第6話 学校の値段
藤吉は、娘を学校へやりたくないとは言わなかった。
「やれる日には、やっとります」
庭先に置かれた籠には、まだ土がついていた。
娘のお澄は十二だという。役人が来たので、手を洗う前に頭を下げた。
孝一が、学問は将来のためになると説明した。
藤吉は頷いた。
二度も頷いた。
「それで、明日は誰が運びますか」
孝一の言葉が止まった。
畑がある。家の仕事がある。金を払わなければならない日がある。
娘を働かせたいのかと問えば、父親が悪く聞こえる。けれど家の食い扶持が足りなくなった時、質問した役人が毎日の飯を運んでくれるわけではない。
友洋は、ひと月の仕事を聞いた。
忙しい日だけではなく、雨の日、隣家と助け合う日、子供がいなくてもどうにかなる日。
カーターは金の出入りを、藤吉の許しを得て別紙にした。役所への提出には、必要な額だけをまとめ、借り先の名までは載せないことにした。
「お澄は、学校どう?」
友洋が尋ねると、娘は父を見た。
藤吉が庭の方を向いた。
「行きたいです」
「何が好き?」
「地図」
遠くの地名を読むと、家に来る品物の道が分かるという。
英国を知っているかと聞きかけ、友洋はやめた。
自分が懐かしむ場所へ話を誘導する必要はなかった。
「でも、家の仕事もせんと」
娘の言葉は、父親に言わされたものには聞こえなかった。
行きたい気持ちと、家を助けたい気持ちは同じ子供の中にあった。
帰り道、孝一が言った。
「費用を免じれば」
「費用だけ?」
「……労働の代わりも要ります」
無限の金はない。
全戸に役人が手を貸すこともできない。
教師と村の世話役を交え、農繁期の時間割を変える案を出した。ただし、農家の都合に合わせることで町場の子が困らないかも聞いた。
必要な時間を減らして出席扱いにする案は、教師が止めた。
「来たことにするなら簡単です。学べたかは別です」
短い時間を別の日に補う。困窮する家への既存の援助を、使えるか確かめる。送り迎えや共同の仕事を、誰がどこまで引き受けるか決める。
不足する費用は、試みを始めた側の予算から出した。村へ善意だけを求めず、三月後にも続けられる額かを出した。
翌月、お澄は授業に出た。
藤吉はその間、隣家の仕事を多めに引き受けた。助け合いは、負担が消える魔法ではなかった。
友洋は藤吉にも教師にも、かかった時間を聞いた。
孝一は、出席率の横に費用と追加の仕事を書き込んだ。
紙面がひどく散らかった。
「見づらいな」
内藤から来た便りに、そう書かれていた。
友洋は返事を口述した。
「分けて清書します。ただし、消しません」
その夕方、お澄が地図を見せに来た。
小さく描かれた村から、川が海まで続いていた。
「ここからなら、海へ出られます」
友洋は指を伸ばしかけて、膝に戻した。
英国への道を描き足す仕事ではない。
彼女が次にどこを描くか、待っていればよかった。
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