「日本の創作パスタよ」
「……またか」
「ふふ、日本人は本当に、何でも上手に変えてしまうでしょう?」
「そうらしい」
さらに秋らしい料理が届いた。
きのこのチーズハンバーグドリアである。
熱々のチーズとホワイトソースの下に、ハンバーグとご飯。
ハンバーグにかけられたデミグラスソースには、キノコがたっぷりと入っている。
ルシアンはしばらく眺めた。
「これは料理を重ねすぎでは?」
「大丈夫。見て。こんなにたくさんの人から愛されるお店なのよ!どの料理も、よく研究して完成した逸品よ」
「……それもそうか」
と、言いつつ、ディアーヌも秋のメニューにワクワクドキドキだ。
さっそく、熱々のドリアをフーフーしながら食べてみる。
ハンバーグの肉汁。
きのこの香り。
クリームソース。
チーズ。
そしてご飯。
(うわぁ、幸せ……)
ルシアンも目を閉じて味わっている。
「……なるほど」
「言葉にならない?」
「言葉にするとすれば、これは、理屈ではなく勢いで美味しい」
「それ、ほとんど言葉になってないわよ」
「最大級に美味しい」
でも、わかる。理屈ではなく、本能に刺さるような美味しさなのだ。
「ジャパニーズジンというのも、心地よくどの料理にも合うな」
「おかわりしましょう!」
二人のおかわりジンソーダが届く。
すっきりした香りが、口の中を流れていく。
ポテトにも、たらこにも、チーズにも、きのこにも、よく合う。
ルシアンはもう一口飲んだ。そしてもう一口。
「……これ、もう一杯」
「ええ」
さらにもう一杯。
ディアーヌが少し眉を上げる。
「ルシアン?」
「何だ?」
「飲む速度が少し速くないかしら」
「そうか?美味しいから仕方ない」
ルシアンの頬はほんのり赤くなっている。
「ディアーヌ。君はすごいな」
「……え?」
突然なんだと言うのだろう。
ディアーヌはドギマギしてしまう。
「こういう店を知っている」
「それはどうも……」
「それに、美味しい食べ物のことを楽しそうに話す。私は、君が美味しいものの話をしている時の顔が好きだ」
ディアーヌの手が止まった。
「ルシアン?」
「何だ?」
「いえ……」
「……おい、何をしている?」
気を取り直して食べることに集中しようとしたディアーヌに、ルシアンが問う。
「何って、ポテトに残ったたらこクリームをたっぷりとつけて……」
パクッとな。
さらに、ジンソーダをゴクリとな。
「美味しーっ!」
「そ、そんなものアリなのか…全く、君には敵わないな」
ルシアンがははっと朗らかに笑う。
いつもの彼なら、こんな表情は見せない。ひとに対して、「敵わない」などと言わない。
それはともすれば隙となり、致命傷となるからだ。
しかし今の彼は、純粋にこの時間を楽しんでいるようだった。
「君は食べるのが楽しそうだ」
「それは……」
「見ていると、私も楽しくなる」
(もう!調子が狂ってしまうわ……)
「ルシアン、少しお水を」
「まだいい」
「だめ」
「ディアーヌ」
「何です?」
「君は面倒見がいいな」
「……」
ディアーヌは水を渡した。
ルシアンは素直に飲んだ。
そして、ルシアンは、何事もなかったようにメニューを開いた。
「デザートは何がある?」
「……本当に、あなたって人は…」
「重要だ」
「はいはい」
甘党王子と来ているのだから、最後は当然、甘いものだ。
秋限定の大きなパフェが「ドーン」と目の前に置かれる。
グラスの中には、巨峰とマスカット。
マスカルポーネのクリームに、アイス。
「夢のようだ」
スプーンを手に取り、まず葡萄を一粒。
噛んだ瞬間、ルシアンの目が丸くなった。
「……甘い。恐ろしくジューシーだ」
「巨峰ね」
「こちらは香り高くて、やはり甘い」
「シャインマスカットよ」
ディアーヌも手を伸ばし、スプーンですくって食べる。
ひんやり、フレッシュな葡萄とクリームが舌を癒してくれる。
「日本の果物は、どうしてこう……」
ルシアンは言葉を探した。
「甘さに遠慮がない」
「遠慮?」
「果物とはもっと酸味が強いものだと思っていたが、これは、菓子のようだ。だが瑞々しく、マスカルポーネのクリームのまろやかな甘さと爽やかな酸味とも合う」
結局、パフェはかなりの量がルシアンの胃袋へ消えた。
そして、店を出る頃には、すっかり夜になっていた。再び、銀座の方を食後の散歩がてらプラプラと歩く。
「まあ……」
ディアーヌが足を止めた。
「どうした?」
「見てください」
二人が振り返る。
昼間はただの街路樹だった木々が、淡い光をまとっていた。通り沿いのイルミネーションが、夜の銀座を彩っている。
金色の光が枝を伝い、街灯やショーウィンドウの明かりと重なって、街全体がきらきらと輝いていた。なんと、幻想的な光だろう。
「……綺麗だな」
ルシアンが呟く。
「ええ」
二人とも、しばらく立ち止まっていた。
昼間の銀座とは、まるで別の街だった。
華やかな店も、行き交う人々も、光に包まれてなんだか現実でない世界にも見える。
(私はいつまで、ここにいられるのだろう)
そんなことを考えている自分にハッとする。
「ニッポンの夜は、こういうものなのか?」
「冬に向けて、イルミネーションが始まるのよ」
ルシアンは空を見上げた。
その横顔まで、柔らかな光に照らされている。
「ニッポンは不思議な国だな。便利なものを作るだけではない」
ルシアンは、きらめく街を見つめた。
「人が歩く道まで、こんなに綺麗にしてしまう」
ディアーヌは微笑んだ。
二人は光の下を、並んで歩き出した。
「……今日は、色々と見たな」
「ええ」
「銀座では、外国のものがこの国に溶け込んでいた。百貨店では、様々なものを一つの場所に集めていた。ファミリーレストランでは、それを誰でも利用できる仕組みにしていた」
「そうね」
ルシアンは少し考えた。
「外国のものを取り入れるだけなら、どこの国でもできる」
「だけど、ニッポンは取り入れたものを、自分たちが使いやすい形に変える。そして、それを誰でも使えるように仕組みにする」
「そういうことだ。……柔らかい国だな」
ディアーヌがルシアンを見る。
「柔らかい?」
「ああ。自分と違うものを、すぐに排除しない」
少し酔っているせいか、いつもより言葉が素直だ。
「面白ければ取り入れる。美味しければ変える。便利なら広める。そして、美しいものは美しいまま楽しむ」
ルシアンはイルミネーションを見上げた。
「そういう柔軟さが、この国を作っているのかもしれないな。教えてくれて、ありがとう、ディアーヌ。
「……」
微笑むルシアンに、今度こそ、ディアーヌは何も言えなかった。
「どうした?」
「いえ」
「顔が赤いぞ」
「それは酔っ払いのルシアンの方よ!」
「そうか?」
「そう!」
二人の姿は煌めくイルミネーションのなかで異世界へと溶けていくのであった。
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