文明崩壊後の世界を旅する地域観測官イザベル。
訪れる土地には、幸福度を数値化する社会や、ちょっと不思議な仕組みで成り立つ町など、変わった場所が次々と登場します。
最初は「なんだそれ?」と思うような設定でも、調査が進むと、ちゃんとそうなっている理由が見えてくるのが面白いところ。
しかも、ただ奇妙な世界を描いているだけではなく、現実の社会にも通じるような皮肉が混ざっているんですよね。
イザベルが淡々と観察して記録していくのもいい感じです。次はどんな場所に行くんだろう? そして、そこではどんな「当たり前」に出会うんだろう?
そんなことを考えながら、続きを読みたくなる作品でした。
ポストアポカリプスものなのに、こんなに人間臭くて、こんなに世界を旅するのが楽しい作品があるとは!
世界は一度、壊れてしまった。
けれど、人類は滅びなかった。
生き残った人々は国を作り、町を作り、それぞれの文化や制度を築き、今日も当たり前のように暮らしている。
そんな世界を旅するのが、世界共同機構(WCO)の地域観測官、イザベル・ディケンズ。
彼女は世界を救う英雄でもなければ、事件を次々解決する名探偵でもない。ただ各地を訪れ、人々の話を聞き、見たものを観測してとてもフラットな目で記録していく。ただ、結構な食いしん坊。
しかし、これが実に面白い!
ある土地では奇妙な制度が当たり前になっていたり、別の土地では旧文明の遺産が日常生活に溶け込んでいたり。政治、文化、歴史、科学、食べ物、そして人間のどうしようもない習性まで、訪れる場所によって物語の表情ががらりと変わる。
しかも、単に「変な国を見て笑う」だけでは終わらない。
最初は滑稽に思えた社会にも、それが成立した理由がある。逆に、合理的に見える制度にも、どこか不気味なものが潜んでいる。
読んでいるうちに、ふと考えてしまうのだ。
「この世界の人々がおかしいのか。それとも、私たちの常識がおかしいのか?」
この問いを押しつけがましく語らず、旅先の出来事を通して自然に読者へ投げかけてくるところが素晴らしい。
そして何より好きなのは、この作品が文明崩壊後の世界を、決して絶望だけで描いていないこと。
廃墟があっても、その隣には人々の生活がある。歴史的な悲劇があっても、今日の夕飯を心配する人がいる。どれほど世界が変わってしまっても、人間という生き物は、案外しぶとく日常を続けていく。
一話ごとに異なる土地を訪ねる紀行小説という形式も魅力的で、次はどんな国や地域に行くのか、どんな人々に出会うのか、まったく予想がつかない。
内容はSFであり、旅行記であり、社会風刺であり、ときにはミステリやホラーやコメディにもなる。作者の幅広い作風と知識とセンスがすべて凝縮されている。
これほど自由に物語を展開できる世界観だからこそ、今後どんな土地が登場するのか楽しみで仕方がない。
世界は一度終わった。でも、人間の物語は終わらなかった。
そんな世界を、イザベルさんと一緒にいつまでも旅していたくなる作品です。
瓦礫の都市。
荒野。
食料を奪い合う生存者。
失われた文明の謎。
世界を救うために戦う主人公。
この作品には、そのどれも出てくるかもしれない。
でも、たぶん一番大事なのはそこじゃない。
世界は一度壊れた。
けれど人類は滅びなかった。
だから町を作った。
学校を作った。
市場を開いた。
鉄道を走らせた。
選挙を始めた。
そして役所では今日も書類を処理している。
この「世界が終わりかけたのに、人間はまた普通に暮らし始めてしまった」という発想が、とにかく好きだ。
主人公のイザベル・ディケンズも面白い。
世界共同機構の「地域観測官」として各地を旅する22歳の女性なのだが、世界を救う勇者でも、悪を暴く名探偵でもない。
彼女の仕事は、見ること。
そして質問すること。
「どうしてです?」
「いつからです?」
「誰が決めたんです?」
ただそれだけ。
ところが、この「ただ質問する」という行為が強烈なのだ。
その土地では誰も疑問に思っていなかった制度。
昔からそうだから続いている習慣。
統計上は幸福な市民。
選挙で何度も選ばれる旧文明のAI。
誰も管理していないのに、なぜか今も時刻通り走っている列車。
イザベルはそれらを断罪しない。
かといって、無条件に肯定もしない。
ただ見る。
尋ねる。
記録する。
すると読者の側が勝手に考え始める。
「これ、本当におかしいのか?」
「むしろ合理的なのでは?」
「じゃあ自分たちが普通だと思っている社会は?」
この距離感が絶妙だった。
しかも社会風刺だけの作品ではない。
ある土地ではSF。
別の土地では行政コメディ。
そして、本当に何も起こらない町を訪れることだってある。
世界観そのものが巨大な短編集の器になっていて、「次はどんな場所なんだろう」と旅行記をめくる感覚で読める。
個人的に何より惹かれたのは、この作品が「滅び」をロマンチックに描きすぎないところだ。
文明が壊れた痕跡のそばで洗濯物が干されている。
崩れた高速道路の下では朝市が開かれる。
旧文明の超技術が残っていても、住民にとっては「便利だから使ってます」で終わる。
世界史に残る大事件のあとにも、名もない誰かの夕飯はある。
たぶん、この物語が観測しようとしているのはそこなのだと思う。
世界は終わらなかった。
もっと正確に言えば、
人間は、世界を終わったことにしてくれなかった。
今日も働いて、食べて、恋をして、くだらないことで喧嘩して、明日の予定を立てている。
そんな「滅び損なった世界」を、眠たげな観測官と一緒に見て回る。
これは世界を救う物語ではない。
世界がそれでも続いていることを、一つずつ確かめていく物語だ。
次の停車駅が、もう楽しみになっている。