つつつつと 🐛への応援コメント
>霧に浮く物見の塔や里の秋
幻想的な情景を、簡潔に写し取って、
心にしみるものがありました。
人が消えたかの如き静けさや、
秋に向かう、早朝の肌寒さまで、
感じられそうです。
>邯鄲の文字をひろげて確認す
画数の多い漢字とか、便利ですよね。
いにしえ の書家、文人といった人びとが、
もし、この句を読んだら、
どのように受け取るのでしょうか。
朝イチから、ちょっと悪戯っぽい笑いが
浮かんでしまいました。
作者からの返信
銘木 太郎さん、いつも奥深いご鑑賞に感謝申し上げます。
川霧が湧きやすい集落の上に展望台の頂きが浮いていました。
ですよね~、スマホなど見たこともないのですから、一睡の夢から覚めたら、その辺の邯鄲をつかまえて文字の成り立ちを調べたりするかもしれませんね(笑)
つつつつと 🐛への応援コメント
秋海棠……大昔、入院していた時、同室の患者さんから、子規の句を教えてもらったことがあります。大病ではなかったのですが、高校を三か月も休み、多欠のせいで(と、人には言い訳しておりますが、実は勉強不足)希望する学校に進学できず…以来、秋海棠を見聞きすると、切なさに駆られます。同室の患者さんは、僕に「あきほどう」と教えてくれたので、僕は数年前まで「あきほどう」だと思っておりました。雨の打つ歯科医の窓や秋海棠…僕にとっては、切ない句です。
作者からの返信
Mondyon Nohant 紋屋ノアンさん、そんな印象がおありになるんですね。
あきほどうって(笑)歳時記は読まないの? 呑気な俳人さんですね~。
ひとつの花に十人十色の悲喜があること、あらためて実感いたしました。
さきほど、散歩中に、ある古刹で「無用の用」の貼り紙を見かけました。
余白としての寄り道は人としての魅力・余韻になると説かれていました。
つつつつと 🐛への応援コメント
「撥打ちは隣のせがれ村祭」
「起こし絵のごとく跳ねたる竈馬」
先日、毎年恒例の信州旅行に行って参りました。
こうした風景がごく日常に存在する街並み、郷愁を誘いますね。
安曇野の大王わさび農場がよかったです。
作者からの返信
ヤマシタ アキヒロさん、毎年恒例とはよほど信州がお好きなんですね。
伝統的な民俗芸能は南信州に多く、晩秋から冬にかけて賑わうようです。
大王わさび農場、十数年前に行ったきりなので、また行ってみたいです。