第18話 世界は消えなかった
切り替えの時刻になっても、街の灯は消えなかった。
窓の外を、いつもの車が通った。
診療所の連絡も続いている。
食事の配達は予定どおりに動き、ひとつ遅れた便には、別の手配が入った。
友洋は、派手な出来事を待っていた自分に気づいた。
世界を変える仕事の多くは、こういう顔をしている。
何も壊れずに朝が来るために、何人もが夜を使う。
監視の部屋では、担当者が表示を読み上げた。
生活支援の運用は継続。
分析は、許可された範囲で稼働。
旧機構が自律的に新たな時間介入を発行する権限は無効。
旧来の分岐選択の指令は、独立の記録へ移されている。
本人の指定による帰還は、別に審査された手続だけを使う。HATTORIが別の行き先へ変えることはできない。
一箇所、予定外の照会が増えた。
以前はHATTORIが自動で処理していた判断が、人の確認へ戻ったためだった。
吉野が画面を見た。
「負担が増えたところは、放っておかないで」
担当者は、どこまでを改めて任せられるかを、対象者と確認する仕事を追加した。
自由になったから頑張れ、で終わらせなかった。
昼過ぎ、リーが報告した。
既存の時間の分岐は、引き続き観測可能な範囲で存在している。
機構が自律的に次の最適な流れを選ぶ働きは、止まった。
「久助たちは?」
友洋が聞いた。
『彼が生きたことも、その後の人々が暮らす世界も、取り消されていません』
HATTORIが答えた。
友洋は、椅子へ深く座った。
苦しんだことまで、良い思い出にはならない。
しかし、無かったことにもならない。
あの家の夕飯も、修理屋の休みも、孝一が子供の話を聞いた時間も、誰かの夢の中ではなかった。
午後、広場を歩いた。
新しい表示に戸惑う人がいた。
以前どおり任せたいと申し出る人もいた。
相談員が話を聞き、必要なところだけ説明した。
悠から連絡が来た。
共有作業室を借りるための話が進んだという。
HATTORIの助言も、使っている。
友洋は笑った。
助言を聞くことまで、敗北のように扱わずに済んだ。
夜、帰還の担当者が来た。
選択機構による固定が解除され、Aの出発点への接続を確定できるという。
予定を決めるかと尋ねられた。
友洋は、窓の外を見た。
この世界の明日へ、もう自分が居続ける必要はない。
残る人の仕事は、残る人が続ける。
「挨拶をしてから、帰りたいです」
担当者が頷いた。
自分の予定を、自分で言う。
それだけのことが、ずいぶん久しぶりだった。
HATTORIは、静かに待っていた。
今回は、白い光が突然訪れることはなかった。
切替後、相談員の一人が帰宅を遅らせた。増えた照会を受けたためだった。翌日、吉野はその人の休みを先に確保してから、支援の継続を確認した。
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